78話目 不機嫌な大きな幼馴染と添い寝

 恋に強く抱き着いた愛を離すのに時間がかかって家に着いた頃には20時を過ぎていた。


 急いで作った晩飯を純と食べていると、愛がやってきた。


 勉強会は21時だから、いつもよりくるのが少しだけ早い。


「れんちゃんが同じ学校だって知って、らぶはもっと頑張らないといけないと思ったから早く勉強したいよ!」

「……」


 隣に座っている純から苛々オーラを感じる。


「らぶちゃん、先に勉強してもらっていい?」

「分かった! こうちゃん、先に勉強してるね! 勉強頑張るぞ!」


 愛は片手を大きく上げた後、両手を見る。


「勉強道具持ってくるのを忘れてから取ってくるよ!」

 戻ってきた愛はソファの近くにある机の前に座って勉強を始める。


「じゅんちゃん! 聞いて聞いて!」

「何?」

「れんちゃんって絵を描くのがすっごく上手なんだよ! 上手だけじゃなくて新聞にのったことだってあるんだよ!」

「……おう」


 食器を流し台に置いていると、2人の会話が聞こえてくる。


 つれない返事をする純を気にすることなく愛は喋り続けている。


「それでね、れんちゃんが」

「勉強しなくてもいいの?」

「れんちゃんは小学生の時にどのテストでも満点だったよ! 絵も描けるのに勉強ができるって本当に凄いよ!」

「……」

「それだけじゃなくて、足も速くて学校のマラソン大会で1番になってたよ!」

「……」


 純が無言になっても、愛はそれでも喋り続ける。


「私は恋さんの話を聞きたくない」


 我慢の限界がきたのか純はそう言った。


「何で聞きたくないの?」

「……恋さんのこと好きじゃないから」

「れんちゃんはすごくいい子だからじゅんちゃんとも仲良くしてほしいけど駄目かな?」

「……仲良くなりたくない」

「分かったよ! じゅんちゃんがれんちゃんを好きになるように、れんちゃんの話をたくさんするね!」


 全然分かってないよ。


 純は愛が恋のことばり構うから嫉妬しているんだよ。


 だから、抱きしめてキスをしよう。


 愛の愛情を純が感じて嫉妬が和ぐから問題が解決する。


 そんな本音を我慢しながら2人の所に行く。


「らぶちゃん勉強進んでる?」

「れんちゃんの話に夢中で忘れてたよ! 勉強に集中するよ!」


 教科書に視線を向ける愛の隣に座る。


 勉強を始めて20分以上経つ。


 いつもだったら寝ているのに、つぶらな瞳を大きく開いたまま集中している。


 愛の数学のノートを覗く。


 書かれていたのは数式ではなくて、前に漫研部の女子に見せられた僕と男子の姿をした純の裸のイラストだった。


 愛は漫画を描いていることを隠しているから、見なかったことにしようとしていると愛と視線が合う。 


 その瞬間、愛はノートに覆い被さる。


「……こうちゃん、見た?」

「見てないよ」


 安心したように微笑んで起き上がろうとしてやめる愛。


「こうちゃんあっちにおばけがいるよ!」


 愛は出入口の方に指を差したから、そちらに視線を向ける。


「こっち見たら駄目だよ!」

「うん。おばけの方を見てるよ」

「おばけがいるの⁉」


 自分でおばけがいると発言したことを忘れたのか、愛は勢い良く立ち僕の背中に抱き着いて震え始める。


「こうちゃん、おばけまだいるの⁉」

「お化けはどこか遠くに行ったよ。それに、おばけが出ても僕がらぶちゃんを守るから大丈夫だよ」

「……らぶはお姉さんだからおばけ怖くないけど……ありがとう、こうちゃん。こうちゃんとじゅんちゃんにらぶが描いたエッチな絵を見られないように消さないと!」


 僕から離れた愛はノートに描かれたイラストを急いで消し始める。


「じゅんちゃんはこうちゃんを押し倒して、『いいよ?』と誘うように上目遣いをするが途中で恥ずかしくなって立ち上がって部屋を出て行こうとする。こうちゃんはそんなじゅんちゃんの手を摑まえて『逃がさないよ』と不敵な笑みを浮かべた」


 それから、愛は勉強に集中できずに僕と純のBLな漫画を描きながら台詞を音読する。


「今日は勉強終わりにする?」

「……らぶはまだ頑張るよ!」


 びくっと体を震わせながらノートを閉じてから、教科書に視線を向ける。


 愛がしたいと言うなら本人の意思を尊重しよう。


 1分ほど教科書を凝視してから、ノートを開いてまた僕と純のイラストを描き始めたけど注意しない。


 愛は毎日21時から22時間で頑張って勉強しているから、息抜きする日があってもいい。


 視線を感じて純の方に顔を向けると、何か言いたそうにしている。


「じゅんちゃんどうかしたの?」

「……何でもない」

「何かあったら言ってね」

「……おう」


 明らかに我慢している。


 そんな風にされたら甘やかしたくなったから、甘やかすことにした。


 自室から耳かきを取ってきて、ソファに座っている純の隣に座り自分の太ももを叩く。


「じゅんちゃんおいで。耳掃除をしてあげる」

「……おう」


 おずおずと純はそこに頭をのせた。


「痛かったら言ってね」

「……おう」


 小さくて可愛い耳にそっと耳かきの先端を入れると、「んっ」と甲高い声が聞こえきた。


 くすぐったいのかもしれない。


 初めて僕以外の耳掃除をするから、力加減が難しいな。


「じゅんちゃん、くすぐったかったらやめようか?」

「大丈夫だから続けてほしい」

「うん。いいよ」


 最初はもぞもぞと頭を動かしていた純だったけど、気持ちよくなったのか口を少し開けて目を細めてリラックスしている。


 太ももに冷たさを感じて、そちらを見ると純の口から涎が落ちていた。


 純の涎だったら全然汚くない。


 気にせずに耳掃除を続ける。


 純は僕の方を一瞥しながら自分の服で濡れた所を拭く。


 気付いていない振りをして耳掃除を続ける。


「じゅんちゃん終わったよ」


 耳掃除し過ぎるのはよくないとテレビで見た気がする。


 ある程度綺麗になったからやめる。


「……またしてもらっていい?」


 起き上がる時に純がそう言ったから大きく頷く。


 時計を見ると、22時を過ぎている。


「らぶちゃん、そろそろ帰らなくてもだいじょ」


 純は愛に近づきながら声をかけている途中でノートを見て固まる。


「ふぅ~、いいのが描けたよ!」


 愛は背伸びをして純が隣にいることに気づく。


「……じゅんちゃん、違うの! これはね、これは……あれだよ! あれ!」


 愛は立ち上がってあたふたする。


「いつもの勉強する時間過ぎているから早く帰らないと、琴絵さんと利一さんが心配するよ」

「そうだね! ママとパパが心配するから、らぶ帰るね!」


 愛は早足でドアの開いていない出入口に行き頭を打つ。


 心配して愛の所に行き、打った所を見て怪我をしてなかった。


 このまま1人で家に帰すのは危険だと思い、送って行く。


 外に出ると前にいる愛が僕の方を振り返って、ゆっくりと近づいて聞いてくる。


「じゅんちゃんはらぶの絵を……何でもないよ!」

「……」


 ここで見てないんじゃないかと言うこともできるけど……。


 愛のノートを見た時の純の引きつらせた顔を思い出す。


 だから、何も言わない。




 愛を送ってから家に戻って1時間以上は経つ。


 僕と純はリビングのソファに座ってテレビを見ている。


「じゅんちゃん、家に帰らないの?」

「おう」


 立ち上がる気配のない純。


 次の日が休みだったら、純の気がすむまで一緒に起きているけど明日は平日で学校がある。


「じゅんちゃん一緒に寝る?」

「……」


 今日は色々と純のストレスが溜まることが多かった。


 いつも以上にとことん甘やかそう。


 まだ僕の家にいたいのなら泊まらせればいいと思って口にする。


 純は何も言わずに、立ち上がって後ろをついてきたので自室に向かう。


 ベッドに横になると、純は立ったまま動かずに僕のことを見下ろす。


「じゅんちゃんおいで」


 被っていた毛布を少し上げると、純はおずおずとベッドに横になる。


「じゅんちゃんのしたいことがあったら何でもするよ」

「……手を繋いでほしい」

「いいよ。他にはある?」

「…………いい子、いい子って言いながら頭を撫でてほしい……やっぱり今のな」

「じゅんちゃんは本当にいい子だね。いい子いい子」


 目を細めながら頭を僕の方に少しずつ寄せてくる。


「……今日、らぶちゃんを遠く感じた」


 しばらくして純はそう呟いた。


「私の知らない人のことであそこまで嬉しそうに語ってるのを聞いて胸が痛くて……どうしたらいいか分からなくて……らぶちゃんを無視した…………私、らぶちゃんに嫌われた?」


 撫でる力を少し強める。


「らぶちゃんがそんなことでじゅんちゃんのことを嫌ったりしないよ。それに、また胸が痛くなったら僕にたくさん甘えたらいいよ。僕はじゅんちゃんを甘やかすことが大好きだから遠慮しなくていいよ」

「……ありがとう。こうちゃん」


 目を瞑った純を見てリモコンで電気を消す。


 純におやすみと言って目を瞑る。


 手を繋いだまま純が寝にくいと思い手を離すと、すぐに手を摑まれる。


「じゅんちゃん寝にくくない?」

「……こうちゃんが寝にくかったら手を離す」

「僕は全然大丈夫だよ」

「……このままがいい」


 そう言えば子どもの頃は3人並んで手を繋いで寝ていたことがあったな。


 あの頃と手の大きさは変わっても、手の温かさは変わっていない。


 もう1度おやすみと言うと、純が軽く僕の手をにぎにぎしてきた。


 一向に純のにぎにぎは止まることがない。


 目を開けると、純が僕のことを見ていた。


「じゅんちゃん、眠れないの?」

「……おう。ごめん」

「謝らなくていいよ」


 ふと純の母親が純を寝かしつける時に背中を優しく叩いていたことを思い出す。


「……こうちゃんとらぶちゃんは誰にも渡さない」


 それを試してみると、純は数秒もせずに眠りについて寝言を口にした。

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