111話目 男子の裸なんて見たくない

 純の家に着いてすぐに坊主男子が口を開く。


「トイレってどこ?」

「玄関を入ってすぐの右」

「我慢できない!」


 坊主男子は純の説明を聞かずに、玄関に入ってすぐの左の部屋のドアノブに手をかける。


「入るな!」


 その瞬間、純が怒鳴って坊主男子は硬直する。


「この部屋には絶対に入るな!」

「……」


 敵意剥き出しに坊主男子を睨む純。


 何で純がそこまで怒っているのか……思い出す。


 坊主男子が空けようとした部屋は、純の母親こと小泉音暖さんの部屋。


 音暖さんが死んでから、純は音暖さんの部屋に入ろうとしないし、誰にも入らせない。


 子どもの頃に愛からどうして入らないか聞かれた純は、悲しそうな顔で怖いからと。


 このまま、ここにいても純の気持ちが乱れるだけ。


「2階に空いている部屋があったよね。そこを坊主男子の部屋にすればいいよね。先に行ってもらっていい?」

「……おう」


 呟いた純はゆっくりと階段を上る。


 震えながら地面を見つけている坊主男子に話しかける。


「家に帰りたくなかった?」

「……帰りたくない」


 純のことを怖がっている今の坊主男子なら頷くと思ったけど、首を横に振って否定。


「僕達も上に行くよ」

「……」


 返事をすることなく、床に視線を向けて動こうとしない。


 そっちを見ると、濡れていて水溜りができている。


「漏らしたな」

「もらしてない!」

「嘘を吐くな」

「……これはたくさんの汗だ。おしっこじゃない!」

「それでいいから、掃除してから2階にきて」


 異臭がしてきたからこの場から去ろうとしていると、男子が泣き始める。


「立ち上がり、たいけど、立ち上が、れない」

「立ち上がれるようになってから、掃除して2階にきて。もちろん着替えて」


 そう言い残して階段を上る。


 坊主男子の所為で純がしなくていい辛い思いをしている。


 だから、僕が坊主男子を甘やかす義理なんてない。


 空き部屋に着くと、純が箒でゴミを部屋の真ん中に向かって掃いていた。


 この部屋には何もないから、数分で掃除が終わる。


 廊下に出た純は階段の方を一瞥して、自分の部屋に入る。


 ……純が気にかけているなら仕方ない。


 坊主男子の世話をしよう。


 1階に下りると、さっきと変わらない状況。


「帰りたくなった?」

「……」


 このまま放置していたら純や恭弥さんに迷惑がかかる。


 嫌だけど片付けるしかない。


 家に帰ってゴム手袋、ビニール袋、僕のTシャツ、雑巾、水を入れたバケツを持って純の家に戻る。


 ゴム手袋をする。


「服を脱いで」

「こんな所で、脱ぎたくない」

「このままだと僕以外におしっこを漏らしたのを見られるよ」

「嫌だ」


 急いで服を脱ぎ始めた。


 男子の裸なんて見たくない。


 坊主男子と反対方向を向く。


「脱いだよ」

「これを着て」


 Tシャツを渡すと、すぐに「着たよ」と聞こえてくる。


 一緒に僕の家に行き、坊主男子の風呂を貸す。


 純の家に戻る。


 ゴミ袋に脱いだ坊主男子の服を入れて、雑巾を手にする。


 臭い……マスクをしてこればよかったと思いながら拭いて、消臭スプレーをかける。


 廊下の端に置かれている坊主男子のリックサックの中を覗くと着替えがある。


 リックサックとビニール袋を持って家に帰る。


 洗濯機にビニール袋に入っている坊主男子の服と雑巾を入れる。


「坊主男子の鞄持ってきたよ。風呂から出たらじゅんちゃんの家の2階にきて」

「うん、わかった」


 坊主男子が泊る部屋に行くと、布団が敷かれていてその上に純が座っている。


 少しすると坊主男子がやってきて、出入口の近くで立ったまま中に入ろうとしない。


 純を怖がっているな。


「今ここで、引っ越ししたくないことを親に伝えるか、諦めて引っ越しするか決めて。そうしないといつまでもじゅんちゃんの家に泊まろうとするよね?」

「……」

「逃げているだけじゃ問題は解決しない。だから、自分が何をするのかは今すぐに決めて」

「……考える時間がほしい」

「僕は今すぐに決めてって言ってるよね」

「こうちゃん。私に任せてもらっていいかな?」

「うん」


 純が自分の家に泊めると決めたから、僕が口出す権利はない。


 黙って2人の様子を見守ろう。


「夏休みが終わるまでに、自分がどうしたいか決められる?」

「……」

「約束して、守れるなら夏休みが終わるまでここにいていい」

「……守る」


 坊主男子は純の顔を真剣な表情で見ながら言った。


 僕達が1階に下りると、恭弥さんが廊下にいた。


「どうした?」


 恭弥さんは坊主男子を一瞥した後、純に視線を向ける。


 純は無視して、リビングに入って行ったから僕が説明する。


 坊主男子が家出をしていて、その家出を坊主男子の義父が認めていること。


 家出先が純の家になっていることを伝えると、恭弥さんは分かったと答えた。


「恭弥さんは今から食事ですか?」


 昼前で今から料理をしようとしていたから聞く。


「食べてない」

「よかったら作りますけど」

「おう。頼む」


 恭弥さんはリビングに入る。


「坊主男子もリビングで待っていて」

「おれもついて行く」


 僕達は一緒に自宅に向かう。


「何をすればいい?」


 キッチンで坊主男子は手を洗いながら聞いてくる。


「坊主男子は何ができるの?」

「何でもできる。包丁と油を使うのは大人がいる時って母ちゃんに言われているけど」

「サラダを作って」

「うん。作る」

「材料は冷蔵にあるもの使って」


 調理をしながら横目で坊主男子の様子を見る。


 坊主男子は冷蔵庫からレタスを取り出し軽く洗ってからキッチンペーパーで拭いて、食べやすい大きさに千切ってから皿に盛りつける。


 それにドレッシングをかけて終わりだと思ったけど違った。


 冷蔵庫からベーコンを取り出して包丁で細切りして、ごま油を引いたフライパンでベーコンをかりかりになるまで焼く。


 ベーコンをレタスが入った皿の中央にのせる。


「とりがらスープの素ってある?」

「あるよ」


 キッチンの引き出しから、鶏がらスープの素を取り出して坊主男子に渡す。


 小皿に鶏がらスープの素、塩、コショウ、ポン酢を入れて箸でよく混ぜてからサラダにかける。


「できた」


 4人前のサラダを作った坊主男子はそう言った。


「誰かに料理を教えてもらったりした?」

「教えてもらってない。学校にある料理の本をたくさん見た。母ちゃんに喜んでほしくて」


 誰かの為に料理を作る喜びは僕にも分かる。


 生意気なだけだと思っていたけど、いい所もあるのかもしれない。


「おれが作ったサラダの方がうまそうだ」


 僕が作った親子丼を見ながら坊主男子が嘲笑。


 やっぱり坊主男子にはいい所がなくて、生意気なだけと再認識する。


「らぶにもおれの料理食べてほしい。絶対、お前のよりうまいって言ってくれる」

「僕の料理の方がらぶちゃんは美味しいって言ってくれる! 絶対に!」

「食べさせてもないのに、どうして絶対って言えるんだ?」

「僕より料理が上手な人は山ほどいるけど、らぶちゃんを満足させる料理を作れるのは僕が1番だから!」

「お前が何を言っているのか分からん」


 坊主男子は首を傾げながら口にする……理解してもらうつもりもない。


「落とさないようにじゅんちゃんの家に持って行って」


 できた料理を持って純の家に向かおうとしていると、純が部屋に入ってきて椅子に座る。


 純が苛々している。


 恭弥さんと喧嘩して、こっちにきたんだな。

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