85話目 イラスト勝負1日目
朝目が覚めると、両隣に愛と恋が寝転がっている。
頬を赤くしている恋と視線が合う。
「土曜の朝早くにごめんね」
「別にいいけど、らぶちゃんと恋さんは何をしてるの?」
「……百合中君の顔が近い。あたし、何を話せばいいんだっけ。あれ! あれれ! らぶちゃん、起きて! 百合中君にあたし達がここにいる理由を話して!」
更に頬を赤くした恋が愛の肩を揺らす。
「こうちゃん! れんちゃん! おはよう! 作戦会議するよ! 音色には絶対に負けられないよ!」
目をぱっちりと開いた愛のその言葉を聞いて、昨日の晩のことを思い出す。
20時頃に音色が家にやってきて、今回の勝負のルール説明をした。
土曜の明日から来週の金曜の17時までイラスト投稿サイトのピクシンに1日1枚、合計7枚のイラストを投稿。
閲覧数と素晴らしいの数で勝負する。
点数は合計ではなくて1番評価の高い1枚を描けた方の勝ちだから逆転することができる。
逆に言えば最後まで油断することはできない。
音色が帰ろうとした時に、純が音色に近づいて話しかける。
2人のとの距離が遠かったから、話の内容は聞こえなかった。
僕、愛、純はピクシンのイラスト投稿のことについて全く知らない。
だから、愛が恋に相談して、助っ人になってもらった。
「こうちゃん! 早く着替えて! 時間はゆうけんだよ!」
「らぶちゃんの言う通り、時間は有限だね。すぐに着替えるから、リビングで待ってもらっていい?」
「らぶが着替えさせてあげる! その方が早いよ!」
僕が着ている狐着ぐるみパジャマの首元にあるチャックに手をかける愛。
愛に下着を見られるのは平気だけど、恋に見られるのは気恥ずかしい。
チャックを握っている愛の手を優しく掴みこれ以上、下がらないようにする。
「こうちゃん! 手を放して! 着替えさせられないよ!」
「恋さんに聞きたいことがあるから、大人でお姉さんのらぶちゃんに少し待ってほしいな」
「いいよ! らぶは大人でお姉さんだから待つよ!」
「恋さん朝ご飯って食べた?」
「狐パジャマを着ている百合中君格好よくて可愛い」
恋は僕を凝視しながら何かを呟いているが声が小さ過ぎて聞こえないし、僕の声も恋に聞こえてないみたい。
「恋さん。朝ご飯って食べた?」
「お願いしたら写真を撮らしてくれるかな」
「恋さん! 朝ご飯食べた?」
「……食べて、ない、よ」
少し大き目な声を出すと、恋は僕から視線を逸らしながら弱々し気に答えた。
「らぶちゃんは食べた?」
「食べてないよ!」
「僕と恋さんはお腹が空いているから、らぶちゃんに作ってもらっていい?」
「いいよ! すぐに作るね!」
愛は元気良くどたどたと部屋を出て行く。
「着替えるから、恋さんも出て行ってもらっていい?」
数分経っても、呆然と僕を見て動こうとしない愛に話しかける。
小さく頷いて早足で部屋を出る恋。
適当な服に着替えてリビングに行くと、4人掛けの机の椅子に恋が座っていた。
キッチンに向かい愛に話しかける。
「何か手伝うことある?」
「ないよ! らぶ1人でできるよ! こうちゃんは目玉焼きの焼き加減はどうする?」
「らぶちゃんに任せるよ。味付けは塩だけの薄めの味付けにしてもらっていいかな?」
ハバネロソースをかけようとする愛に僕はお願いする。
「こうちゃんは本当に薄い味が好きだね!」
「恋さんも薄い味の方がいいよね?」
恋の方に向かって話しかけると、「うん」と返事する。
「分かったよ! このソースをかけたら美味しくなるけど、少し濃いからこうちゃんとれんちゃんのは塩だけにするよ!」
残念そうにハバネロソースを作業台に置いた。
恋の前に座る。
「率直に聞くけど、らぶちゃんが音色に勝てると思う?」
「音色ちゃんのイラストってらぶちゃんのイラストとすごく似ているっていうかそっくりだから、画力は五分五分だと思う」
確かに愛と音色のイラストは似ていて、素人の僕からしたらどこが違うのか見分けがつかない。
愛がBLで音色が百合の漫画を描いているから内容は正反対だけど。
「でも、描いているものがらぶちゃんを不利にしているかな」
「どういうこと?」
「ピクシンってほとんどが女子を描かれているから、女子を書き慣れた音色ちゃんの方が有利かな」
「昨日ピクシン見たけど、男子のイラストも上がっていたよ」
「確かに、男子のイラストもあるけど、それは有名なアニメキャラだったり、ボカロキャラだったりするから、オリジナルしか描かないらぶちゃんには厳しいかな」
恋は視線を少し下げる。
「……百合中君はあたしが絵を描いていたことを知っている?」
「知ってはいないけど、そうなのかなとは思ってる」
「…………気持ち悪いと思った?」
「気持ち悪くないよ」
はっきりと言うと、恋は安心したように頬を緩める。
「料理できたよ!」
愛は机にご飯、目玉焼き、みそ汁、ウィンナー焼きを並べて恋の隣に座る。
食事が始まってすぐに愛が口を開く。
「こうちゃんに隠していたことがるから話すよ! らぶは漫画の中で……エッチなことをこうちゃんとじゅんちゃんにさせているよ……」
「そうなんだ! 知らなかったよ!」
初めて知ったように驚いたけど、少しわざとらしくなったかも。
「ごめんね。こうちゃん達を勝手に漫画にして」
「いいよ。僕『は』気にしていないから」
『は』を強く言ってしまったのは、純が愛のイラストを見て泣きそうになっていたことを思い出したから。
「れんちゃんもごめんね。勝手に勝負に受けてしまって」
「受けてしまったものは仕方ないからいいよ」
「れんちゃんありがとう! 好き!」
「食事中に抱き着くのはやめて! ご飯粒がいっぱい服についているから」
「れんちゃん! 好き! 大好き! すりすりすりすりすりすり」
「ティッシュで取ってあげるから離れて」
いちゃつく女子を見ながら食べるご飯は美味しいな。
空いた食器を重ねていると、純が部屋に入ってきた。
「じゅんちゃん、おはよう。朝ご飯食べるよね?」
「こうちゃん、おはよう。おう。食べる」
返事を聞いてから、キッチンに向かう。
「じゅんちゃんの分作るのは忘れていたよ! ごめんね、じゅんちゃん!」
「大丈夫、こうちゃんが作ってくれるから」
純が僕の隣にやってくる。
「こうちゃん何か手伝うことはない?」
「卵を割って混ぜてもらっていい?」
「おう。終わった。他にすることはある?」
最近甘いものばかり純に作っているから、健康のことを考えて野菜を食べてほしい。
でも、純は全般的に野菜が苦手。
一工夫しないといけないな。
普通に調理しても食べてはくれると思うけど、今にも泣きだしそうな顔で野菜を食べる純を僕が見たくない。
前に蜂蜜を入れた青汁を美味しいと純が言っていたことを思い出す。
「卵焼きに青汁を入れてみる?」
「おう」
1日分に小分けされた粉末の青汁を純に渡す。
純はそれをほどよく混ざった卵の中に入れて混ぜ始める。
「そのままだったら苦いからはちみつを入れてもいいよ」
「どれぐらいいれていい?」
眉間に皺を寄せていた純は微笑む。
「いっぱい入れていいよ」
はちみつを入れ過ぎたらかえって不健康になりそう。
純の笑顔を見ると、そのことを注意できない。
だから、スプーンで1杯と大量の意味でのいっぱいを紛らわしく言う。
上手く言葉が伝わらないのはしょうがない。
思うがまま大量にはちみつを入れるといい。
スプーン1杯しか入れないだと⁉
僕が驚いている間に卵焼きは完成していた。
そのままだと絶対に苦いよと言いたいけど、純の健康のことを考えて黙る。
全ての料理が完成。
僕の隣に座った純はおずおずと卵焼きを口に入れて険しい顔をする。
嫌々食べるより美味しく食べてほしい。
蜂蜜を純に渡すと大量に卵焼きにかけて、頬を緩めながら食べる。
純の食べ終わると、愛が純に話しかける。
「じゅんちゃんとこうちゃんの漫画を描いてごめんね」
「……おう。気にしなくていい」
純は少し嫌そうに眉間に皺を寄せて、本心を隠しきれてない。
「…………らぶの描いている漫画見る?」
「…………おう」
「ちょっと待ってて」
部屋を出て行った愛は数秒で戻ってくる。
手に持っている薄い本数冊を机の上に並べる。
全ての本の表紙が僕と純が裸になっていて、純に男のものがついている。
「…………」
机の上を見ようとしない純。
「……じゅんちゃん、やっぱりエッチな漫画を描くらぶは嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
純はおずおずと薄い本に手を伸ばして、ゆっくりと開く。
僕がソファに横になっている純のお〇ん〇んを踏んで、言葉責めをしている。
「……」
顔が真っ青な純。
それと、揺れが伝わってくるぐらい全身を震わせている。
「……じゅんちゃん、らぶの漫画どうだった?」
「……」
いつもだったら僕に助けを求める視線を送ってくるけど、その気力すらないみたいで純は固まったまま。
「らぶちゃん、音色との勝負の話をしようか?」
純の持っている薄い本と机に置いている薄い本を重ねて愛に渡しながら言う。
「そうだね! 先に本をらぶの部屋に置いてきていい?」
「うん、いいよ」
純の精神衛生上、その方が絶対にいい。
薄い本を戻してきた愛は恋の隣に座り直してから口を開く。
「れんちゃんとも話したけど、らぶの絵はピクシンではあまり好かれないから可愛い女の子を描こうと思うよ! こうちゃんは可愛い女の子ってどんな子だと思う?」
「らぶちゃんとじゅんちゃんのことだね」
「じゅんちゃんは可愛いけど、お姉さんのらぶは可愛くないよ!」
愛が可愛くないよと言ったことを否定しそうになる。
話がややこしくなるから我慢。
「そうだね。らぶちゃんはお姉さんだから可愛いじゃなくて綺麗だね。綺麗ならぶちゃんと可愛い純ちゃんを描くのはどうかな?」
「らぶもそれがいいよ! ノートと筆記用具持ってきて、何枚か下書きして見る!」
立ち上がろうとする愛の手を恋が摑む。
「らぶちゃんちょっと待って。絵柄にも流行があるからピクシンをみて研究した方がいいよ」
「らぶはこうちゃんとじゅんちゃんを思うがままに描いたことしかないから、そういう流行は気にしたことなかったよ! 勝負なんだから、色々なことを調べないといけないね! れんちゃんありがとう!」
愛は恋に抱き着く。
「恋さん、それって具体的に何をすればいいの?」
「ピクシンにはランキングがあるから、上位の人のイラストを見て、らぶちゃんが気に入った人のイラストを模写するのはどうかな?」
僕の質問に恋は答える。
「れんちゃん、やってみるよ!」
愛はスマホを触ってから、すぐにペンを動かす。
数分ぐらい経って、数枚の下書きができた。
……ポーズは参考にしたイラスト通りだけど、顔が僕と純で、純の体が男。
このままでは音色に勝つことができないのは目に見えている。
「目の位置と顎のラインをもう少し下げて、目を大きくすれば女子らしくなるよ。後、体が全体的にごついから細くして。後、」
恋が愛のイラストを指差しながら指摘している。
言葉を止めて僕の方を見てから愛の耳元に口を近づける。
「胸をもっと大きくして」
「……やってみるよ」
愛は顔を赤くして頷く。
何を話しているのか聞こえないけど、愛が顔を赤くするのはエッチな話をしている時だから触れない方がいいな。
愛はペンを走らせて描き始める。
「お手本を見てゆっくりと描いた方がいいよ。そうしないとらぶちゃんみたいに描き慣れた人は自分の画風になってしまから」
恋の指摘に愛は描くスピードを遅くする。
イラストのことで全く力に慣れそうにないから、飲みものでも入れよう。
ホットのお茶3人分と温めのココアを入れて、各自の前に置く。
純は愛の手元を見たまま、手探りでホットココアを手にして飲み舌を出す。
まだ熱かったらしい。
「じゅんちゃんごめん。フーフーしようか?」
「おう」
純に向けられたコップに何度か優しく息を吹きかける。
「こうちゃん、ありがとう。美味しいよ」
1口飲んだ純は頬を緩ませる。
頭を撫でていると熱い視線を感じてそちらを見る。
愛が僕と純のことを凝視しながらも、ノートに今までにないぐらい速さで描いている。
僕が純の男のお〇ん〇んに向かって、フーフーと息を吹きかけているイラストが完成。
それを見た恋は血が出ている鼻を抑えながら、「諦めるしかないかも」と呟く。
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