94話目 イラスト勝負5日目③

 話し合いの結果、昼休みに屋上で小細工なしで伝えることに決まる。


 そのことを伝えようとしたけど、愛と会うことができない。


 放課後になって教室を出ると、廊下にいた愛の所に走る。


 僕に気づいた愛は靴箱の方に向かって逃げるけどすぐに追いつく。


「らぶちゃん、どうして逃げるの?」

「らぶはこうちゃんとれんちゃんの話を聞いてないよ! 絶対に聞いていないよ!」


 聞いていたんだな。


「どこまで恋さんの話を聞いていたの?」

「聞いてないよ! ……少ししか聞いてないよ! れんちゃんがあたしの絵で転校したことしか……聞いてないよ」


 声音が少しずつ弱くなる。


 最悪なタイミングで聞くのをやめているから、逃げたくなる気持ちも分かる。


 このまま、愛を不安な気持ちのままにしておくわけにはいかない。


「そのことで恋さんから話があるから、今から屋上にきてもらっていい?」

「……らぶは今から用事があるからまた今度にしてほしいよ」

「すぐに終わるから」

「嫌だ! らぶは今すぐに家に帰るの!」

「らぶちゃん。あたしはらぶちゃんと話したいんだけど駄目かな?」


 教室から出てきた恋が愛に近づくと、愛は後退る。


「らぶはれんちゃんと話したら駄目だよ‼ らぶの所為でれんちゃんは……れんちゃんは…………」

「駄目なことなんてないよ。あたしとらぶちゃんは友達だからたくさん話そう。そのために、あたしは自分の思っていることを全部らぶちゃんに言うね。らぶちゃんもあたしに全部言って」

「……無理だよ! らぶはれんちゃんが傷ついたことに全く気づかなかったんだよ! そんならぶがれんちゃんと話したら、またれんちゃんを傷つけるよ!」

「あたしはもう傷つかないから大丈夫だよ!」

「何でそんなことが言えるの!」


 恋は僕の方を一瞥する。


「あたしはもう子どもの頃のように弱くない。嫌なことを言われたって、他のことを考えて気を紛らわすこともできるようになった。それでも傷ついたら、らぶちゃんに相談するから大丈夫だよ」

「……らぶは今までらぶのしたいことを一生懸命してきた。そうすれば、周りの人も喜んでくれたからもっと頑張れた。でも、違ったんだよね。れんちゃんは、らぶのせいで転校して、いつも楽しそうに描いていた絵もらぶのせいでやめてしまった」

「違うよ! あたしの心が弱かったからやめただけで、らぶちゃんは関係ない!」

「関係なくない‼ らぶが悪いの‼ だから、らぶを1人にして‼」


 愛の声は廊下に響き渡り先生達がきた。


 先生達に喧嘩じゃないことを説明していると、愛はその隙に逃げる。


 愛を追いかけて靴箱に向かっていると、恋がスマホの画面を見せてきた。



『音色に絶対に勝つから、その後にれんちゃんの話を最後まで聞かせてほしいよ』



 追いかけることをやめる。


 少しでも愛が音色に勝てるようにするために、漫研部の人達に助力をもらおう。


 漫研部の部室に恋と一緒に向かう。


 向かっている途中、純が角刈りの男子と話をしているのが見える。


 2人の所に全力疾走して、角刈り男子の胸倉を掴む。


「何してるの?」

「お前こそ何するんだよ。とりあえず、手を、放せ」

「先に何をしていたのか話して」

「首が、締まって、息が、でき、な、い」

「私は何もされていないから大丈夫」


 純がそういうから、仕方なく手を放す。


「見た目も普段の性格は大人しいのに、たまに狂人みたいな性格になるのやめてもらっていいか? めちゃくちゃ怖いから」

「じゅんちゃんはどうして臭そうな男子と話しているの?」


 苛ついていたので思わず本音が出る。


「おい! 誰が臭そうだ!」

「今じゅんちゃんと話しているから黙っていて!」

「……はい」


 もう1度ここで何をしていたのか純に聞く。


「フツウニ、ハナシテイタダケダヨ。ソレイガイハ、ナニモシテナイ」


 恋の嘘も分かりやすいけど、純の嘘も分かりやすい。


 大好きな純を問い詰めることができないから、角刈り男子の方に視線を向ける。


「じゅんちゃんと何を話していたか言って!」

「小泉が言っていた通り、普通に話していただけだぞ」

「具体的には何を話していたの?」

「……具体的には」


 角刈り男子は純を一瞥して顔を青くする。


「……天気の話をしていたぞ」

「次嘘吐いたら足の指を折れるまで踏みつけるから、慎重に話した方がいいよ」

「お前の笑顔怖いんだけど! その笑顔で近づいてくるなよ!」

「口臭いから喋らないで」

「話せばいいのか、黙ればいいのかどっちなんだよ」

「関係のないことを話したから踏むね」


 片足を上げて角刈り男子の足に目掛けて振り下ろそうとしていると。


「分かった! 話すから! 俺が小泉と話しているのは……」

「話したら駄目」


 純は片手で角刈り男子の体を持ち上げる。


「百合中も小泉も怖すぎる!」


 角刈り男子が逃げた。


 後を追いかけようとしたら純に手を摑まれる。


「ホントウニ、フツウノハナシシカシテナイヨ」


 純がこんなに念押してくることはない。


 もしかしたら……純と角刈り男子が付き合っ……これ以上考えるのは精神衛生上よくないのでやめよう。


「じゅんちゃんを信じるから、聞かないよ」

「おう。ありがとう」

「今から漫研部に行くけど、じゅんちゃんも一緒に行く?」

「まだやることがあるからごめん」


 純がいなくなる。


「じゅんちゃんと何をしていたか聞かないから出てきてよ」


 物陰からこちらを見ている角刈り男子に話しかける。


「……本当だろうな」

「本当だよ! ただし、男子が気安く純に話しかけた報いは受けてもらうよ。1、2発は殴るね」


 のこのこと出てきた角刈り男子の汚い肩を我慢して摑む。


「助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ!」


 恋の方に必死に手を伸ばす角刈り男子。


「恋さんは先に漫研部の部室に行ってて」


 角刈り男子を空き教室に引き摺り込み、部屋の鍵を閉めた。




 角刈り男子との話し合いを終えた僕は漫研部に向かう。


 部室に入ると、椅子に座った恋を立っている漫研部5人が囲んで1つの本を読んでいる。


「本物のお〇ん〇ん見たことないけど、らぶちゃんの描くお〇ん〇んはリアルに見える」

「そうですね。他の同人作家の人と比べると、天と地ほど立派なお〇ん〇んだと思います。流石、わたし達の神絵師様です」


 恋と漫研部Aが真面目な顔をして、お〇ん〇んの話をしている。


「彼氏ができたら私も神絵師様のように立派なお〇ん〇んを描けるようになりますか?」

「らぶちゃんは彼氏がいなくてこの絵を描けているから、彼氏がいるかどうかは関係ないんじゃないかな」

「確かにそうですね。そのようなことに気づくなんてさすが神絵師様の友達です。凄いです」


 漫研部Aがそう言うと、周りにいた漫研部達は恋に向かって拍手をする。


「凄くない。でも、絵の基本は観察することだから、本物を見た方が上達するのが早いと思うよ」

「本物ってどこで見たらいいですか?」


 たれ目女子は真剣な顔をして恋に聞く。


「ネットで画像検索をすれば出てくると思う。あたしより、漫研部の人達の方が絵を描くから詳しくない?」

「ここにいる漫研部は全年齢版しか描いたことがないので、お〇ん〇んは描いたことないです。今から、お〇ん〇んの画像を検索してみるのはどうでしょうか?」


 たれ目女子がそう言って周りを見渡して、僕と視線が合い固まり他の女子も僕の存在に気づく。


「音色とのイラスト勝負は愛の方が結構不利だから、逆転するいい方法が思いつく人はいる?」


 変な空気になっているから、無理矢理話を変える。


 漫研部の女子達は無言で恋の対面に座る。


 恋の隣に座ると視線を感じたから、恋を見ると顔を真っ赤にしてドアの方に顔を向ける。


 これを何度か繰り返していると、漫研部の女子達はニヤニヤと笑いながら僕達のことを見る。


「いい方法があります。対戦相手の音色様を消してしまえばいいと思います」


 たれ女子はニヤニヤ顔を続けたまま言ったので、怖さが増している。


「音色様は百合中様の親戚なのでそんなことをしては駄目です。せめて弱味を摑んでピクシンのアカウントを消すようにお願いするぐらいで留めないといけないです」


 漫研部の女子Aが当然のことのように言い切った。


 ここにいる漫研部の女子達は見た目が大人しくて敬語だから、まともに見えたけどそうではないらしい。


 少しだけ、愛がここに入部しているのが心配。


「もう少し実用的な方がいいな」

「神絵師様のためなら何でもしますから、神絵師様の邪魔をするものを消すことも、その相手の弱みを握ることも実用的なことです」

「「「「そう思います」」」」


 まともじゃないけど、漫研部の女子達の愛に対しての愛情が伝わってきて嬉しくなる。


 でも、親戚を消されるのも、親戚の弱味を握られるのも嫌だな。


「穏便なやり方でいい方法を思いつく人はいない?」


 全員が黙り込むから、僕から案を出す。


「らぶちゃんの創作意欲が湧くようなイラストをみんなに描いてほしい」

「恐れ多くて描けません」


 たれ目女子がそう言うと、漫研部の女子達は全員頷く。


「頑張って描いてみるよ!」


 恋は力強く声を発した後、鞄からスケッチブックとペンを取り出して黙々と手を動かす。


 それを見た漫研部の女子達もイラストを描き始める。


 僕もイラストを描く。


 大好きな幼馴染2人を描こうとして手を止める。


 前に恋が本物を見て描いた方がいいと言っていたな。


 スマホで愛と純が寝ている写真や外で弁当を食べる写真を見る。


 最近、愛はイラストを描くことに集中し過ぎて食事と睡眠をまともに取って気がする。


 家に帰ったら、激辛の肉料理を作って愛のお腹を満たそう。


 食欲が満たされたら、愛は眠るから一石二鳥だな。


 純の交友関係が増えてきて、昔の愛みたいに僕達から離れていかないか不安になる。


 女子の友達ならまだしも、男子の友達や彼氏なんて連れてきたら怒りを我慢するなんて無理。


 心配事が次々と出てきて、描くことに集中できない。


 気分転換に他の人のイラストを見よう。


 恋の方を見ると、坂上小学校の制服を着た女子2人が一緒に1枚の紙にお絵かきをしているイラストを描いていた。


 上手いけど、古く感じて愛や音色のイラストと比べるとまだまだ。


 それなのに、見入ってしまう。


 帰ったはずの純が息を切らしながら部屋に入ってきた。


「こうちゃん。少しいい?」

「いいよ。どうしたの?」

「らぶちゃんのイラストの進み具合はどう?」

「あまりよくないかな」

「……おう」


 顔を少し下げた純は恋のイラストに視線を向ける。


「このイラストだったら勝てる」


 純が何かを呟いた。


 聞き返そうとしていると、


「このイラストを絶対にらぶちゃんに渡して、完成させて!」


 純は興奮気味に大声を出す。

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