110話目 小さな幼馴染にも何もするな

「手伝うことはないのか?」


 洗濯機を回してリビングに戻ると、出入口にいた坊主男子がそう聞いてきた。


「特にない。今日出て行ってよ」

「……」


 坊主男子が黙ったから、ポケットに入れていたスマホを取り出す。


「今から直史さんに電話して迎えにきてもらうから」


 机の上に置いていた雪代直史の名刺を手にして、書かれている番号をスマホで打ち始める。


「やめろ!」


 打っている途中で、坊主男子がスマホを奪おうとしたから持ち上げる。


「坊主男子がなんて言おうが、今すぐに直史さんに迎えにきてもらう」

「嫌だ!」


 高い位置で番号を打ち終わろうとしていると、足に痛みを感じてスマホを落とす。


「絶対に帰らない」


 坊主男子はスマホを拾って、部屋から出て行く。


 すぐに追いかけると、靴を履き替えている坊主男子がいた。


 愛のために我慢していた……でも、もう我慢の限界。


 外に出るなら、そのまま家に入れないように鍵をしよう。


 先に、スマホを取り返さないといけないな。


 愛と純の写真が入っているから。


 坊主男子に向かって全力疾走をして手を摑み、スマホを取り返す。


「やめろ! 電話するな!」


 腹を殴ってくるけど、気にせずに電話する。



『強君に何かあったの?』



 しばらくコールして出た坊主男子の義父はそう聞いてきた。


 スマホを取ろうとする坊主男子の頭を押さえながら答える。



「今から坊主男子じゃなくて、強君を迎えにきてもらっていいですか?」

『強君が帰りたいって言ってるの?』

「言ってませんけど、僕が迷惑なので迎えにきてください」

『それなら、申し訳ないけど強君の気が済むまでそこの家にいさせてもらっていい?』

「駄目です。早く迎えに来てください」

『……1度直接会って話がしたいんだけど、駄目かな?』

「いいですよ」



 このまま電話していても埒が明かないからしょうがない。


 無理矢理坊主男子を坊主男子の義父の所に連れて行こうとしたけど、暴れ続けたので1人で向かう。


 待ち合わせ場所にしたコンビニに行くと、スーツ姿でリックサックを背負っている坊主男子の義父が出入口付近にいる。


「きてもらって悪いね」

「それはいいので、強君を迎えにきてください」


 僕に気づいた坊主男子の義父が話しかけてきたから、そう答えた。


「そこをなんとかできないかな? 1週間だけでもいいから」

「無理です。それに1週間経っても強君は帰ろうとしないと思いますよ」

「お金ならいくらでも払うからお願いできない?」

「できないです」


 お金の問題じゃない。


 自宅は愛と純のための場所だから、僕以外男は存在してはいけない。


「お願いします。どうか強君の気が済むまで君の家にいさせてあげてください」


 坊主男子の義父はその場に土下座をして叫ぶ。


「そんなことをされても無理です。今から一緒に僕の家に来て強君を連れて帰ってください」

「私の家にこればいい」


 純の声が聞こえたので後ろを振り返ると、純と坊主男子がいた。


「子どもでも、男がじゅんちゃんの家に住むのは反対だよ」

「無理に帰らせても、また家出するかもしれない」

「そうかもしれないけど、僕達が心配することではないよ」

「こうちゃんの言う通り、私達が心配することじゃない。でも、強君に何かあったららぶちゃんが悲しむ」


 そのことを言われたら黙るしかない。


 いや、純を説得する方法はある。


「強君をじゅんちゃんの家に泊めるなら、じゅんちゃんも家に戻らないといけないよ」

「……おう。分かってる」

「強君のために帰りたくない家に帰らなくてもいんじゃないのかな」

「それでも強君を私の家に泊める」

「じゅんちゃんがそれでいいならそれでいいよ」


 説得させることはできなさそうだから、僕が折れるしかない。


 坊主男子の義父は純に頭を下げてお礼を言った後、背中に背負っていたリックサックを坊主男子に渡して去る。


「じゅんちゃんに絶対変なことをするなよ」


 純の家に向かっている途中、後ろを歩いている坊主男子に強めに言った。


「変なことなんてしない」

「男はみんな獣だから信じられない」

「おれは……。じゅんさんって呼んでいい?」


 坊主男子の言葉に純は頷く。


「じゅんさんに興味がないから何もしない」

「じゅんちゃんに魅力がないと言いたいのか?」

「違う。じゅんさんは怖いって思ってたけど、今はこんな姉ちゃんがいたらいいなって思ってる」

「お前にじゅんちゃんを姉にやらない!」

「こうちゃん落ち着いて」


 叫んでいると、前を歩いていた純に話しかけられて落ち着く。


「じゅんちゃんに何かしたら、絶対に許さないから」

「じゅんさんには何もしない」


 には?


 坊主男子は気になる言葉を残した。

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