102話目 小さな幼馴染に夜食

 22時過ぎ。


 リビングの窓から顔を出して、愛の部屋を見ると電気がついている。


 愛が恋と一緒に宿題をすると言っていたから、今も頑張っているんだな。


 夜食を持って行こう。


 作ったキムチラーメン2つをお盆に載せて、愛の部屋の前まで行く。


 ノックしようとしているとドアが開く。


「美味しそうな匂いがしていると思ったら、キムチラーメンだよ!」

「夜食作ってきたよ!」

「ありがとう! こうちゃん、大好き!」


 抱き着いてきた愛の頭を空いた手で撫でる。


 いつまでも撫でて勉強の邪魔をしたくない。


 愛に抱き着かれたまま部屋に入る。


 ベッドに頭をのせて放心している恋がいた。


「れんちゃん! こうちゃんがキムチラーメンを持ってきたよ! 一緒に食べよう!」

「……らぶちゃんに、勉強教えるの難しい」

「れんちゃん! キムチラーメン食べるよ!」

「……難し過ぎる」


 愛の言葉が聞こえてないのか、恋は虚ろな目をして天井を見ながら呟く。


 机にお盆を置いて、疲れている恋の近くまで行き話しかける。


「夜食作ってきたから休憩しない?」

「……百合中君? 百合中君! 何でここにいるの?」


 乱れている髪を直す恋。


「夜食作ってきたから休憩しない?」

「食べる! 百合中君の手料理食べたい!」


 恋は跳びあがる勢いで立ち上がり、既に机の前に座っている愛の隣に座る。


「こうちゃん! キムチラーメン食べるよ!」

「こっちがらぶちゃんの分で、こっちが恋さんの分だよ」


 キムチラーメンを愛と恋の前に置く。


 愛達はいただきますと言って食べ始める。


「もぐもぐ。らぶと、れんちゃんのキムチラーメン。もぐもぐ。見た目が少し違うよ。もぐもぐ」

「らぶちゃんの分にはたくさんの鷹の爪をいれているから違うように見えるんだよ」

「たかの爪って、鳥のたかの爪が入っているんだね! 魚の骨みたいに喉に詰まったら大変だからよく噛むね! もぐもぐもぐもぐ」


 愛がハムスターのように頬に溜めて食べる姿が可愛くて見惚れてしまう。


「こうちゃん! おかわり!」


 数秒で食べ終わって、空になった茶碗を僕に向けたので受け取る。


「百合中君」


 部屋を出ようとしていると恋に声をかけられた。


 振り返ると、立っている恋が空になった茶碗を両手で持っている。


「……あたしもおかわりいいかな?」

「いいよ」


 遠慮気味に渡してきた茶碗を受け取り、自宅に帰る。


「よし! 頑張るぞ!」


 2杯目を食べ終えた愛は片手を上げて元気良く声を上げた。


 愛が宿題を始めて1分が経ち。


「むにゃむにゃ。こうちゃんが、運動部の男子達に、せめられる本が……むにゃむにゃ」


 寝た愛は不吉な寝言を口にした。


「恋さん。さっきらぶちゃんが言った内容の本って、完成してるの?」

「…………」


 恋は無言で部屋の隅に置かれていたリュックサックから薄い本を取り出す。


 おずおずと机の上に置く。


 表紙には柔道着姿の少女漫画に出てきそうなイケメン風な男子が僕に似た男子と向き合っている。


 愛は前に、僕と純の裸の絵を表紙にしていた。


 だから、今回は運動部の男の裸が描かれていると覚悟していた。


 肩透かしを食らった気分になる。


「……百合中君はこの表紙で大丈夫?」


 何事もなくページを開こうとしていると、いつの間にか隣に座っている恋が本を一瞥しながら言った。


「大丈夫だよ」

「…………百合中君……女子用のスクール水着を着ているけど大丈夫?」


 恋の言う通り表紙に描かれている僕の格好は坂上高校指定の女子用の水着。


「僕は大丈夫だよ。でも、僕の気持ち悪い姿を見せて申し訳なくは感じるかな」

「……あたしは可愛いと思うよ」


 顔を引きつらせながら言われても説得力がない。


 ページを開いてすぐに閉じる。


 頬を赤くした僕に似た男子と柔道着姿の男子が手を繋いでいた。


 何の情報もなしにこのまま読み続けるのが怖くなって恋に質問する。


「この本って全年齢の本だよね」

「…………一応、そうだよ」


 その言葉を信じて最後まで読み切ってから、トイレに駆け込む。


 確かに全年齢で、キスも軽くするだけ。


 でも、僕に似たキャラが男子達に迫られてキスされているだけで気持ち悪い。


 吐き終えて、愛の部屋に戻る。


 薄い本を指差しながら恋に訊く。


「これって、売るの?」

「……」


 固まったままの恋を見て察する。


 この本が世の中に売られると思うと寒気がする。


 売るのを止めたいけど、僕の我儘の所為で愛のしたいことを邪魔したくない。


 よし、僕は今日愛が作った本を見なかった。


 そう言い聞かせることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る