107話目 大きな幼馴染とプール
隣町のプール着いて、着替えをするために純達と別れて男子更衣室に入る。
周りはむさ苦しい男ばかり。
苛々しながら着替え終わろうとしていると、水着姿の男子が勢いよくぶつかってきた。
その男子は僕の顔を見て言う。
「周りを見て歩けよ」
かちんときた僕は男子の前に周りこみ睨む。
「なんだよ。俺になんか文句あるのか?」
「あるよ。なんで立ち止まって着替えていた僕が周りを見て歩けよって言われるんだよ。周りを見て歩くのはそっち。それにここは更衣室だから走ったら危ないよ」
その言葉に周りにいた全員が頷く。
「うるせえ。こんな所でちんたらと着替えているのが悪いんだろ」
「ゆっくり着替えようがそっちには関係ないよ」
「うるせえ。うるせえ。ちまちまと訳の分からないこと言いやがって黙れよ」
男子の拳が僕の顔に向かって来たので避けると、拳はロッカーに当たる。
「いってー。今お前、俺に暴力したな」
真っ赤に腫れた手を僕に見せる。
「勝手に怪我して、僕の所為にしないでほしい」
「うるせえ。俺にお前が暴力をしたんだ。ここにいる全員が証人だ」
男子が周りの人達を見ると、その人達は早々と去る。
「謝るのなら今の内だ。まあ、謝っても許さないけどな」
これ以上関わるのは面倒なので無視しよう。
水着を着るために巻いていたタオルを外して財布とハンドタオルを持つ。
プールサイドに行こうとしていると、男子に通せんぼされる。
「お前が持っている財布を全部渡したら許してやる」
「許さなくていいからそこをどいて」
「本当に許さなくていいんだな。まあ、初めからお金をもらってから、お前をぼこるつもりだったけどな」
僕に向かって突っ込んできた男子は床に置いていたクーラーボックスに躓いて派手に転ぶ。
「誰だよ‼ こんな所に箱なんて置きやがって‼」
男子がそう叫ぶと、2,3歳の女の子と手を繋いでいる男性が男子のことを見る。
「お前だな‼ そこから動くなよ‼」
男子は男性に向かって叫び立ち上がろうとしたから、男子の上にのる。
男性がどうなろうとどっちでもいいけど、小さな女の子が怖がる所は見たくない。
財布の角を男子の目の近くに持って行く。
「僕が持っている財布は角が硬いからこのまま落としてしまったら、そっちの目が見えなくなるかもしれないよ」
「ふざけんな!」
「次に少しでも暴れたら財布が落ちる」
「……」
暴れようとした男子を脅すと、ぴたりと動きが止まる。
近くにあるクーラーボックスを空いている手で触って、力一杯に男性がいる方に押す。
男性は僕に会釈をしてから、クーラーボックスを持ってから女の子の手を引いて去る。
男子の背中の上に跨っているのは気持ち悪いので離れる。
「次に噛みついてきたら容赦しない」
「……はい」
プールサイドに向かった。
純達を早足で探しても見つからないから、まだ着替えているんだな。
女子更衣室から少し離れた所で、店から借りたレジャーシートを敷いてそこに座る。
少しして群青色のビキニを着た純が僕の方に向かってきた。
途中で男性何人かが純に近づくけど、純と視線が合うと男性は逃げる。
大きくて形のいい胸もおしりもお前らが見る為じゃなくて、らぶちゃんのためにあるんだからな。
だから、見るなと心の中で念じながら男共を睨みつけると、男共も僕のことを睨む。
「こうちゃん泳ぎに行こう」
目をきらきらと輝かせながら屈伸をしている純が言った。
「先に泳ぎに行ってもらっていい? 僕は剣を待っているから」
「こうちゃんが待つなら、私も待つ」
2人で準備体操をしながら待つ。
数分経っても、剣がこない。
「剣は着替えに時間がかかりそうだった?」
「私より先に着替えて、プールサイドに行った」
少し前にプールサイドを1周したけど、剣の姿はなかった。
更衣室にもいなくて、プールサイドにもいない。
……プールの中にいるのか?
いや、剣の性格を考えれば僕達をほっといて先に遊ぼうとはしない。
考えられるのはトイレぐらいだけど、それにしても遅い。
呆然とプールの方を見ている純に話しかける。
「トイレ行くから、じゅんちゃんは先に泳いでて」
剣を探してくると言ったら、純が気を遣うから適当な理由を口にした。
「おう」
泳ぎ始めた純の姿を見てから、プールサイドを一周する。
「こんな田舎にスバルちゃんがいるよ! サインもらっちゃおうかな!」
「スバルがこんな所にいるわけがないだろって、めちゃくちゃ似てるな!」
「声をかけたいけど、緊張し過ぎて何てかければいいか分からない!」
自動販売機の前で人だかりができていて、その人達の話し声が聞こえてきた。
有名人がいるらしいけど、興味がないから剣を探そう。
垂れ目で大きな瞳をしたボニーテールの女子を数人の男子が囲んでいるのが目に入る。
「君ってアイドルのスバルだよね?」
「……」
「無視されてやんの。こんなやつほっといて俺と2人で何か食べようぜ。何でも奢るよ」
「……」
「お前も無視されてるやんの。それに、おれが先に話しかけたんだから、抜け駆けするなよ」
「順番なんて関係ないね!」
「なんだとこら!」
身に覚えのある男子と身に覚えのない男子が向き合って喧嘩を始めた。
スバルと呼ばれた女子の所に行き手を摑む。
去ろうとしたけど、見覚えのある男子に肩を摑まれる。
「お前は更衣室で俺のことを馬鹿にしたやつだな! 俺の邪魔ばっかりしやがって! こっちは6人いるから、今からお前をぼこぼこにしてやる! なあ、みんな!」
男子が後ろを振り返ると頭が飛ぶんじゃないかと思うほど、男子達は顔を左右に振る。
「鈴木さんが刃物を使っても勝てなかった相手におれ達が勝てるわけがないだろ!」
そう言って5人の男子達は去って行く。
男子が口にした鈴木とは純を苦しめた相手。
問題は解決したといっても、1度でも大切な幼馴染に嫌な思いをさせた鈴木のことを一生許さない。
「お前は鈴木と知り合い?」
「……ごめんなさい」
「謝ってほしいとは言ってない。僕が聞いているのはお前が鈴木と知り合いかどうか聞いてる。はいかいいえで答えろ」
「……はい」
「指の1,2本折っておこう。逃げたら折る指の数が増えるからな」
肩に乗っていた手を摑んで、曲がらない方向に男子の指を押す。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「うるさいから黙って。黙らないと骨折だけではすまなくなるよ」
男子は泣き叫んでうるさい。
「……わたしは大丈夫です。だから、暴力は駄目です」
男子の口に何か突っ込むものを探していると、女子は僕の手を引っ張りながらそう言う。
熱くなっていた気持ちが少し冷める。
男子から手を放すと、仲間達が去った方に逃げる。
「……ありがとうございます」
「たまたま通りかかっただけだから、気にしなくていいよ」
女子から手を離して、立ち去ろうとしていると。
「……百合中君待ってください」
垂れ目女子に名前を呼ばれる。
「僕のこと知ってる?」
「……」
垂れ目女子は結んでいる髪を解くと、顔が前髪で全て隠れる。
「前髪が隠れていたから剣だと気づかなかったよ。じゅんちゃんが先に泳いでいるから行くよ」
「ど、どう、ですか?」
「何が?」
「わ、わた、し、前髪上げて、イメチェン、しました、けど、どうですか?」
震わせた両手で前髪を上げて聞いてきた。
「デコピンしたくなるような額をしてるね」
嗜虐心を刺激されて、無意識で答えていた。
「……いいですよ」
剣は僕の目の前にきて目を瞑る。
思いっきり剣の額にデコピンしたら気持ちいいだろうな……。
幼馴染達のことを考えて、心を落ち着かせる。
「じゅんちゃんが待ってるから行くよ」
純の方に向かって歩き始めると、いつも通りの髪型の剣は僕の隣に並ぶ。
純と合流して、純の希望でウォータースライダーに乗ることになった。
「うひぁー! すごー! もっと、もっと早く!」
純は笑みを浮かべながら大声を出して滑る。
物静かな純がはしゃいでいるのを見ると嬉しくなるな。
「次の人、水で滑りやすくなっているのでゆっくりと座ってください」
「…………」
スタッフの女性に声をかけられる。
剣は僕の手を握ってから固まる。
「2人で滑ることもできるので、先に彼氏さんが座ってその上に彼女さんが座ってください」
スタッフは僕の手を摑んでスタート台の所に連れて行き、促されるまま座る。
「彼氏さんは座りましたよ。彼女さんも早く座ってください」
「…………はい」
剣は僕から手を離して、おずおずと僕の前に座る。
「それでは出発します。3、2、1、いってらっしゃい」
スタッフに背中を押されて僕達は滑り出す。
「百合中君! 怖いです! 早いです! 死んでしまいます!」
出発してすぐに恋が振り返って、僕の頭に強い力で抱き着く。
剣の胸を押しつけられて……息が……できない。
「百合中君! 百合中君! 百合中君!」
必死に肩を叩いても、僕の名前を叫ぶ剣の耳に届いていない。
…………窒息死すると思った瞬間、体が宙に舞って剣が僕から離れる。
息を吸う前に、水の中に沈んで大量の水が口と鼻の中に入る。
立ち上がって咽ながら周りを見る。
ゆっくりと浮かんできた剣を抱き上げてプールサイドに持ち上げて、プールから出る。
剣の口に耳を近づけると息をしている。
……よかった。
純が走ってきて言う。
「ウォータースライダー楽しかった! こうちゃんは楽しかった?」
剣に胸を押しつけられて、楽しむ余裕がなかったとは言えない。
「僕も楽しかったよ」
「今乗ったのより高い所から滑られるのがあるから乗りに行こう!」
「剣を見てるから、じゅんちゃん1人で行ってもらっていい?」
「おう! 行ってくる!」
純は返事をしながら、早足でウォータースライダーに向かう。
剣を抱えてレジャーシートの所に向かっていると、剣が体を少し動かす。
「……何で私は浮いているんですか?」
「僕が抱えているからだよ」
「……何で百合中君の顔が近いんですか?」
「僕が抱えているからだよ」
「…………そうですか、そうですよね。これは夢ですね。夢だとしても恥ずかしいので目を瞑ります」
純が戻ってくるまで、剣は何も喋らなかった。
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