93話目 イラスト勝負5日目②

 愛が小学2年の春頃に風邪を引いて4日間熱が下がらないことがあった。


 子どもの頃よく熱を出していたけど、39度の熱が4日も続くことはその時しかない。


 本気で心配したから今でも覚えている。


 その時に愛が「れんちゃんに会いたい」と寝言を口にしたから撫でながら、「すぐに会えるよ」と答えた。


 愛のお見舞いをれんちゃんこと恋にしてもらうために探すと、学校を休んでいることを知る。


 恋の担任に休んでいる理由を聞いたら目を逸らしながら1拍置いて体調不良と言うから、嘘だと分かる。


 体調不良なら明日学校にくるかもしれないけど、それ以外の理由、例えばいじめで登校拒否ならもう2度と学校にこないかも。


 恋が学校にこなくなったら愛は悲しむ。


 学校を休んでいる理由を調べて、学校にこられるようにしよう。


 聞き込みをすると、事情はすぐに分かった。


 玉崎美優たまざきみゆが恋が持っていた絵を破ったこと、その絵は愛が描いたものだということ。


 後、恋が玉崎達に虐められていたこと。


 玉崎本人に真相を訊きたいけど、噂通りだったら誤魔化すな。


 って、冷静に考えれないほど本気で怒っていた。


 愛の絵が破られたんだから。


 1人になった玉崎を人のいない所に引き摺る。

 

 胸倉を摑み持ち上げて脅し、自白させた。


 謝ってきたけど、口だけなような気がして信用ができないから対策を講じる。


 愛のことが大好きな男子達と純のことが大好きな女子達の前に、泣いた玉崎を連れて行く。


 周りにいる人達に事情を話してから、恋を虐めないと約束させた。


 常に他人の目があれば、虐めたくても虐めることはできないだろう。


 このことを伝えれば、恋は学校にきてくれる。


 恋の担任の先生に恋の家を聞いても教えてくれず、他の先生に聞いても教えてくれない。


 先生達もなんとなく学校でいじめがあったことを察しているから、無暗に恋の住所を教えないんだな。


 放課後交番に行き恋の住所を聞くと、すぐに教えてくれたから恋の家に向かう。


 チャイムを押すと20代のおしゃれな女性が出てくる。


 お見舞いにきたことを伝えると、1度家に戻ってすぐに出てきて体調が悪いからまた今度きてほしいと言われた。


 無理矢理でも会おうとしたら、尚更恋は家から出てこなくなるかもしれない。


 今日は、自宅に帰ることにした。


 何度行っても恋とは会えなくて、5回目に恋の家を訪れた時に表札が外されていることに気づく。


 そのことと恋がいじめられていたことを合わせて考えると、引っ越したと察する。


 学校に行って愛は恋が引っ越したことを知って、半年ぐらい元気がなくなる。


「あの時に無理矢理でも恋の家にのりこめばよかったな」


 思わず呟くと恋が目前まで近づいてくる。


「その話詳しく聞かせてもらっていい?」

「いいよ。恋さんが休んでいた時に何度かお見舞いに行ったけど、恋さんのお姉さん? に恋さんが体調が悪いから今度きてほしいと言われて帰ったんだよね」

「……」

「あの時に無理矢理でも、家に入って伝えればよかった。玉崎が恋さんのことを2度虐められないようにしたから学校にきても大丈夫って」

「……」

「そろそろ教室に戻ろうか?」

「……」

「恋さん、聞こえてる?」


 固まり続けている恋の肩にふれようとすると。


「教室に1人でいても堂々としている百合中君の姿を見て、周りの空気を読まなくて生きていけると分かってあたしは救われた。でも、もっと前に百合中君はあたしを救ってくれていたんだね」


 恋は堰を切ったように喋り始める。


 どうにか聞き取ることができた。


「恋さんを救ってないよ。僕はらぶちゃんとじゅんちゃんのためにしか行動しない」

「あたしは百合中君に救われたよ。どんなに百合中君が否定してもあたしはそう思うことしかできない」


 熱い視線を僕に向ける恋。


 恋本人がどう思うかは自由だから、これ以上否定しない。


「何かしてほしいことある? あたしにできることだったら何でもするから」


 願いを考えてすぐに浮かぶ。


 それを口にする前に確かめたいことがある。


「恋さんは今でもらぶちゃんのことが好き?」

「好きだよ」


 気持ちがいいほど迷いがないその言葉に、安心して僕の願いを口にする。


「らぶちゃんと仲直りしてほしい」

「仲直りしたいけど……らぶちゃんに絵が描けなくなった理由を話してからの方がいいよね?」

「正直に言えば話してほしくない。らぶちゃんが傷つく所を見たくないから。でも、それじゃあいつまで経っても恋さんがらぶちゃんに抱く罪悪感が消えないよね?」

「……うん」

「時間が経てば罪悪感は軽くなるかもしれないけど、なかったことにはならない。ふとしたことで、その気持ちが耐えられなくなったら愛さんがらぶちゃんから離れる可能性がある。もう、友達がいなくなって悲しむらぶちゃんの顔は見たくない」

「……話すよ。らぶちゃんを恨んでしまったことも、らぶちゃんの大切な絵を守れずに後悔したことも、何も言わずに転校したことを謝りたかったことも。それと、らぶちゃんに罪悪感を今も抱いているから絵を描けないことも」


 恋は1歩後退って、僕の方に手を差し伸べる。


「でも、本当のことを話してらぶちゃんが傷つくのもあたしが傷つくのも怖い。だから、あたしの手を握ってほしい。百合中君が握ってくれたら、勇気が出るから」


 小刻みに震える恋の手を両手で包むと微笑む。


 それから、僕達は2時間目が終わるまで具体的にどうやって愛と恋が仲直りするのか話し合う。

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