84話目 小さな幼馴染に変態は勝負を挑む

 昼休みにしばらく部活を休むことを剣に送ると、「分かりました」と返事がくる。


 授業が終わって教室から出ると、廊下には僕のクラスの生徒しかいない。


 他のクラスのホームルームはまだ終わっていないな。


「百合中くん、今いい?」


 愛が教室から出て行くのを見逃さないように1年4組を凝視。


 後ろから声が聞こえた。


 振り向くと、クラスメイトの茶髪女子がいた。


「今、何しているの?」


 音色は4時間もかけて、期待できない手がかりを持って坂上高校にきた。


 そんな行動力がある音色が憧れの人を探すのを純に怒られただけでは諦めるわけがない。


 だから、愛に音色が近づかないように常にそばにいて見張る。


 部活の時間も愛のそばにいたいけど、愛は漫研部に入っていることを隠しているからできない。


 部活中は愛にばれないように少し離れた所にいることにした。


 昼休みに僕と純で話し合って決めた。


「百合中くん、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ。今日の朝に男子かららぶちゃんと仲良くなれるように応援してほしいと言われて断ったけどしつこいから逃げているんだよ。その男子は1年で鉢合わせしないように出るタイミングを計っている所だよ」


 僕と純は秘密裏に動いていて、本当のことを話せないから適当に誤魔化す。


「百合中くんも大変ね。少し百合中くんに聞きたいことがあるだけどいい?」


 視線を愛のクラスに向けたまま、「いいよ」と答える。


「百合中くんって、恋と付き合っているの?」

「付き合ってないよ」

「付き合っていることを恋に黙ってほしいって言われているから、嘘を吐いてるとかじゃなくて本当に付き合ってない?」

「本当に付き合ってないよ。どうしてそう思うの?」

「恋と矢追さんが仲良しになっているから、恋と百合中君が付き合っているのかなって」

「何でらぶちゃんと恋さんが仲良くなっているだけでそう思うの?」

「矢追さんって誰とでも仲良くなるけど、べたべたするのは百合中くんと小泉さんにしかしてないよね。急に恋にもするようになったってことは、百合中くんの大切な人に恋がなったから、恋にもべたべたするようになったのかなって」


 大好きな人が大切にしているものを自分も大切にしたい。


 その気持ちはなんとなく分かる。


 茶髪女子の誤解を解くためには、愛と恋が知り合いであることを言わないといけない。


「らぶちゃんと恋さんが急に仲良くなったのは僕にも分からないよ」


 僕が話すことでもないから誤魔化す。


「百合中くんでも矢追さんのことを分からないことあるんだね」


 男子に言われていたら苛ついていたかもしれないけど……女子なので気にしない。


「長い時間一緒にいても、らぶちゃんやじゅんちゃんのこと分からないことは結構あるよ」


 今回の愛と恋の仲のこともそう。


 僕の知らない所で愛と恋は関係を結んでいた。


 そのことに寂しさを感じつつ愛のクラスの方に視線を戻すと、愛が教室から出てくる。


 茶髪女子と別れて純のクラスに純を迎えに行き、2人で愛の後を追いかける。


 愛が漫研部の部室に入ったことを確認してから、近くの空き教室の出入口付近に座る。


「こうちゃんは部活行かなくていいの?」


 漫研部を見ていると、隣に座っている純が聞いてきた。


「いいよ。剣は僕がいない時は料理じゃなくて自分の好きなことをしてるから」

「おう」

「気にしてくれて、じゅんちゃんありがとう」


 そう言いながら僕は立ち上がる。


 音色の姿が見えて、急いで漫研部の前まで走る。


「今日も部活の見学にきてるの?」

「愛お姉ちゃんに会いにきたんじゃないっすから、睨まないでほしいっす。ぼくがここにきたのは、別の方法で憧れの人を探そうと思ったから」


 予想通り音色は憧れの人を探すことを諦めていなかった。


「らぶちゃんの嫌がることはしてほしくないから、音色の憧れの人を探すのをやめてほしい」


 音色は新聞の切り抜きを僕に見せる。


「無理っす。前にも言ったっすけど、絵を描き始めたきっかけがこの人っす。この人のおかげで何をしても楽しくなかったぼくの人生が変わったっす。だから、1度でもいいんでぼくが憧れた人の姿を見たいっす。絶対に諦められないっす」

「……」


 真剣に語る音色に諦めてほしいと言えずに黙ってしまう。


「どんな理由があっても、らぶちゃんの嫌がることをする人は私が許さない」


 いつの間にか隣にいた純が音色に向かって言う。


「ぼくは愛お姉ちゃんの嫌がることはしないっす。愛お姉ちゃんの邪魔にならないように憧れの人を探すっす」

「らぶちゃんはその写真の人を知っているとけど言えないと口にした。会わせたくないから教えなかった。だから、探すのをやめて」

「純お姉ちゃんの頼みでも無理っす。愛お姉ちゃんが嫌がらない探し方を試してもないのに諦めるなんてできないっす」

「らぶちゃんを傷つけたら、私は絶対に許さない!」

「その時は純お姉ちゃんの好きなようにしてもらっていいっすよ」


 純に睨まれても音色は表情を変えない。


「そもそもお兄ちゃんも純お姉ちゃんも勘違いしてるっすよ」


 微笑を浮かべる音色。


「ぼくは憧れの人を探しにきたっす。でも、会おうともう思ってないっす。愛お姉ちゃんがあそこまで頑なに教えないってことは、憧れの人もぼくに会いたくない確率が高いっす。だから、見つけても会うつもりはないっす。遠くから眺めるだけっす」


 音色は純の目の前に行きそっと抱きしめる。


「だから安心してほしいっす。ぼくは愛お姉ちゃんを傷つけることは絶対にしないっす」


 大人な対応をする音色に、自分のことしか考えていなかった僕が少しだけ恥ずかしい。


「あんっ! 変な、とこ、触る、な」

「適度にお肉がついてて、ぷにぷにしてるっす。いつまでも、触っていたくなるっす」


 色っぽい声が聞こえてきて純の方の方を見ると、音色の手が純のお尻をまさぐっている。


「今すぐ、離れて」

「後もう少しだけ。たまらんな。ぐへへへへ」


 ……大人と言うかおっさん。


 音色の上着を摑んで純から離す。


「いいお尻だったっす。安産型っすね。ぼくの子どもを産んでほしいっす」

「今すぐ学校から出て行こうか?」

「……お兄ちゃん、人を殺すような目で親戚を見るのは駄目だと思うっす」

「…………」

「……分かったっす。もう純お姉ちゃんのお尻は触らないから許してほしいっす。今度触るのは大きな胸にするっす」


 音色を抱えて歩き始める。


「お兄ちゃん、何で急にぼくを抱えたんっすか?」

「……」

「無言は怖いっすから何か喋ってほしいっす」

「……」

「怖いっす! まじで怖いっす!」

「暴れたら落としてしま」


 曲がり角から人がくるのに気づいたけど避けることができずにぶつかる。


「ごめん。大丈夫?」


 尻餅をついている眼鏡をしていない恋に声をかける。


「……大丈夫だよ。百合中君の方こそ大丈夫?」

「大丈夫だよ。眼鏡ってつけていたよね」

「うん。どこにいったのかな」


 眼鏡を探すために周りを見渡すと、近くに落ちている鞄に目が行く。


 正しく言えば、鞄から出ている、開いている漫画に。


 その漫画は愛の描いたもので、僕と純が激しく絡み合っている。


 僕の視線と同じ方向を見た恋は首を激しく左右に振る。


「違うの! これは違うの! あたしがこういうの好きとかじゃなくて、ただなんとなく見たくなっただけだから……じゃなくて、漫研部の人達に勧められて断れなかっただけだから!」

「僕は何も見てないよ。急いでいるから行くね」


 僕と純が絡んでいる漫画を見られることは嫌だけど、愛の描いたものだから文句言えない。


 見なかったことにして、この場を去ろうとしたけど。


「この新聞に写っているのはあなたっすか?」


 音色は新聞の切り抜きを恋の目の前まで持って行く。


 写真の女の子と恋は似ている気がする。


「それはあたしじゃない!」


 恋は肩を小刻みに震わせながら否定。


「そんなわけないっす! ここまで似ているのは違うはずないっす!」

「あたしは絵なんて描いたことない! だから、その写真はあたしじゃない!」

「どうしたの?」


 2人の叫び声が聞こえたからなのか、愛がやってきた。


 愛は恋と音色の顔を見比べて顔を青くさせる。


「れんちゃんはその写真の人じゃないからね! 絶対違うからね!」


 音色は恋に顔を近づけて凝視する。


「やっぱりぼくの憧れの人はあなたっす」

「違うよ! その写真はらぶだよ!」


 胸を張りながら大声を出す愛。


「勝負してほしいっす! ぼくが勝ったら本当のことを教えてほしいっす!」


 このままだと、話がややこしくなりそう。


「何でらぶちゃんが音色と勝負しないといけないの。それに、らぶちゃんに迷惑をかけないって約束したよね。帰るよ」


 音色の手を摑んでこの場から去ろうとしたけど、踏ん張って動こうとしない。


「約束破ったのはぼくが悪いっす。でも、憧れの人だと確信できるものがほしいっす。それが知れたら何もせずに地元に帰るっす。だから、ぼくと勝負してほしいっす」


 聞く耳を持たずに必死に引っ張っていると愛が言う。


「こうちゃん、音色から手を放してあげて!」

「いいの?」

「いいよ!」


 手を放すと、音色は愛の目の前に行く。


「らぶが勝負に勝ったら、らぶがこの写真の人だと認めれてくれるんだよね?」

「そうっす。認めるっす。でも、愛お姉ちゃんが負けたら、本当のことを教えてほしいっす」


 愛に視線を向けられた恋は小さく頷く。


「いいよ! らぶは絶対に負けないから!」

「ぼくだって負けないっす」

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