108話目 坊主男子の家出
隣町のびっくりファンキーでハンバーグを食べてから、自分達の町に帰った。
「帰ってきました! 半日も経っていないのに久しぶりに感じるのはどうしてでしょう! 百合中くん! 小泉さん! 外が真っ暗ですよ!」
駅から出た髪をいつも通り下ろしている剣は両手を広げて、僕と純の周りを小走りする。
「剣はテンション高いね」
「はい! 友達とほとんど出かけたことがないわたしが、こんな遅くまで友達と遊んでいると思ったらテンションも上がります!」
剣は僕達の前で止まる。
「テンション上げるのはいいけど、気をつけて帰ってね」
「はい! 大丈夫です!」
「僕達は帰るよ」
家の方向に足を向けようとしていると、上着の裾を引っ張られる。
「もう少しだけ時間ありませんか?」
純の方を見ると、立ったままこくりこくりと前後に首を動かしている。
「じゅんちゃんが限界みたいだから帰るよ」
「……はい。コンビニで夏限定のマンゴーソフトクリームを買いたかったですけど、1人で行くのは怖いのでわたしも帰ります」
テンションの下がった剣は駅の近くにあるコンビニに顔を向ける。
「マンゴーソフトクリーム⁉」
目を大きく見開いた純が剣に詰め寄る。
「……小泉さんも食べたいんですか?」
「おう! 食べたい!」
「……一緒に買いに行きますか?」
「おう! 行こう!」
3人でコンビニに向かう。
「深夜のコンビニは人がほとんどいないんですね! 店員さんも1人しかいませんよ!」
コンビニに入ると、剣のテンションが更に上がる。
普段のおどおどしている剣もそうだけど、少し調子に乗っている剣も嗜虐心が刺激される。
純がレジに向かっていたので後を追う。
僕と純の分のマンゴーソフトクリームを買う。
1、2分でき上がるのに時間がかかるから、店内をうろうろしている剣に話しかける。
「剣はマンゴーソフトクリーム買わないの?」
「忘れていました! 今すぐ買ってきます!」
3人のマンゴーソフトクリームを貰い外に出る。
「こうちゃん、ありがとう! いただきます!」
純はマンゴーソフトクリームを1齧りして、コーンの所まで食べた。
「百合中君! あーんしてください!」
マンゴーソフトクリームを僕の方に向ける剣。
「同じものだから、食べさせ合いしなくてもいいよ」
「わたし冷たいものがあまり食べられないことを忘れていました。半分食べてもらっていいですか?」
「僕よりじゅんちゃんの方が食べたいと思うから、じゅんちゃんにあげて」
「…………そうします。小泉さん半分食べますか?」
「おう。ありがとう」
純は剣のマンゴーソフトクリームに向かって大きな口を開けて、アイスの部分を全部食べる。
「…………」
コーンを呆然と剣が見る。
「食べかけでよかったら、僕の食べる?」
「食べます! いただきます! はむっ! 美味しいです! 凄く美味しいです!」
「持って食べてもらっていい?」
「何か言いましたか?」
僕の方に顔を向けた剣の頬にマンゴーソフトクリームがついていたから、ハンカチで拭く。
今の剣は愛に少し似ていて可愛く見えてきた。
★★★
剣と別れてから家の近くの公園を通り過ぎようとしていると、公園の中から子どもの泣き声が聞こえる。
面倒だけど、見に行くことにした。
「じゅんちゃん、先に家に帰ってもらっていい?」
「私もこうちゃんと一緒に行く」
僕より強い純なら、もしものことがあっても大丈夫だと分かっている。
でも、大好きな純を少しでも危険に晒したくない。
家に帰るように何度も言ったけど、「一緒に行く」と意見を曲げない。
純を説得することを諦めて、僕達は公園の中に入る。
ベンチに座って泣いている坊主頭の男子が電灯に照らされていた。
俯いていた坊主男子は僕達に気づいたのか顔を上げる。
「……何で、お前達がここにいる?」
「それはこっちの台詞だよ。なんで、夜遅くの公園で泣いてる?」
「おれは泣いてない」
「そんなことはどっちでもいいから、どうしてここで泣いている?」
「……言いたくない」
坊主男子に何かあったら愛が悲しむ。
無理矢理でも家に送って行こう。
「家に送って行くから帰るよ」
「帰らない」
力ずくで引っ張っても、坊主男子が家を教えてくれなかったら送っていけない。
警察に電話することにして、スマホを取り出す。
「どこにかけるつもり?」
「警察だけど」
「やめろ」
スマホに手を伸ばしてきたから避ける。
「そんなことしたら母ちゃんにめいわくをかけてしまう!」
無視して電話しようとしていると、純に手を摑まれる。
「こうちゃん、警察に電話するの少し待ってもらっていい?」
「じゅんちゃんが言うなら待つよ」
純は坊主男子の前にしゃがむ。
「早く帰らないと母親が心配する」
「……そうかもしれないけど……帰って怒られるのが怖い」
「私も一緒に謝るから帰ろう」
「……本当?」
「おう」
「……うん。帰る」
純が手を差し出すと、坊主男子はおずおずと握る。
坊主男子が立ち上がるとすぐに、坊主男子のお腹が鳴った。
「……お腹、減った」
坊主男子は覇気のない声を出す。
「……お腹が減って動けない」
「コンビニで何か買ってあげるから行くよ」
「お肉が入っている弁当が食べたい! 早く行くよ!」
図々しいなこいつ。
坊主男子は純の手を引っ張って走る。
公園の出入口で息を乱した中年の男性が純達に近づいているが見えた。
走って2人の前に出る。
「ごめん、ね。こんな、遅くに、話しかけられたら、怖いよね。ちょっと待って」
何度か深呼吸をする男性。
「怖い思いをさせて申し訳ないけど、どうしても聞きたいことがあるんだ。この辺りで、坊主頭の小学生見なかったかな?」
「失礼ですが、坊主頭の小学生とあなたはどんな関係ですか?」
「父親みたいなものかな」
「父親ではないんですか?」
「そうだね。父親は父親でも義理の父親だね。初対面だから信用できないと思うけど、知っていることがあったら教えてほしい」
男性は深々の頭を下げる。
悪い人ではなさそうだから、坊主男子を男性の前に連れて行くことにした。
もし、男性が不穏な行動しようとした時の対策として、スマホを取り出して110と打つ。
後ろを見ると、そこには坊主男子がいない。
少し離れた所で電灯に照らされる坊主男子がいた。
男性は坊主男子の方に向かって全力疾走する。
僕達も追いかけて、すぐに純が坊主男子の手を摑む。
「無事、で、よかっ、た。強君一緒に帰ろう」
「……」
僕達より後にきた男性は言った。
坊主男子は何も言わずに俯いている。
「強君のお母さんが心配してるよ」
「……うん」
男性の言葉に坊主男子は頷く。
「迷惑をかけてごめんね。少ないけど、これで何か買って」
男性は財布から取り出した千円を僕達に1枚ずつ差し出す。
「受け取れないです」
「強君を見つけてくれたことを本当に感謝しているから受け取ってほしい」
「気持ちだけ受け取っておきます」
無理矢理手に握らせようとしたから、押し返す。
「じゅんちゃん帰ろうか?」
隣を見ると、純は自分が握っている千円を見ながら涎を少し出す。
このお金でお菓子を買う想像でもしているのだろう。
……純にお金を返してと、言いにくい。
純と視線が合い、僕がお金を握っていないことに気づいたのか慌てながら男性にお金を返す。
僕達が帰ろうとしていると、坊主男子が僕の足を摑む。
「帰るから放して」
「……」
放す所か摑む力を強くしてきた。
男性は坊主男子の前に行きしゃがむ。
「強君は家に帰りたくないの?」
「……」
「強君がしたいことをやればいいから、教えてもらっていい」
「……お前の家に泊まっていいか?」
坊主男子は僕を指差す。
「何かあったらここに連絡してね。家に帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきてね。待ってるから」
僕が反応する前に、男性は僕に名刺を渡して去る。
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