81話目 変態、高校に……

 昨日の晩、愛と純が帰ってから部屋に向かおうとしているとチャイムが鳴る。


 玄関を開けると音色がいた。


 明日坂上高校を見学にくるから、一緒にいてほしいと言われて頷く。


 放課後になって、待ち合わせをしている校門に向かう。


 校門に着くと坂上中学の制服を着た音色がいた。


「何で音色が坂上中学校の制服を着てるの?」

「ぼくは中学生だから中学の制服を着てるのは当たり前っすよ。お兄ちゃんはおかしなこと言うっすね」

「どこから案内すればいい?」

「突っ込んでほしいっす。何で坂上中学に通っていないぼくが坂上中学の制服を着てるのかって突っ込んでほしっす。突っ込まないとここを動かないっす」


 音色は僕の上着を摑んで左右に動かす。


「分かった」

「突っ込んでくれるんっすね?」

「ここから動かないんだったら、僕は部活に向かう」


 校舎に戻ろうとする僕の足に音色はしがみついてきた。


「冗談っす。動くっすから、学校を案内してほしいっす」


 僕の足から離れた音色と校舎の中に入る。


「どこか見たいところある?」

「前に見せたぼくの探している人の写真を見せながら歩きたいっす。人がたくさんいる所に行きたいっす」


 音色が新幹線で4時間もかけて坂上高校にきたのは探したい人がいるから。


 でも、手がかりは音色が幼い頃に新聞を切り抜いた写真しかない。


 写真から分かることは、坂上小学校に通っていたことと、女子であること。


 顔は写真が小さ過ぎてよく見えない。


 坂上高校にいたとしても、手がかりが少な過ぎて探している人を見つけることはできなさそう。


 親戚の頼みだから、探すのは手伝うけど。


 放課後になって時間があまり経っていないから、1年の教室を周る。


 靴箱から近い1年5組、純のクラスから入る。


 教室には、純と鳳凰院が一緒にいて話をしている。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 純お姉ちゃんがお嬢様っぽい女子と話しているっす! お嬢様っぽい女子が純お姉ちゃんを椅子にして紅茶を飲んでいる所見たいっす!」


 頷きそうになってやめる。


「わたくしは王子様にそんなことしようとなんて全然思っていないですわ! 信じてください!」


 鳳凰院は純に必死に詰め寄ると、「おう」と答える純。


「純お姉ちゃんがお嬢様っぽい女子を椅子にするのもありっすけど、それならしてくれるっすか?」


 音色の提案に鳳凰院は目を輝かせる。


「わたくしは王子様にだったら何をされてもいいですわ。四つん這いになったらいいですの?」

「友達を椅子になんてしない」

「王子様に友達と言われて嬉しいです。これからもわたくしと仲良くしてほしいです」

「おう。私からもよろしく」


 仲良さそうに話す2人を凝視する音色。


「初々しい百合って最高っすね! 創作意欲が湧いたっすからホテルに帰って、この気持ちを作品にするっす!」


 テンションを上げた音色が教室から出て行こうとするから手を摑む。


「何するっすか! 1度浮かんだ案は消えることはないっすけど、今の熱い気持ちは消えてしまうかもしれないっすから離してほしいっす!」


 手を振り払われる。


「音色の探している人のことはいいの?」

「……ぼくの探している人? 忘れてたっす! そうっすね! ここにきたのはそれが理由だったっす! 止めてくれてありがうっす!」

「頭下げなくていいから、写真見てもらったら」

「そうっすね! みなさんこれ見てほしいっす! この人に見覚えはないっすか?」


 財布から新聞の切り抜きを取り出して、周りにいる生徒に見せ始める。


「百合中さんの妹ですの?」


 僕の隣にきた鳳凰院は音色の方に視線を向けながら聞いてきた。


「妹じゃなくて、親戚だよ」

「見た目も性格も似ていましたので妹だと思いましたわ。特に女の子同士が絡んでいるのを見るのが好きな所とか凄く似ていますの」


 否定できないから苦笑した。


「百合中さんのおかげで王子様は昨日と違って落ち込んでいる様子はなかったですわ」

「僕は何もしてないよ」


 鳳凰院にそう言って音色の所に行く。


「手がかり見つかった?」

「全然っすね。でも、ここにいるみんないい人っすね。お菓子をたくさんもらったっす」


 音色が両手一杯にお菓子を持っている。


 そんな音色を純は一瞥しているので羨ましいと思っているのだな。


「こんなにたくさんのお菓子を1人で食べれないっすから、純お姉ちゃんに半分あげるっす」

「おう。ありがとう」


 音色は変態だけど、気を遣うこともできたんだと感心する。


「お菓子を上げたお礼におっぱい触っていいっすか?」


 やっぱり、ただの変態だな。


 音色の手を引っ張って、隣の1年4組の愛のクラスに向かう。


 教室には6人の生徒しかいなくて、愛の姿はない。


 情報を得られず1年3組に行くけど、ここでも何も分からない。


 僕のクラスの1年2組に行くと、恋が掃除をしていた。


「恋さん1人で掃除しているの?」

「少し汚れている所があって気になったから軽く掃いているだけだよ」


 恋は僕の隣にいる音色に視線を向ける。


「僕の親戚の音色で今中学3年生だから、この学校を見学にきているんだよ」

「音色っす。よろしくっす」

「あたしは影山恋だよ。よろしく」


 元気よく手を差し出す音色の手を恋は優しく握る。


「この写真に見覚えないっすか?」


 音色は握っていない手でポケットに入れていた新聞の切り抜きを恋に見せると、恋は手を離して後退る。


「どうしたっすか?」

「……何でもない」


 恋の顔が引き攣っていて何でもないように見えない。


「あたし用事があるから帰るね」


 逃げるように恋は去る。


「お兄ちゃん、ぼく何か悪いことしたっすか?」


 あんな態度を取られたそう思うのも仕方ない。


「急いでいただけだと思うよ」


 落ち込む音色の頭を撫でる。


 2年や3年の教室に行ったけど誰もいない。


 最後に向かったのは漫研部。


 扉の前で立ち止まり音色に言う。


「僕はここで待ってるから、音色は1人で行っておいで」

「いいっすよ」

「僕がここにいることは愛には言わないでね」

「分かったっす。お兄ちゃん、行ってくるっすね」


 音色は僕が廊下で待つことに全く疑問を持つことなく漫研部に入る。


 愛は僕や純に絵を描いていることをばれるのを嫌がっている。


 当然漫研部に入っていることも隠している。


 だから、僕が漫研部に入らない方がいい。


「何で音色がここにいるの? こうちゃんが近くにいる?」

「いないっすよ。ぼく1人できたっす」


 約束を守ってくれたことに安心していると、


「百合中くん、ばいばい。また明日ね」


 クラスメイトの女子が話しかけて去って行く。


 扉が開いて愛が顔を出した。


「……こうちゃん、何でいるの?」

「音色がこの学校に見学にきたから案内しているんだよ」


 焦りつつも正直に話す。


「音色。写真を見せたら早く帰るよ!」

「分かったっす!」

「……こうちゃんと音色、もう帰るんだね」


 安心したように呟いた愛に僕が頷く。


「このイラスト、ぼくが探している人の絵に似てるっす!」


 音色は大声を上げながら僕の所にきて、手を握って部屋の中に引き込む。


「見てほしいっす! この写真とこのイラスト似てないっすか?」


 新聞の切り抜きをパソコンで表示されているイラストの横に持って行く音色。


 言われて見れば確かに似ている。


「見ないで!」


 愛はパソコンの前にきて両手を広げる。


「もう少しそのイラストを見せてほしっす。ぼくが探している人が描いたものかもしれないっすから」

「恥ずかしいから見ないで!」

「嫌っす。見るっす」


 2人は睨み合って、自分の意見を引こうとしない。


「無理矢理でも愛お姉ちゃんには、どいてもらうっす! そのロリボディを触ると思うと、ドキドキするっす!」


 涎を出しながら音色が愛に近づく。


 後ろから音色の頭を摑む。


「それ以上愛に近づこうとしたらどうなるか分かるよね?」

「冗談っすよ。だから、手に力を入れるのはやめてほしいっす」


 前に純を襲ったこともあって信用できない。


 音色と一緒に部屋を出て頭から手を放す。


「お兄ちゃんひどいっす」

「音色が愛を襲おうとしたのが悪いよ」

「襲おうとしてないっす。美味しく食べようとしただけっす」

「同じ意味だよ」


 溜息を吐きつつこの場所から離れる。


「お兄ちゃんは百合好きなのにどうして、ぼくがらぶお姉ちゃんを襲おうとしたのを止めるんっすか?」


 駅に向かっている途中で音色が聞いてきた。


「僕が百合好きって話してないけど、何で知っているの?」

「前にぼくの作品を読んでるって言ってたっすよね」


 確かに言った記憶があるから頷く。


「ぼくの作品を読んでいる全員が百合好きっすからね。だからお兄ちゃんも百合好きっすよね?」

「最初に描いていた作品はほのぼのとした女子校の話だから、百合好きじゃなくても見るんじゃないかな。今の作品は人を選ぶと思うけど」

「最初に描いていた内容も結構百合度高いって編集の人が言ってたっすよ。それに今の作品を読んでるってことは、お兄ちゃんは本物の百合好きっす。間違いないっす」

「そうだね。僕は確かに百合好きだけど、愛と純専用の百合好きだよ」


 堂々と言うと、音色は目を輝かせる。


「いいっすね! いいっすね! 自分の推しカップリングが見つかっているのって! ぼくはまだ見つかってないっすから羨ましいっす!」


 それから百合話に花を咲かせていると駅に着く。


「らぶちゃんには僕から聞くから、新聞の切り抜きを預かってもいい?」

「お願いするっす」


 音色は新聞の切り抜きを僕に渡して改札の中に入る。


 音色に協力したい気持ちもあるけど、それ以上に愛のイラストと新聞の切り抜きに乗っている絵が似ていることが気になる。


 写真を凝視する。


 ここに写っているのは、愛ではなくて見たことない女子だよな。

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