77話目 小さな幼馴染と眼鏡女子

「百合中くん、ノートを職員室まで運んでもらっていいかな?」


 部活に向かおうとしていると担任に声をかけられた。


 急ぐ理由も特にない。


 頷いて教卓に置いてあるクラス全員分のノートを持って教室を出る。


「両手が使えない、今のお前なら怖くないぞ」


 職員室の前で角刈りの男子が話をかけてきた。


「この前はよくも、矢追たんファンクラブ101番の勇太の告白の邪魔をしたな」


 絡むのが面倒で通り過ぎようのとすると、僕の進行方向に角刈り男子は塞がる。


「とうとう俺の怖さを知って逃げようとしているな。謝るなら今の内だ。謝っても何発かは殴るけどな」


 睨んでも少しだけ顔が引き攣っているだけで、退く所か近づいてくる。


 角刈り男子は僕のことを見下ろす。


「口が聞けなくなる前で殴るから今の内に謝っておいてもいい。そうすれば、少しは手加減はしてやるから」


 男子と話したくけど殴られたくないから、時間稼ぎをする。


「君もらぶちゃんのことが好きなのに、どうして他の男子の応援をしてるの?」

「俺も本当は応援なんかしたくなかった。けど、山よりも高く、海よりも深い理由があるから仕方がなくしたんだ」


 角刈り男子は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「その理由は聞いたいか?」

「別に聞きたくない」

「なら、話してやる。それはな……俺がじゃんけんで負けたからだよ」

「しょうもな」


 あまりにもしょうもなさに本音が出る。


 自分の大好きな人に告白をしようとしている人を応援する理由がじゃんけんって。


 あまりにも幼稚過ぎる。


「何がしょうもないだ! 男のプライドをかけたじゃんけんを馬鹿にするな!」

「しょうもないよ。絶対にありえないことだけど、らぶちゃんとその男子が付き合うことになったらどうするつもりだった?」

「……」

「らぶちゃんと付き合った男子は全て抹消するから関係ないけど」

「……お前なら本当にしそうで怖いな。……怖いけど、いつまでもお前に怯えていたら矢追たんは俺のものにならない」

「どう頑張ってもらぶちゃんは君のものにならないよ。らぶちゃんはじゅんちゃんのものだからね」

「女子同士が結ばれるわけないだろ! お前と話してても苛つくだけだから1発殴って黙らせてやる!」


 拳を僕に向かって下ろそうとする角刈り男子の手を摑んで止める。


 もちろんその手はノートを両手で持っている僕の手ではない。


 生活指導の先生の手。


 ここは職員室の前だから、先生が通るのを待つために時間稼ぎをしていた。


「その手をどうするつもりだ?」


 生活指導の先生に睨まれた角刈り男子は口をもごもごさせながら何かを言っているが聞こえない。


 邪魔がいなくなったから職員室に入り担任の机にノートを置いて、鞄を取りに戻る。


 教室に入ると、黒板消しを持って背伸びをしている恋。


 上の方の文字が消せずに何度が跳んでいる。


「恋さん、僕が消そうか?」


 声を掛けるとびくっと体を震わせて、ゆっくりと視線を僕に向ける。


「百合中君がこの時間に教室にいるのは珍しいね。何かしてたの?」

「うん。先生の手伝いをしていたから遅くなったんだよ」

「百合中君は偉いね」

「そんなことないよ。黒板消し貸して」

「……お願いするね」


 恋から黒板消しを受け取る。


 黒板の上の方の文字を消して黒板消しを元の場所に置く。


「百合中君。ありがとう」

「別にいいよ。それじゃあ、僕は部活に行くね」

「……少し時間あるかな?」


 教室にある時計で時間を見ると、授業が終わってから時間が結構経っている。


 スマホを取り出して剣に部活に行くのが遅れるとランイした。


「うん。あるよ。座りながらでもいい?」

「そうだね。あたしもその方がいい」


 近くの席に向かい合って僕達は座る。


「あのね、あたしね……」


 言い辛そうに途切れ途切れに話すから構えてしまう。


「……あたし、百合中君に黒板を消してくれたお礼したいから、何かしてほしいことある?」

「言い辛そうにしていたから悩み相談をされると思ったよ」

「心配させてごめんね。今は特に悩んでいないから大丈夫だよ。それで、何かあたしにしてほしいことはある?」


 前に不良に囲まれている時に恋が警察を呼んで助けてくれたのに、お礼をしていない。


 お礼がしたいと言うと、「当たり前のことをしただけだよ」と首を左右に振る恋。


「恋さんがそう言うならお礼しないよ。その代わり、僕にお礼をしなくていいよ」

「……やっぱり1つお願いしてもいい?」


 恋は小さな声で聞いてくる。


「いいよ」

「あたし……百合中君に話したいことがあるから、もう少し時間もらっていい?」


 悩みはないと言っていたけど、本当はあって僕に相談しようとしているのかもしれない。


 いや、そもそも悩みはないとは恋は口にしていない。


 今は特に悩んでいないと言っただけで、その悩みが解決されたとは言っていない。


 部活にいけないなと思い、部活を休むことと、急に休んだことを謝罪する内容のランイを剣に送る。


 誰にも言えない秘密を隠す辛さを高校の春に初めて知った。


 だからこそ、愛と純以外に興味がない僕が恋に協力したいと思っているのかもしれない。


 雑談をして恋が悩みを話しやすい雰囲気にすることにした。


「下校時間まで話を聞くよ」

「ありがとう……」

「恋さんは最近恋をしている?」

「……」


 表情が強ばっていたから和ませるために初めてギャグを口にした。


 恋は表情を全く動かすことなく僕を見る。


 自分でも分かるぐらい、ギャグが寒い。


「……あたしは……恋を……して……る」


 恋の顔は徐々に赤くなっていき、言い終わる頃には熟れすぎたトマトみたいな色になる。


「それが恋の話したいこと?」


 そう聞くと恋は小さく頷く。


 大好きな幼馴染同士を引っ付けることにしか興味のない僕が男女の恋愛相談にのれるか不安。


 でも、できるなら応援をしてあげたい。


 そもそも、恋の好きな人が男子であるとは決まっていないので確かめる。


「恋の好きな人って男子?」

「……百合中君は女子同士が恋愛するのを見るのが好きなんだよね」


 春の昼休みに愛と純のキスが見たいと叫んでから、僕が百合好きだとこの学校の生徒だったらだいたいが知っている。


 頷くと「……ごめんね」と謝る恋。


「何で謝るの?」

「……あたしが好きなのは男子だから、百合中君の期待に応えることができない。ごめんね」


 やっぱり男子か。


 全く相談にのれる自信はないが頑張るしかないな。


「謝らなくていいよ。その男子の名前を教えてもらっていい?」


 恋は熱い視線を僕に向けてくる。


「恥ずかしくて言えない?」

「……うん。ごめんね」

「気にしなくていいよ。恋さんは告白したい?」


 首を横に振ろうとしてから、小さく頷く。


 直接告白するのは恋には厳しそう。


 手紙やランイを使った方がいい。


「恋さんが好きな男子の連絡先って知ってる」

「……まだ、聞けてない」

「手紙で告白するのはどうかな?」

「……誰かに見られてら嫌だから、無理かな」


 間接的に告白するのが無理だとしたら、直接的に告白する方法しかない。


 勝手にできないと決めつけているだけだから一応聞いてみる。


「好きな相手が1人になった時に屋上に呼び出して告白するのはどうかな?」

「………………やってみようかな」


 愛が消え入るような声で言った。


「僕にできることがあったら何でも言ってね」

「……さっそくだけどお願いしていい?」

「いいよ。僕は何をしたらいい?」

「……告白の練習をしたいから……目を瞑ってもらっていい? 見られていると恥ずかしくて告白できないから」

「いいよ」


 言われた通りに目を瞑り2,3分ぐらい過ぎる。


 恋は1言も喋っていない。


「今日はやめて、また明日にする?」

「……心の準備をしたいから……もう少しだけそのままでいてほしい」

「いいよ」


 まだまだ時間がかかりそうだと思っていると、「今から言うね」と恋が口にしたから頷く。


「…………百合中君…………あたしね」


 恋の声が近づいてきて、吐息が当たる距離まできて。


「何をしている」


 出入口の方から純の冷たい声が聞こえる。


 目を開けると、純が教室に入ってきて恋の隣に立つ。


「今何をしようとしていた?」

「……何もしてない」


 恋は純から視線を逸らす。


「嘘。こうちゃんにキスしようとしていた」

「……してない。百合中君、しようとしてないからね」


 顔を真っ赤にしながら恋は呟く。


「それならどうしてこうちゃんにあんなに顔を近づけた?」

「…………」


 何も言い返さず俯く恋。


 純の言う通りで、告白の練習をするだけなのに吐息が当たる距離まで近づく必要はない。


 恋が僕にキスをしようとしたのが事実なら、恋の好きな人は僕になる。


 好きでもない相手にキスなんてしようとしないから。


「こうちゃん、帰ろう」


 純は僕の手を握って教室を出て行こうとすると、空いている手を恋が握る。


「こうちゃんと帰りたいから手を放してもらっていい?」

「百合中君に話したいことがあるので少し待ってほしい」


 純は眉間に皺を寄せて鋭く睨む。


 愛は放す所か僕の手を力強く握りしめる。


「じゅんちゃん、少しだけ恋さんと話があるから廊下で待ってもらっていいかな?」


 事実を確かめるために恋と2人きりになりたくて純にそう言うと。


「……いや」


 捨てられそうな猫のような表情をしている純が可愛過ぎる。


「また明日話聞くから今日は帰るね」


 恋から手を振り払い純の手を握ったまま教室を出ようとしていると、恋が勢いよく抱き着いてきた。


 受け止めきれずにその場に倒れる。


 恋の眼鏡が外れていて、分厚いレンズで隠れていたくっきりとした二重と引き込まれそうな瞳が露わになる。


「今、百合中君に聞いてほしいの。あたしは百合中君がす」

「一緒に帰ろう!」


 恋の声が愛の大声で掻き消された。


 やってきた愛は恋に抱き着く。


「れんちゃんだよ! れんちゃんすごく久しぶりだよ‼ れんちゃんが何でここにいるの⁉」


 愛は恋に抱き着いたままぴょんぴょんと跳ねる。


「こうちゃん! じゅんちゃん! れんちゃんはらぶの大好きな友達なんだよ! 久しぶりに会えてすっごく嬉しいよ! れんちゃん! れんちゃん!」


 満面の笑みを浮かべている愛に比べて、純は眉間に今までにないぐらいの皺を寄せている。


「こうちゃん手を放してもらっていい?」


 純から手を放すと、純は愛に向かって両手を広げて「こっちにきて」と言う。


 愛を恋に奪われたと思って嫉妬している純は可愛いな。


「れんちゃん、らぶの家にきて! れんちゃんに話したいことがたくさんあるよ!」


 テンションの上がっている愛には純の声が聞こえていないらしく、恋に話しかけ続けている。


「……こうちゃん」


 萎れるように座り込んだ純は、消え入る声で僕の名前を呼ぶ。


 頭を撫でて純を慰める。

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