109話目 坊主男子を嫌々自宅へ
放置することもできなかったから、坊主男子を自宅に連れて帰る。
家に入ると、坊主男子はおずおずと周りを見渡す。
僕と純が靴を脱いでリビングに向かう。
坊主男子は慌てながら後を追いかけてくる。
4人掛けの椅子に座ると、純は僕の隣に、坊主男子は僕の対面に座る。
「家に帰りたくない理由を言って。言わなかったら連絡するから」
坊主男子の義父から押しつけられた名刺を坊主男子に見せながら言う。
「引っ越ししたくない」
「引っ越し?」
「直史さんが出張するから、母ちゃんもついていくから、おれも行かないといけない」
名刺には雪代直史と書かれているから、坊主男子が言う直史とは義父のことを言っているんだな。
「引っ越ししたくないって、2人に言った?」
「言いたいけど……わがまま言って母ちゃんを悲しませたくないから言えない」
「夜に子ども1人で公園に出かけているだけで、十分悲しませているよ」
「……」
俯いて黙る坊主男子。
「これからどうしたい?」
「……」
「次答えなかった連絡するから」
「どうしたらいいか分からない」
「分からないことないよ。引っ越ししたくないなら、その気持ちを親に伝えるか、1人暮らしをする。それができないなら、諦めて引っ越しをする」
「……どっちもできない」
僕達に迷惑をかけて、決断もできずにうじうじしている坊主男子に腹が立つ。
愛と仲良くなかったら、今すぐでも追い出したい。
このまま坊主男子と話していても時間の無駄だから、用件を伝えよう。
「明日家に帰るように。もしこの家から出て行こうとしなかったり、夜中に外にいるのを見かけたら警察に連絡するから」
立ち上がって純の方を見る。
「今から夜食を作ろうと思うけど、パスタでいい?」
「おう」
キッチンに向かってトマトパスタを作っていると、坊主男子がやってきておずおずと聞いてくる。
「……手伝うことないか?」
「すぐにできるから、手伝わなくていいよ」
「……母ちゃんが迷惑をかけるばかりでは駄目って言ってたから、手伝わしてほしい」
「今日の坊主男子はお客様だから気にしなくていい。座って待ってて」
「……うん」
坊主男子はとぼとぼと歩いてリビングの方に戻る。
完成したトマトパスタを机に並べ終える。
席について「いただきます」と言うと、坊主男子がフォークで大量に麺を掬って口に入れる。
「うまい! これめちゃくちゃうまい! こんなにうまいものあるんだな! 知らなかった!」
食べ終わった坊主男子は微笑を浮かべながら言った。
「おかわりはあるけどいる?」
「食べる! 大盛りで食べたい!」
「じゅんちゃんはおかわりする?」
「おう」
2人の皿を持ってキッチンに向かう。
「誰かに作ってもらうのって、こんなにうまいんだな!」
「母親に作ってもらわないの?」
「母ちゃんは仕事で忙しいから、おれが作ってるよ」
「おう」
おかわりを作っていると、純と坊主男子の会話が聞こえてくる。
他人にあまり興味のない純が、僕と愛以外に自分から話しかけていることに少し驚く。
純が坊主男子に優しいのは、片親がいないという同じ境遇に親近感を抱いているからかもしれない。
食事が終ってから純は何度もあくびをした。
プールで遊び疲れているんだな。
目が半分閉じかけている純を母の部屋に連れて行きリビングに戻る。
ソファの前の机を端に移動して布団を敷く。
「冷蔵にあるものを自由に食べたり飲んでいいから」
部屋を出ようとすると、坊主男子が足を摑んでくる。
「この家にいさせて。何でもするから」
「僕は男子が嫌いだから、早く坊主男子には家を出て行ってほしい。だから、明日絶対に出て行ってもらう。約束が守れないなら今から直史さんを呼ぶよ」
「……わかった」
僕の足から手を放した坊主男子は布団の上に転がって、全身に毛布を被る。
電気を消して自室に行き、ベッドに倒れる。
プールに行って肉体的に疲れているのに、男と関わって精神的にも疲れた。
今日に限っては、愛がいなくて本当によかった。
愛がいたら、好きなだけ坊主男子を泊まらせてあげればいいと言われて断ることができないから。
電気を消すのが面倒……このまま寝よう。
目を瞑ろうとしていると、足音が聞こえて自室の前で止まる。
「どうした?」
「……」
「何もないんだったら、僕は寝るよ」
坊主男子部屋に入ってきて、床に寝転がる。
「リビングで寝なよ」
「……」
無理矢理部屋から出してもいいけど、今日は疲れているからこのままでいい。
毛布を坊主男子にかけてから、目を瞑る。
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