96話目 暗躍の結果

 恋が外を出て行って少しして、愛はイラストを描き始める。


 15時。


 音色とのイラスト勝負が終わるまで2時間もない。


 愛が今まで描いたイラストと音色のイラストの評価を比べる。


 1桁の差がついて負けている。


 いや、もう負けは決定している。


 新しくどんなイラストを上げても時間が少な過ぎるから、評価される前に勝負が終わる。


「……こうちゃん。らぶはどうやったら音色に勝てるかな。らぶはどうしても音色に勝ちたい。音色に勝って、れんちゃんを安心させてあげたい」

「恋さんが下絵をして、愛が完成させたイラストをピクシンに投稿しよう」

「……でも、投稿してしまった他の絵を投稿することができないよ。時間ぎりぎりまでらぶが頑張って他の絵を描けばどうにか……残り2時間もないから無理だよ…………」


 時計を見たまま愛は固まる。


「らぶちゃん今すぐ、恋さんとらぶちゃんの2人で描いたイラストを投稿しよう!」

「らぶが負けたられんちゃんが絵を描かないといけなくなるよ! そうなったらまたらぶの所為で、らぶの前かられんちゃんがいなくなるよ!」

「恋さんはらぶちゃんの前からいなくならないよ」

「嘘だよ! あの時だってれんちゃんは大丈夫って答えたのに転校したんだよ! こうちゃんの言うことも、れんちゃんの言うことも信じたいけど信じられないよ! らぶはどうしたらいいか分からないよ‼」


 愛が冷静じゃない今だからこそ、冷静にならないといけない。


 これから恋は絵を描くつもりだから、音色に負けても問題ない。


 問題なのは愛が負けた罪悪感に押し潰されること。


 愛は恋から、もしかしたら今回の勝負に関わった僕からも距離を置こうとするかもしれない。


 それだけは、絶対に避けないといけない。


 残り1時間30分、音色の5万強という評価にどんなことをしても勝てる方法が浮かばない。


 机に置いていたペンを愛は左手で握って自分の利き手である右手に向ける。


「れんちゃんを傷つける手なんていらないよ!」

「らぶちゃん! そんなことをしても意味がないよ!」

「そんなこと分かってるよ! でも、らぶはどうしたらいいか分からないよ! だから、こうするしかないよ! らぶは絵を描くのをやめないといけない!」


 恋が振り下ろそうとする手を止めたいけど、ここからだとどれだけ走っても間に合わない。


「らぶちゃんが絵を描くのをやめなくていい!」


 力強い声が聞こえてきて、出入口を見ると純がいた。


 純は愛の所に行き、愛が持っているペンを取る。


「らぶちゃん、今すぐピクシンにイラストを上げて」

「無理だよ! 絵を上げても音色には絶対に」

「絶対に勝てるから!」

「……本当?」

「おう。私を信じて!」


 純に力強く言われた愛はノートパソコンをゆっくりと触り出す。


 数分すると、さっき上げた愛のイラストが凄い勢いで評価がついていく。


 閲覧数と素晴らしい数合計で3万も。


 このままいけば音色に勝てると思ったけど、30分経ってから4万から増えなくなる。


 愛はソファにうつ伏せになってスマホをちらちらと見ている。


 音色が部屋に入ってきて、スマホを見せる。


「急に愛お姉ちゃんの評価が上がったのは焦ったっすけど、残りの時間が1時間ちょっとしかないっすからぼくの勝ちっすね! 今すぐ本当のことを話してほしっす!」

「まだ勝負は終わってない」


 純は椅子から立ち上がり、音色の所に行く。


「純お姉ちゃんは愛お姉ちゃんが勝つと思ってるっすか?」

「勝つよ。絶対。らぶちゃんは絶対に負けない!」

「1万以上も離れていて、ぼくが負けるわけが……」


 音色が言い終わる前に純は自分のスマホを音色の目前に突き出し、それを見た音色は目を見開く。


「……何を、何をしたんっすか⁉ 1万以上も差があったのに、なんでぼくが負けてるっすか?」

「らぶが、音色に勝ったの? ……本当にらぶが音色に勝ったの⁉ 本当の本当にらぶは音色に勝ったの⁉」


 勢いよく起き上がった愛は純に抱き着きながら聞いて、純は頷く。


「やったー! こうちゃん! こうちゃん! らぶは音色に勝ったよ! やったー!」


 純から離れて、僕の周りを跳ねながら微笑む愛。


「純お姉ちゃんは何をしたんっすか⁉」


 純は音色に睨まれたことを気にすることなく言う。


「私は知り合いにらぶちゃんがイラストを描いていることを知らせただけ」

「勝負前に純お姉ちゃんが聞いてきたので、そうすることは分かってたっす。でも、知り合いだけではぼくが負けるはずないっす」

「もしかして、じゅんちゃんは坂上高校の生徒全員にらぶちゃんのイラストを見てもらうようにお願いしていた?」


 純がクラスメイトにランイを聞いていたこと、2年の教室に向かっていたこと、角刈り男子と話していたことを思い出して口にした。


「全員は無理だったから、鳳凰院さんや私のファンクラブの人達や、らぶちゃんのファンクラブの人達に手伝ってもらった」

「そうだったとして数時間で5万以上の評価を得られるのはおかしいっす!」

「学校外の人や親や親戚にもお願いしてもらうように頼んだからおかしくない」

「知り合いに愛お姉ちゃんがイラストを描いていることを言うのは認めたっすけど、素晴らしい数を押してもらうのはルール違反っす! 愛お姉ちゃんが最後に上げたイラストの閲覧数と素晴らしい数が一緒なんてありないっすから、違うとは言わないっすよ!」


 音色の言う通りピクシンに最後に上げた愛のイラストだけ閲覧数と素晴らしい数が一緒。


 他に投稿されている作品の全てが閲覧数より素晴らしい数がかなり少ないのに。


「私はルール違反していない」

「証拠はあるっすか?」

「証拠はないけど根拠はある。音色が言った通り、閲覧数と素晴らしい数がほとんど一緒になることはない」

「なら」

「でも、それは描いている人のことを全く知らなかったら話。らぶちゃんのことを知っていたり、知り合いからイラストを見るように言われたら少しでもいいと思ったら素晴らしいをつける」

「ぼくはそんなのでは納得できないっす」


 純はスマホで勝負3日目に上げた愛の天使姿のイラストと、4日目に上げたナイスバディの女子の水着姿のイラストを順番に表示して音色に見せる。


「3日目より4日目の方が閲覧数多いのに素晴らしい数が少ない。合計数で言えば3日目の方が多い。4日目のイラストは女子受けが悪いからほとんどの女子が素晴らしい数をいれなかった。このことが十分な根拠になると私は思う」

「……」


 純の言ったことを納得したのか音色は何も言い返せずに黙る。


「らぶちゃんの勝ちでいい?」

「……まだ時間はあるっすから、ぼくも知り合いに頼むっす」


 音色はスマホを触ろうとしている所で恋が部屋に入ってくる。


 恋の顔を見た音色は顔が引きつっていた。


「今から頼めそうな人全員に連絡するからちょっと待っていてほしいっす!」


 懇願しながら近づいてくる音色に恋は首を横に振る。


「どんなに音色さんが頑張っても、音色さんが憧れた人はもういないよ」

「……なら、目の前にいるあなたは何者っすか? この写真の女子はどう見ても、あなたっすよ!」


 財布から新聞の切り抜きを出して恋の目の前に突き出す。


 恋はそれを一瞥した後、椅子に座ってペンを走らせてから音色に見せる。


「あたしは全く手を抜かずに描いたのがこの絵だよ。音色さんが憧れる人はこの程度の絵しか描けないの?」

「……帰るっす」


 顔を伏せながら音色は出て行く。


「音色さんには悪いことをしたよね。らぶちゃん急に抱き着いたら危ないよ」

「勝ったよ! れんちゃん勝ったよ!」

「うん。ありがとう、らぶちゃん」


 恋は一生懸命抱き着いてきた愛の頭を優しく撫でた。

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