101話目 小さな幼馴染とエッチな香水

 晩飯を作るためにソファから立ち上がっていると、家のチャイムが鳴る。


「らぶちゃんいますか?」


 足音で玄関に人がいることが分かったのか、扉の向こうにいる相手が話しかけてきた。


 聞き覚えのある声だったから、玄関の扉を開ける。


 白の半袖にジーパン姿の眼鏡をかけている女子こと恋がいた。


 恋のことを見て思い出したことがあったから口に出す。


「恋さんに頼みたいことがあるんだけどいい?」

「百合中君のお願いだったら何でも聞くよ」

「ありがとう。東京に行ったら、音色かららぶちゃんを守ってほしい」

「うん。分かったよ。音色さんからは目を離さないようにするね」

「その代わりではないけど、恋さんが僕にしてほしいことがあったら言ってね」

「いいの⁉」


 大声を出しながら近づいてきたから、少し耳が痛い。


「いいよ。今からしようか?」

「……すぐには出てこないから考えていいかな?」

「恋さんがタイミングに合わせるよ。らぶちゃん呼んでくる」


 踵を返そうとしていると、恋に上着の袖を摑まれる。


「もう少しだけ百合中君と……2人で話したいんだけど駄目かな?」

「いいよ。恋さんは何か話したいことある?」

「夏休み百合中君がどんな風に過ごしているのか教えてほしい」

「らぶちゃんと一緒に夏休みの宿題をしたり、じゅんちゃんと外で遊んだりした」

「そうなんだね。宿題が終わってないから、百合中君がよかったら一緒に宿題しない?」

「今日で宿題全部終わったから、一緒にするのは無理かな」

「……宿題で分からない所があるから教え」

「れんちゃんだよ! らぶに会いにきてくれたの?」


 恋が何か言おうとしていると、リビングから出てきた愛の声で掻き消される。


 愛は恋に抱き着いて頬を擦りつける。


「らぶちゃん、くすぐったいから離れて」

「くんくん。れんちゃんからいつもと違う匂いがするよ! いつもはれんちゃんの匂いがするのに、今日のれんちゃんからは石鹸の匂いがするよ!」

「……少し前にお風呂に入ったから、石鹸の匂いがするのかな」

「れんちゃんの風呂上がりの匂いを嗅いだことあるけど、それと違うよ!」

「……ボディーソープを変えたからかな」


 恋は愛から視線を逸らして、頬を少し赤くする。


「どこかでこの匂いを嗅いだ気がするよ」


 独り言のように呟いた後、愛の顔が急に真っ赤に。


「こうちゃん! こうちゃん! 耳ふさいでほしいよ!」


 理由を聞くことなく愛に言われた通りに、両耳を塞ぐ。


 愛は恋の耳元に口を近づける。


「れんちゃんはむらむらしてるの?」

「…………してない」

「ママがパパに……むらむらしてもらうために買った香水と同じ匂いがれんちゃんからするよ」

「…………らぶちゃんの、気のせいかな」


 耳を塞いでいても、2人と距離が近いから会話が聞こえてくる。


「くんくん。気のせいじゃないよ! くんくん。この匂いは間違いなくママが買っていた香水と一緒だよ! れんちゃんは……エッチなことをしようとしてるの?」


 恋の首元を嗅ぐ愛。


「…………」


 恋が僕のことを見てくる。


 聞こえていない振りをして首を傾げる。


 安心したように溜息をした恋は愛に小声で言う。


「エッチなことしようとなんてしてない」

「なんで男子を……むらむらさせる香水をしてるの?」

「……明日東京行くのに見えない所もお洒落をしようと思って、香水を使ったんだよ。大人の女性はこの香水を使っている人が多いから」

「らぶも見えないお洒落をして大人の女性になるよ! ママから香水を借りてくるよ!」


 愛は家から出て行く。


 残された愛は僕に視線を向ける。


「らぶちゃんとの話は終わった?」


 このまま見つけ合っていても仕方がない。


 耳から手を離して恋に話しかける。


 恋はゆっくりと頷いて、僕に近づく。


「……百合中君はこの匂い好き?」


 石鹸の匂いがしてきて、すぐに体がぽかぽかして熱くなる。


 なんだろ、ムラムラしてきた。


 正直に言ったらドン引きされるから、適当に答える。


「清潔感があっていい匂いだと思うよ」

「ありがとう」


 恋はお辞儀をした後、玄関から出て行く。


 リビングに戻ると、純は片耳だけにイヤホンを挿していた。


 挿されていないイヤホンはソファに置かれていて音楽が流れている。


 純の寂しそうな顔をしているから、恋がきていたことに気づいているな。


 愛がまた自分より恋のことを優先したと思って、落ちこんでいるのだろう。


「こうちゃん! じゅんちゃん! らぶの家でご飯食べよう!」


 勢いよく部屋に入ってきた愛。


 愛は僕達が返事する前に手を握って引っ張っていく。


 愛の家に入る。


 そう言えば、夏休みになってからは1度も愛の家にきてない。


 リビングで愛は僕達から手を離して、キッチンに向かう。


 純は4人掛けの椅子に座る。


 ソファに座っている恋と視線が合う。


 顔をほんのりと赤くして、近くにあったクッションで顔を隠す。


 愛の母親こと琴絵さんが部屋に入ってきて僕の手を摑む。


「幸君に聞きたいことがあるからこっちにきて」


 返事する暇もなく、1階にある矢追夫婦の寝室に連れこまれた。


 部屋に入ってすぐに琴絵さんは鍵を閉める。


「今から真面目な話をするから、ベッドの上に座って」


 普段とは違う真剣な表情の琴絵さん。


 何の話か見当もつかない。


 言われた通りベッドに座ると、琴絵さんは口を開く。


「幸君はらぶちゃんとエッチをするの?」

「しないですよ」

「そうよね! パパをむらむらさせるために買った香水をらぶちゃんが貸してほしいと言ったのは、幸君に使うためよね! 幸君とエッチなことをするためよね!」

「しないですよ」

「今から孫ができることが楽しみ! こうちゃんとらぶちゃんの子どもにママのことを何て呼ばせたらいいと思う?」

「だからしないですよ。らぶちゃんは友達から大人の女性は香水をしていると聞いて、琴絵さんに香水を借りに行ったんですよ」


 話を聞いていない琴絵さんに、少し強めな語調で言う。


「せっかく孫の顔が見られると思ったのに残念」

「僕とらぶちゃんが付き合うことはないです」

「幸君が百合好きだから?」


 愛と似た顔で聞かれると、恥ずかしくて頷きにくい。


「幸君は女子のいえ、女性のよさを知らないから誰かと付き合おうと思わないんじゃないかしら?」


 艶やかな瞳で琴絵さんが見てくる。


 子どもの頃から母親のように接してきた琴絵さんにそんな目で見られて、反応に困りつつ答える。


「……女のよさを知っているから、百合好きになったんだと思いますよ」

「いいえ。幸君は女性の本当のよさを知っていないわ」


 琴絵さんは僕の顎に人差し指を当てて、顔を近づけてくる。


 嫌悪感は全くない。


 でも、ここでキスをしてしまったら、愛の父親である利一さんに合わす顔がなくなる。


 琴絵さんの頭を摑んで止める。


「親子のスキンシップなんだから、気にせずにブチューとすればいいわよ。ほら、ブチュー」

「僕と琴絵さんは親子じゃないし、親子でキスはしません」


琴絵さんの顔から手を放す。


「ママはらぶちゃんにするわよ。らぶちゃんはすごく嫌がるけど」


 琴絵さんが愛の唇を無理矢理奪う所を想像してしまう。


 ……なんかいいな。


「今の幸君凄くいやらしい顔してるわよ。今度、ママがらぶちゃんにキスをしてる所見る?」

「お願いします」

「そういう所は欲望に忠実ね。質問に答えてくれたら見せてあげるわ」

「何でも答えます」

「いい返事ね。幸君は好きな人とかいるの?」


 話の流れで好きの意味がライクではなくラブだと分かる。


「いないです」

「そこまではっきりと言われると安心するわ。らぶちゃんにもまだまだチャンスがあるってことだから」

「僕とらぶちゃんは家族みたいなものだから、琴絵さんが望んでいるようにはならないですよ」

「ママもらぶちゃんもこうちゃんのことを家族のように思っているわ。でも、家族だからと言って、いつまでも一緒にいられるとは限らないわ」


 その言葉を聞いて、胸が張り裂けるように痛い。


 当たり前のように愛と純と同じ時間を過ごしている。


 でも、2人が結婚すれば一緒にいる時間が減る所かなくなる可能性もある。


 愛と純が結ばれればその問題も解決する。


 今の日本の法律では女性同士が結婚することはできなくても、一生を添い遂げることはできる。


 そうなった場合、琴絵さんが望んでいる孫の顔を見ることはできない。


 無邪気に愛と純が結ばれればいいなんて言えないな。


「ごめんね。意地悪な言い方をしたわ。急いで未来のことを考えても仕方ないから、今のことを考えましょう」

「そうですね」


 長い時間話しているから、愛の晩飯の準備が終わって僕達のことを探しているかも。


 部屋を出ようとしていると、琴絵さんは枕の下から何かを取り出して渡してきた。


「急がずにこれで子どもを作る練習をするといいわよ」


 男子が装着するゴムだった。

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