95話目 イラスト勝負最終日

 深夜になっても眠ることができずに、今日が終わってイラスト勝負最終日になっていた。


 愛がまだ頑張ってイラストを描いているのだと思ったら、寝られるわけがない。


 リビングのソファに座りながら、イラストの参考書を見る。


 愛のイラストは完成したのか気になって、本の内容が全く頭に入らない。


 2日前、純に言われた通りに漫研部で恋が描いたイラストを愛に渡した。


 恋のイラストを見た瞬間愛は目を輝かせて、部屋に引きこもる。


 次の日、部屋から出てこない愛。


 琴絵さんと利一さんに事情を話して、学校に愛が学校を休むことを連絡してもらった。


 まだ、愛から連絡がきてない。


 少し前に夜食を持っていた時は部屋に電気が点いていた。


 声をかければよかったと思っていると、愛が部屋に入ってくる。


 目の下にクマができていて、頬がやつれている。


「らぶちゃん、大丈夫?」

「こうちゃん。イラスト完成したから見て」


 両手で持っていたノートパソコンを差し出してきたから受け取る。


 画面を見ると、恋が描いた下絵の古さが消えていて、全体的に薄い色合いで描かれている。


 優しさが伝わってくるイラストだな。


「凄いよ! らぶちゃんこれなら音色に勝つことだってできるよ!」


 テンションが上がってそう言うと、愛は俯いて呟く。


「本当にこの絵で音色に勝てるかな?」

「勝てるよ! 絶対に勝てるよ!」

「何で絶対って言えるの?」

「……」


 冷めたように愛が言って、何も言い返すことができない。


「らぶはこの勝負で絶対に勝たないといけない! だから、この絵でどうして愛が音色に勝てるか理由を教えて!」

「……」


 部屋に愛の叫び声が響く……無力な僕は何も答えられない。


 愛が後ろに倒れて行くから急いで支える。


 愛をソファに寝かせて表示されているイラストを見た後時計を見る。


 今日の17時に音色とのイラスト勝負が終わる。


 投稿するなら早い方がいい。


 でも、愛の質問に答えられなかった僕は愛の代わりに投稿する権利なんてない。


 もっと前からイラストの勉強をしておけばよかったと本気で後悔。


 目を開けると、窓の外が明るかったので急いで立ち上がって時計を見ると6時を過ぎていた。


 いつの間にか座ったまま寝ていた。


 愛はまだ目の下にクマがあって起こしたくないから、もう少しだけ寝させよう。


 ピクシブで音色の状況を見ると、今までにないぐらいの数の評価がついていた。


 どうしてそうなったのか気になって調べると、コメント欄にその答えが書かれていた。


 揺り百合が音色であると。


 アカウントを変えた所で、音色の絵柄は変わらないのでこうなること当然。


 もっと早く気づけばよかった。


 気づいた所で何もできないけど。


 閲覧数と素晴らしい数は今もどんどん増えて、手が付けようがないぐらい差が広がる。


 恋にこのことを相談するために連絡すると、ワンコールで出る。



「もしかしてピクシン見ていた?」

『……うん。百合中君も見たの?』

「……見たよ。だから、今から僕の家にきてらぶちゃんに」

『あたしが漫画を描くことを伝えるよ。急いで百合中君の家に行くね』



 お願いしようとしていたことを先に言う恋。


 恋が電話を切って数10分後に自宅にくる。


「百合中君のおかげで絵を描くことが怖くなくなったから、気にしなくていいからね」


 その言葉を聞いて、少し心が軽くなる。


 恋に無理矢理、描かせることに罪悪感を抱いていたんだな。


 リビングに入ると、目を覚ましていた愛がソファに座ってスマホを見ながら目を見開いている。


「らぶちゃん」


 恋が愛の名前を呼ぶと、恋は走って僕の後ろに隠れる。


 良心を痛めながら愛の肩を摑み、恋の前に連れて行く。


 愛は必死に体を大きく動かしても逃げられないことを察したのか、両耳を手で塞ぐ。


 恋はゆっくりと口を開く。


「あたしはらぶちゃんの所為で絵を描くことをやめた。小2の時にらぶちゃんが絵を渡してきたから、あたしが馬鹿にされた。あたしが描いた絵じゃないのに」

「……ごめん」


 耳から手を離した愛は消え入りそうな声で呟く。


「そうだよ。全部、全部、らぶちゃんが悪いんだよ。あたしは何も悪くない。あたしはただ目立ちたくなかっただけなのに、らぶちゃんがそれを壊した」

「……」

「でも、でもね。それ以上に大切な友達の絵を守れなかった自分が許せなかった。らぶちゃんがどれだけ絵を描くことを好きなのかあたしは知っていたから。あの時もっとらぶちゃんの絵に手を伸ばしていたらって今も後悔している」

「……」

「もう後悔したくない。あたしはあたしのしたいことを全力でするようにするよ」


 恋は少ししゃがんで愛と視線を合わせる。


「だから、あたしのために絵を描かなくていいよ。らぶちゃんに渡した中途半端な下絵じゃなくて、あたしの本気で描いた絵をらぶちゃんが1番最初に見てほしいな」


 優しい声音で恋が言うと、愛は横に首を振る。


「……れんちゃんがらぶを許してくれても、らぶはらぶを許せないよ」

「らぶちゃんはあたしの本気で描いた絵が見たくない?」

「……見たいけど、れんちゃんの絵を描けなくさせたらぶが見たら駄目だよ」

「あたしがらぶちゃんに見てほしいって言っても?」

「……うん」

「……らぶちゃんの我儘!」


 立ち上がった恋は大きな声で叫ぶ。


「あたしが見ていいって言ってるんだから、あたしの絵を見たらいいよ!」

「らぶは絶対に見ない! 音色に勝って、れんちゃんが絵を描かなくてもいいようにするよ!」

「だから、あたしがいいって言ってるんだから」

「駄目だよ! 絶対に駄目‼」

「らぶちゃんに何を言われても、あたしは描くから」


 椅子に座って机の上にある紙とペンを使って何か描き始める。


 愛は恋からノートを取る。


「らぶちゃん、何するの?」

「れんちゃんは絵を描かなくていいの!」

「邪魔をしないで! 絵を描こうが描かないかはあたしの自由でしょ!」


 睨み合い始めた愛と恋の間に立ち、恋の方に視線を向ける。


「後のことは僕に任せてもらっていいかな?」

「……うん」


 小さく頷いた恋は部屋を出て行ったのから後を追う。


「僕が呼び出したのに追い出すみたいになってごめん」

「百合中君は何も悪くないから、謝らないで。悪いのはあたしだから、ごめん。ごめんね」


 何度も頭を下げてから外に出て行く。


 リビングに戻ると、恋の途中まで描いたイラストを切なそうに見ている愛。


 声を掛けることができずに、そんな愛を呆然と見ていた。

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