92話目 イラスト勝負5日目①
愛が昨日上げたイラストの閲覧数は昨日より増えているけど、素晴らしい数が減っている。
この結果を知った愛は、セクシーなイラストから最初に描いた可愛いイラストに戻すと。
1時間目が終わると、愛が教室に入ってきて恋の手を摑み去る。
鬼気迫った顔をしていた愛が気になり後を追う。
途中で2年の教室に向かっている純がいた。
純が何をしているのか気になる……今は愛のことを優先しないと。
愛と恋は屋上に出て行く。
出入口の近くで2人の様子を見る。
「れんちゃんの絵を見せてほしいよ‼」
学校中に響くくらい愛は叫ぶ。
「あたしは絵を描いてないから、見せることはできないよ」
「何で描いてないの⁉」
「他にしたいことが見つけたから描いてない」
「嘘だよ‼ れんちゃんが絵のこと以上にしたいことなんて絶対に嘘だよ‼」
「……ホームルームが始まるから教室に戻るね」
去ろうとする恋の手を愛は摑む。
「何で絵を描くことをやめたの⁉」
「だから、他にしたいことが」
「本当にそれが理由なの‼」
「……」
「れんちゃん! お願いだから、教えて!」
「……本当は……違うよ。絵をやめたのはらぶちゃんの所為だよ。本当のことを言ったから手を離してもらっていいかな?」
「……」
恋が冷たくそう言うと、愛の瞳からは一筋の涙が零れた。
泣いていている愛から目を逸らした恋が出入口の方に向かってきて、僕と視線が合う。
早足で去って行く恋を追いかける。
校舎裏でやっと追いつき、息を切らしている恋に話しかける。
「2人の会話を聞いてごめん」
「……百合中君に頼まれても、らぶちゃんに絵を見せないから」
「うん。恋さんが見せたくないならそれでいいよ。少し気になることがあるんだけどいいかな?」
「……うん」
「らぶちゃんの所為で絵を描かなくなったって言ってたけど、何があったの?」
「……」
「言いたくないなら言わなくていいけど、できれば聞きたい」
恋は視線を僕から外して呟く。
「言わなくても百合中君は……あたしのこと嫌わない?」
「嫌わないと言いたいけど、らぶちゃんを泣かした恋さんのことを嫌いになりかけているかな」
「…………ごめん」
「謝らなくていいよ。らぶちゃんが我儘を言っているだけで恋さんは悪くないから」
これ以上話していたら恋さんに暴言を吐きそう。
この場を離れようとすると、腕を掴まれる。
「百合中君……ごめん」
「だから、謝らなくていいよ」
「ごめん。本当にごめんなさい」
「僕はらぶちゃんとじゅんちゃん以外に興味がないから、恋さんが何をしようとどうでもいいよ!」
苛ついた僕の口からそんな言葉出た。
友達からこんなことを言われたら、傷つくと分かっているのに。
恋の手が一瞬弱まり、すぐに力強く握る。
「百合中君に興味を持ってほしいから、あたしが絵を嫌いになった理由を話すね」
恋は僕の知らない愛と恋のことを語り始める。
★★★
あたしには美容師のお姉ちゃんがいて、子どもの頃から髪型や服装がおしゃれにしていたおかげで友達がたくさんいた。
友達と言っても、全く興味のない最近の流行のお洒落の話とか恋話を一方的にされるだけの仲だったけど。
なんとなく人間関係ってこんなものだと思っていたあたしは愛想笑いをしてたな。
でも、小学校に入学して1か月も経たないうちにイライラの限界がきて、昼休みに体調が悪いと嘘を吐いて図書室に逃げた。
百合中君も同じ小学校だったから知ってると思うけど、坂上小学校の図書室は誰もいなくて静かなんだよね。
ここでなら誰の目も気にせずに自由でいられる。
保育園の頃に絵を描いていたことを思い出して、絵を描き始めた。
自分でも笑っちゃうぐらい下手だったけど、凄く楽しくてストレス発散になった。
そんなある日、あたしは失敗してしまう。
誰にも見せるつもりがなかった絵を……図書室の机の上に置き忘れてしまう。
そこまではまだよかったんだけど、その絵を先生が勝手に市のコンクールに出して金賞を取ったからあたしは凄く焦る。
市のトップの人がお祝いをしたいから、この絵を描いたのは誰なのか先生が朝のホームルームで聞いてきた。
勝手なことをしたのは先生だから、あたしは名乗らずに黙っていようと思ってた。
でも、あたしが絵を描いている所を司書教諭が見ていて、そのことをあたしの担任の先生に伝えた。
職員室に呼ばれたあたしは何度も絵を描いたのはあたしなのか聞いてきてしつこかったから頷く。
何度も断ったのに、写真を撮られた。
最初は市規模の新聞にしか載せないと言っていたのに、有名な画家が注目した所為で全国の新聞に載る。
それからが地獄の始まり。
今まで仲良くしていた女子達があたしを無視するようになって、あたしのいない所では悪口を言われる。
こうなることがなんとなく分かっていたから、目立たないようにしたかったのに。
図書室に行ったことを何度も後悔したけど、それでもあたしの居場所は図書室にしかない。
昼休みだけじゃなく休み時間にも入り浸る。
愛ちゃんと出会ったのはそんな時。
昼休みにいつものように絵を描いていると、隣に前髪ぱっつんの女子が大きな瞳を輝かしながらあたしの絵を見ていた。
「凄く上手だね! その絵って売りもの?」
愛ちゃんがそう聞いてきたから、「違う」と答えて絵を描くことに集中。
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴って顔を上げるとまだ愛ちゃんがいる。
少し気になるけど何も言わずに図書室を出る。
それから、愛ちゃんは昼休みに必ず現れるようになる。
何も喋らずにあたしの絵を見ているだけの愛ちゃん。
他人の視線が怖くなっていたけど、愛ちゃんの視線は他の人とは違って嫌な気持ちにならならないからあたしは何も言わない。
そんなある日、愛ちゃんがあたしの隣に座って絵を描き始める。
少し気になって覗くと、男子っぽいふにゃふにゃな絵。
お世辞にも上手だとは言えないけど……愛情みたいなものが伝わってきた。
無意識であたしから恋ちゃんに話しかける。
「もう少し肩の力を抜いたら線がガタガタにならないよ」
「肩の力ってどう抜けばいい?」
「両手を下ろしてみて」
「うん! 下ろしたよ!」
「そのまま肘だけを上げてみて」
「肘ってどこ?」
愛の肘を触って教える。
「それで短い線は手首で、長い線は肘を動かして描くと綺麗な線が描けるよ」
「やってみるよ」
あたしに言われた通りに、短い線と長い線をノートいっぱいに描く。
顔を上げた愛は嬉しそうに口を開く。
「本当だ! すごく綺麗な線が描けたよ!」
「名前教えて!」
「何で?」
急に名前を聞かれたので問い返すと、愛は満面の笑みを浮かべる。
「友達になりたいから名前を教えてほしい! 駄目かな?」
集団でいることを面倒に感じていたあたしだけど、その時に自分が1人でいることに寂しさを感じているだと分かった。
それから互いに自己紹介をしてあたし達は友達になって、あたしは学校に行くことが嫌ではなくなる。
相変わらずクラスの女子には無視されたり、陰口をたたかれるけどあまり気になれなかった。
2年生になって数日が経った頃、廊下を歩いていると男子同士のキスをしている絵を愛があたしに渡してきた。
初めて見た時より格段と上達していていたからこそ、生々しさを感じて直視することができない。
「どうかな? らぶは上手くかけている?」
「……上手くは描けているよ」
「れんちゃん! 目を逸らさずにもっと見てよ!」
恥ずかしい気持ちを我慢して、愛ちゃんの目を見る。
「上手だよ」
「ありがとう! れんちゃんに褒められて嬉しいよ! 他に見てほしい絵があるから持ってくるよ!」
愛は自分のクラスの方に向かって走って行く。
男子同士のキスをしている絵をあたしに持たせたまま。
近くにいた元同じクラスであたしをのけ者にした
「うわー。男同士でキスをしている絵を描いているよ。気持ち悪い」
周りにいる女子は嫌な笑みを浮かべながらあたしのことを見ている。
あたしが描いた絵ではないのに、どうしてあたしが馬鹿にされないといけないの。
「こんな絵気持ち悪い絵は捨てるね」
美優はそう言いながら紙を千切り始める。
必死に紙へと手を伸ばすけど、周りにいた女子に手を摑まれて身動きが取れない。
「そんなに必死になって気持ち悪い。少し有名になったからって調子に乗らないで!」
バラバラになった愛の絵をゴミ箱に捨てる美優。
「何してるの‼」
戻ってきた愛の声が廊下に響く。
「恋が気持ち悪いことをしていたから、そのことを教えてあげてたの」
嫌な笑みを浮かべながら美優はあたしのことを見る。
「れんちゃんは気持ち悪くないよ‼ 格好いいよ‼」
「恋が格好いいわけないでしょ。気持ち悪い絵を描いているんだから」
美優がゴミ箱の方を指差すと、愛はそこに行き破られた自分の絵を取り出す。
胸が凄く痛む。
「この絵はれんちゃんのじゃないよ! らぶのだよ! この絵が気持ち悪いなら、れんちゃんが気持ち悪いんじゃなくて、らぶが気持ち悪いんだよ!」
美優の周りにいた女子は美優に近づき小声で話す。
「矢追愛っていつも小泉純と一緒にいる子だよ」
その瞬間、美優の顔が青ざめる。
「小泉さんって、6年生の男子5人を1人で倒したって本当?」
「たくさんの子がそれを見ているから本当だよ。それに小泉さんのことを好きな女子がたくさんいるから、矢追さんに何かしたら上級生の女子達に虐められるかもしれない」
女子と話し終えた美優は愛の前まで行き頭を下げる。
「ごめんなさい。だから、純さんにだけは言わないでほしいです」
「らぶに謝るんじゃなくて、れんちゃんに謝って!」
「……恋、ごめん」
あたしを睨みながら美優は謝ってから、美優達は去る。
これからあたしは前以上に虐められるんだと察した。
「れんちゃん! 大丈夫だった?」
訳の分からない怒りが込み上がってくる。
愛にぶつけそうになったのを、必死に我慢しながら「大丈夫だよ」と答えた。
次の日学校に行こうとしても、足が動かない。
美優達に酷いことをされるか想像したからではなくて。
それも、凄く怖い。
でも、それ以上に大好きな友人の絵が馬鹿にされて何もできずに千切られたから愛に合わす顔がない。
そもそも愛の所為であたしが馬鹿にされたのだから、あたしは何も悪くないと心の中で言い訳をしないとおかしくなりそう。
余計なことを考えずに愛に愛の絵を守れなかったことを謝って、いつも通り友達として関わろう。
無理矢理外に出ようとしていると、姉が声をかけてきた。
思わず「学校に行きたくない」と口に出してしまう。
姉は事情を聞かずに、「いいよ」と答えてくれた。
そして、次の日もその次の日もまたまた次の日も休んで部屋の中で閉じこもる。
その間に男子がお見舞いにきたけど、仲のいい男子はいないから会わなかった。
学校を休んで1週間ぐらいが経った日の晩に姉が言う。
「お姉ちゃん仕事先が変わったから一緒についてくる?」
その言葉に迷いもなく頷く。
新しい生活が始まってから、その学校の図書室で絵を描こうとしたけど手が震えて描くことができない。
愛の絵を守れずに、愛から逃げた罰だとあたしは思った。
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