79話目 小さな幼馴染は眼鏡女子に溺愛

 愛は誰とでも仲良くなれる。


 でも、愛から抱き着くのは僕と純以外はいなかったのに恋にはした。


 そのことに違和感があって、愛に訊くと「らぶとれんちゃんは仲良しだよ!」としか答えなかった。


 恋に訊こう。


 登校して教室に入ると、恋はいなくてホームルームの時間になってもいない。


 1時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴って恋は教室に入ってきた。


 授業が終わり席を立ち上がると、恋は急いで教室から出て行く。


 避けられていることは分かるけど、なぜ避けられているのか分からない。


 急いで追いかけても恋の姿はどこにもなくて探しようがない。


 次の授業が始まる前で適当に探そう。


「れんちゃん! 会いにきてくれたの?」

「変な、とこ、さわ、らない、で」

「今から何して遊ぶ?」

「遊ば、な、い。あた、し、教室に、戻る、から、放して」


 外から愛の元気な声と恋のどこか色っぽい声が聞こえる。


 窓から顔を出すと、すぐ下にいた愛が仰向けで倒れている恋の胸に抱き着いていた。


「やめ、て」

「れんちゃんのとっても柔らかいよ!」

「そろそろ、怒る、よ」

「こうちゃん! こうちゃんも一緒に遊ぶ?」


 僕に気づいた愛は声をかけてきた。


「休み時間がもう終わるから、昼休みに早く弁当を食べて遊ぶのはどうかな?」

「そうだね! れんちゃん! 昼休みにたくさん遊ぼう!」


 愛は恋の体をぎゅっと力強く抱きしめてから離れて、教室に向かって歩いて行く。


 恋は起き上がって黙ったまま呆然と僕を見ている。


「恋さんも一緒に教室に戻ろうか?」

「……ごめん。先に戻ってもらっていい?」

「それはいいけど、恋さんに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 恋は僕から逃げようとしたから、窓を乗り越えて手を摑む。


 振りほどこうとせずにその場に座る恋。


 隣に座って話しかける。


「恋さんはらぶちゃんと知り合い?」

「………………うん」


 一瞬微笑んで、すぐに表情を強張らせた。


「どんな関係か聞いていい?」

「…………少しだけ時間をもらっていい?」

「いつだったら話してくれる」

「……次の休み時間に話せると思う」

「うん。それでいいよ」


 僕は先に教室に戻る。


 授業中に教師が黒板に何も書いていないときにも恋はペンを動かしていた。


 気になって観察しても何をしているのか分からない。


 授業が終わると、恋は僕の所にくる。


「……あたしと矢追さんがどんな関係か、やっぱり話さないといけないかな?」


 聞きたい気持ちはあるけど、聞かなくても困ることはない。


 恋が言いたくないなら聞かなくていいか。


「言わなくてもいいよ」

「……話すって言ったのに、ごめんね」

「いいよ。なんとなく気になったことだから」

「本当にごめんね」


 それから何度も謝ってくるから、話題を変える。


「こうちゃん! れんちゃん! 何話しているの? らぶもまぜてよ!」


 犬と猫どっちが可愛いか2人で話していると、僕と恋の間に愛が入る。


 恋は愛に抱き着かれそうになって、愛の頭を摑んで止める。


「なんでもないから、あたしは席に戻るね」

「らぶもれんちゃんの席に行くよ!」

「こなくていいよ」

「れんちゃんの席はどこ?」

「はぁ~、こっち」


 軽く息を吐いた後恋は自分の席に向かい、愛はその後ろをついて行く。


「何でれんちゃんは眼鏡するようになったの?」

「何でって、らぶちゃんの所為だよ!」


 恋が怒鳴ると、周りにいた生徒全員が恋のことを見る。


 愛は気にしてないのか笑顔を浮かべて話しかける。


「れんちゃんが久しぶりにらぶの名前を呼んでくれたよ! らぶ嬉しいな!」

「嬉しいのは分かったから、抱き着かないで」

「れんちゃん! ぎゅ~! すりすり」

「らぶちゃん、擽ったいから、お腹に頬擦りを、しないで」


 2人の姿を眺めながら思う。


 恋は愛のことを面倒くさそうにしているけど、嫌っているのではなさそう。


 それ所か本音を言い合える親友のようにすら見える。


 そんな信頼関係を築くためには、愛のコミュ力が高いといってもある程度の時間が必要。


 今もそうだけど、愛とは1度も同じクラスになったことがない。


 その時にできた友達なのかもしれない。


 愛が恋に構い過ぎると純が寂しがるから、2人の距離を離したい。


 でも、楽しそうに恋に話しかけている愛を見るとできない。


「れんちゃんは今も絵を描い」


 愛が何かを言おうとしている途中に恋は愛の口を塞ぐ。


「もごもごもごもごもごもご」


 愛は口を塞がれても何かを言おうしている。


 そんな愛の耳元に恋は口を近づける。


「らぶちゃん、あたしの話を聞いて」

「もごご」

「あたしは周りの人に絵を描いているのがばれるのが嫌なの。だから、そのことを黙っていてほしい」

「もごもご?」

「黙ってくれなかったららぶちゃんと絶交するから。約束してくれるんだったら右手上げてもらっていい?」


 愛はなぜか右手を上げて頷く。


 恋は愛の口から手を離す。



『れんちゃんが昔にしてくれたキスが忘れられなくて、ここでしてほしいよ』

『らぶちゃんは昔から変わらずに変態だね。こんなにたくさんの人に見られながらキスしたいなんて』

『……れんちゃんと会えない間、一杯我慢したから、もう我慢できないよ』

『駄目。いつもでもどこでも発情する駄犬には躾が必要ね。休み時間になったらご褒美をあげようと思ってたけどなしにするわ。放課後まであたしの手でそのいやらしい唇を塞いであげる』



 そんな会話をしているわけないのに妄想してしまう。


 ……妄想している場合ではない。


 愛と恋の中を引き裂くことはしなくても、2人が恋仲になることは阻止しないといけない。


 そうしないと、愛と純が恋人になることができなくなるから。

 


★★★



 昼休み、愛が僕のクラスにやってきて恋の手を摑んで教室を出る。


 純を迎えに行ったのだと思い、純のクラスの1年5組に行くけど愛も純もいない。


 屋上に向かったのかと思い、そこに行くと愛と恋だけ。


「らぶちゃん、じゅんちゃんは一緒じゃないの?」

「忘れてたよ! 今すぐ呼んでくるね!」

「僕が探してくるから、らぶちゃんは先に恋さんと食べていて」


 そう言って立ち上がろうとしている愛より先に立って屋上を出た。


 教室にも屋上にもいないから、純は校舎裏にいるだろう。


 校舎裏に着くと、純はいた。


 いつも通りにイヤホンを耳にさすことなく空を眺めながら呆然としている。


「じゅんちゃん屋上に行こう。らぶちゃん達が待ってるよ」

「……待ってない」


 純は視線を空に向けたまま、空気に溶けそうな小さな声を出す。


「そんなことないと思うよ。屋上に行こう」

「らぶちゃん、休み時間になってもこなかった」


 高校生になってからほとんどの休み時間、愛は純と手を繋いで僕のクラスにきていた。


 ……今日はずっと愛1人できていた。


 そのことで、純は拗ねているな。


「こうちゃん……昔みたいにらぶちゃんが遠く感じる」


 純が言っている昔とは、僕達が中学生だった頃のことを言っている。


 その頃の愛は僕や純と一緒にいなくて、クラスの女子達といることがほとんど。


 学校にいる時もそうだし、休日も別々に行動していた。


 このままでは愛と純を恋人にする所か、2人の縁がなくなるかもしれない。


 家が隣同士だから、そんなことはないと言い切りたい。


 でも、万が一のこともあるからどうにかしないといけない。


「今から屋上に行って、恋さんかららぶちゃんを取り戻すよ! どれだけらぶちゃんとじゅんちゃんの仲がいいかアピールしよう! らぶちゃんとじゅんちゃんの間に入る隙間がないって分かれば、恋さんが今よりらぶちゃんと距離を取ってくれるようになると思うよ」

「らぶちゃんが嫌がるかもしれない」

「じゅんちゃんのことをらぶちゃんが嫌がることなんて絶対にない!」

「……おう」


 愛達がいる屋上を仰ぎながら力強く言うと純は頷く。


「遅くなってごめんね。じゅんちゃんここにおいで」


 屋上に着いて愛と恋の間に入り、愛の隣に純が座れる場所を作って純に手招きする。


「らぶちゃん、遅くなってごめん」

「大丈夫だよ! らぶもじゅんちゃんを呼びに行くの忘れてごめんね!」


 愛と純の仲の良さが分かるエピソードを隣に座っている恋に話す。


「少し前までじゅんちゃんはらぶちゃんに起こしてもらっていたんだよ。寝ているじゅんちゃんの上にらぶちゃんが乗って何度も揺らすんだけど、いつの間にからぶちゃんも寝てしまうんだよね。本当に仲の良い姉妹みたいだよね」

「そうなんだね。前もそうだったけど、今日の百合中君のお弁当も美味しそう。あたしは料理苦手だからこんなに美味しそうに作れる百合中君は素直に凄いと思うよ」


 僕の弁当を見ながら笑顔を見せる恋。


 愛と純のことに全く興味がなさそう。


 2人のことに興味を持たないなんて、人生のほとんど、いや、全てを損しているな。


 もっと愛と純が仲のよさをアピールしないと。


「じゅんちゃんも料理を作るのが苦手だよ。今度、じゅんちゃんはらぶちゃんに料理教えてもらったら。家近いからいつでも教えてもらえるね」

「いいよ! お姉さんのらぶがじゅんちゃんに料理を教えてあげるよ!」


 愛が胸を叩く。


「おう。お願いする」

「今日から練習する?」

「おう。今日からお願いする」


 恋に顔を向ける。


「らぶちゃんとじゅんちゃんは本当に仲がいいね。恋さんもそう思うよね?」」

「うん。……もし、百合中君さえよければ、あたしに料理教えてもらっていいかな?」


 恋はやっぱり愛と純に興味を持たない。


「らぶがれんちゃんに料理教えるよ!」

「家庭科部の百合中君の方が料理上手そうだから、百合中君にお願いしたいんだけど駄目かな?」

「れんちゃんに料理を教えるのはらぶなの! らぶが教えるの!」


 愛は恋の膝の上に頭を乗せる。


「……うん。らぶちゃんにお願いするね」

「やったー! れんちゃんと一緒に料理作るの楽しみだよ!」


 愛は立ち上がって恋に抱き着く。


「らぶちゃん、離れて。百合中君が見てるから」

「嫌だよ! れんちゃんに、もっと抱き着くよ!」


 互いに向き合っているから、小さい愛の膨らみが恋の胸に当たる。


 今の光景の百合漫画が売っていたら間違いなく買うって……見惚れている場合ではない。


 不機嫌そうな純を連れて隅に行き小さな声で話す。


「じゅんちゃんこうなったら、らぶちゃんにキスをしよう」

「何で?」


 真顔で聞いてくる純に熱く語ることにした。


「らぶちゃんが恋さんに夢中なのは久しぶりに会えたから。それに、毎日一緒に会う僕達と違って、恋さんとは学校でしか会えないかららぶちゃんが尚更夢中になる。だから、今までしなかったことをしてらぶちゃんに興味を持ってもらうようにすればいい。らぶちゃんが積極的に行動することが多いから、逆にじゅんちゃんが積極的に行動する。その積極さにキスという刺激を足せばらぶちゃんはじゅんちゃんに夢中になるよ。絶対!」

「……おう」


 少し引き気味に頷く純。


 僕達は愛達の所に戻り、純はゆっくりと愛の隣に座る。


「らぶちゃん……こっち向いてもらっていい?」

「じゅんちゃん、どうしたの?」


 恋の方に顔を向けていた愛が純の方を見る。


「……らぶちゃん……らぶちゃん」

「どうしたのって、じゅんちゃんすごい汗かいているよ! 熱があるの?」


 愛は自分の前髪を手で上げて、額を純に近づいていく。


 純が唇を突き出せばキスをすることができる。


 心の中で純を応援しながら、目を見開いて2人を見続ける。


「……らぶちゃん、するね」


 そう呟いた純は唇を尖らせてゆっくりと愛の…………。


「やっぱり無理。こうちゃん、ごめ、いたっ」

「いたっ!」


 急に純が顔を上げたから、2人の頭がぶつかる。


「じゅんちゃん、大丈夫?」

「……おう。らぶちゃん、ごめん」

「じゅんちゃんのおでこが赤くなってるよ!」


 少し赤くなった純の額に愛の小さな手が触れそうになった所で、純は立ち上がり屋上から出て行く。


 3人で純を探したけど見つからなかった。

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