106話目 大きな幼馴染はメロンパンアイスに夢中

 最寄り駅の近くのベンチに座って、僕と純は1つのイヤホンを片耳につけて音楽を聴いている。


 周りの建物で影になっていて多少は涼しいけど、汗が出るほどには暑い。


 純の顔の汗をハンカチで拭く。


 くすぐったそうに身を捩る純が可愛い。


 急に純が立ち上がって、純の耳からはイヤホンが抜ける。


 純の視線の先には、移動販売の車がある。


 車の側面にメロンパンのイラストとメロンパン焼きたてという文字が書かれている。


 何事もなかったように座り直した純は何度もその車を一瞥する。


 移動販売の車から人が出てきて、車の近くに焼き立てメロンパンアイスと書かれている旗を立てる。


 純の口から汗ではないものが零れたからハンカチで拭く。


「暑いからアイス食べたいな。じゅんちゃん、メロンパンアイス買ってきてもらっていい? もちろんじゅんちゃんの分も買っていいよ」

「ありがとう、こうちゃん」


 お金を渡すと、純は移動販売の車に猪突猛進するぐらいの勢いで走る。


 一緒に行きたかったけど、待ち合わせしている剣と行違いになる可能性があるのでここで待つ。


 待ち合わせの時間から20分過ぎているのに剣はこない。


 電話しようとしていると、近くの建物から顔を出している剣を見つけた。


 視線が合うと剣はなぜか逃げ出す。


 信号が赤になって、あたふたしている剣の手を摑む。


 純を待たせたことを怒ろうとしたけど、剣の手が小刻みに震えていたから何も言う気にならなかった。


「……遅くなってごめんなさい……服を選んでいたら遅くなってしまいました」


 改めて剣の服装を見ると、半袖で短めのスカートなのに熱そう。


 黒色で全体的にひらひらとしているのが原因。


 純と一緒で剣も学校以外ではスカートを履いてないな。


「……どうですか?」


 両手を広げておずおずと剣が聞いてくる。


「その服着てて熱くないの?」

「夏用のゴスロリの服なので生地が薄くて通気性がいいから熱くないです」

「本当だね。すごい薄い」

「…………」


 剣の服の袖を触ると、さらさらとしていて気持ちいい。


「じゅんちゃんが待っているから早く行くよ」

「……今日矢追さんもいるんですか?」

「そうだよ。急ぐよ」

「…………」


 剣が俯くと、長い髪が地面につく。


 動こうとしない剣の手を引っ張って早足で、純の所に向かう。


 純はベンチに座って、膝の上に乗せた紙袋を満面の笑みで見ている。


「……矢追さん遅くなってごめんなさい」

「……」


 メロンパンアイスに夢中で剣の声が純には聞こえてない。


「じゅんちゃん食べていいよ」


 その瞬間、純は紙袋に手を突っ込み、メロンパンアイスを取り出す。


 かぶりつこうとして止まる。


「こうちゃんの分」


 純は紙袋を僕に渡してから、今度こそかぶりつく。


「メロンパンの生地のさくさくと、メロンパンの中に入っているアイスのとろとろ食感が口の中でハーモニーを奏でてる! これなら飽きることなく何個でも食べられる!」


 満面の笑みを浮かべる純。


 紙袋からメロンパンアイスを取り出して、2つに割って剣に差し出すけど受け取ろうとしない。


「もしかして、甘いもの嫌いだった?」

「嫌いじゃないです。心の準備ができてないので少し待ってください」

「受け取るのに心の準備なんていらな」

「ぱく。もぐもぐもぐ。……美味しいです」


 僕が持ったメロンパンアイスを剣は小さく齧る。


「メロンパンアイスを受け取ってもらっていい?」

「…………」


 剣はゆっくりと後退って、近くにあった木に隠れる。


 勘違いして恥ずかしがっていることが分かる。


 木に隠れ切れていない剣は肉食動物に狙われた小動物のように震えていて、意地悪をしたくなる。


「アイスが溶けてきているから早く食べて」

「……はい」


 手を伸ばしてきたが渡さない。


 メロンパンアイスを剣の口の前に持っていく。


「あーん」

「……」

「あーん」

「……あーん。もぐもぐもぐ」

「美味しい?」

「……はい。美味しいです」

「あーん」

「……あーん。もぐもぐもぐ」


 剣が食べ終わるまで、同じことを繰り返す。


 片手に持っていたメロンパンの存在を思い出して見ると、アイスが溶けてぽたぽたと水滴が落ちていた。

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