74話目 手錠を持った小さな幼馴染はドS

 昼過ぎに起きた僕達は昼食を食べてから、ソファに座って何をして遊ぶか話し合う。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 公園に行こう! 鬼ごっこしたり、ドッチボールしよう!」

「鬼ごっこも、ドッジボールも楽しそうだね。でも」


 愛の言葉に頷きつつ、窓の外を見ると大振りの雨が降っている。


「この雨の中では遊べないから、部屋の中で遊ぼうか?」

「カッパを着れば遊べるよ!」

「カッパを着てもこの雨の中じゃ濡れて風邪引くよ」

「愛はお姉さんだから風邪なんて引かないよ! 外に行くよ! 今すぐ行くよ!」


 隣に座っている愛は立ち上がって僕の手を引っ張る。


 愛は体調を崩しやすいから、今日は外に出すわけにはいかない。


 引っ張られながら、愛の気を他に逸らす方法を考える。


 家で遊ぶとしたら、トランプかゲーム機を使ってカラオケをするぐらいしか浮かばない。


 2つとも最近よくしているから新鮮さがない。


 外で遊ぶことで頭がいっぱいになっている愛の興味を引くことはできないだろう。


「らぶちゃんは外で遊ぶよりも楽しいことに興味がない?」

「あるよ!」

「母さんの引き出しの中にお宝が隠れているから、最初に見つけたら勝ちの勝負をするのはどうかな?」

「するよ! らぶが1番に宝物を探すよ!」


 勢いよく愛が部屋を出て行き、僕と純は後を追う。


 母親の部屋に入ると愛は引き出しに顔を突っ込んでいた。


 この部屋の引き出しには、大量のものが入っていてトランプとゲーム機もここにあった。


 宝物っぽいものもあると思って愛に言ったけど、なかったら本気で謝ろう。


「こうちゃん! 見て見て!」


 微笑みながら愛は手錠を見せてくる。


「警察が犯人を捕まえる時に使う奴だよ! こうちゃんに使っていい?」


 愛は手錠の輪の部分を開いて僕の手へと近づける。


「僕じゃなくてじゅんちゃんに使ってほしい。それから、手を使えないじゅんちゃんをらぶちゃんがいじめている所を見たい」


 思わず本音を出してしまい後悔する。


 いじめている所を見たいと言ったことに愛は怒るだろう。


「……手錠プレイを実際にしてみたら描けるかも」

「聞こえなかったからもう1度言ってもらっていい?」

「いいよ! じゅんちゃんをいじめるよ!」


 普段の純真無垢さはなく、どこか艶めかしい表情をする愛。


「じゅんちゃん」

「らぶちゃん何?」


 押し入れからこっちに顔を向けた純に愛は手慣れた感じで手錠をかける。


「……何?」


 愛は急なことに困惑して目を見開いている純の耳元に口を近づけてそっと呟く。


「じゅんちゃんはらぶにしてほしいことある?」

「……」

「ほら、恥ずかしがらずに言ってごらん」

「……」

「視線を逸らしたら駄目だよ。じゅんちゃんの可愛い顔をらぶに見せて」


 僕の方を向こうとした純の顔を無理やり自分の方に向ける愛。


「ほら、何も言わないと、らぶがじゅんちゃんを食べちゃうよ」

「あんっ」


 愛に真っ赤というか紅くなっている耳を指先で上から下になぞられて純は甲高い声を上げる。


「触っただけなのに、そんなに感じて。じゅちゃんはエッチだね」

「……エッチじゃない」

「震えているじゅんちゃん可愛いよ。本当に食べたくなってきたよ」

「…………こうちゃん、らぶちゃんが怖い……助けて……」


 涙声で助けを求めてくる純。


「駄目だよ。こうちゃんはそこで、らぶとじゅんちゃんが楽しいことをしているのを見てて」


 愛の言葉で体が動かなくなる。


「…………こうちゃん、助けて…………」


 もう1度純が助けを求めてきたから、無理矢理体を動かさそうとしてもびくともしない。


「じゅんちゃんの耳は真っ赤で林檎みたいで美味しそうだよ。らぶはもう我慢できないよ」

「……やめて」

「やめないよ。はむっ。はむはむはむ」


 愛は純の耳を歯で軽く挟み、左右に動かす。


「や、めっ、てっ、あんっ」

「返事が遅いから食べちゃった。じゅんちゃん、はむはむ、気持ちいい?」

「……」


 純は唇を噛んで喘ぐのを必死に我慢している。


「我慢するのは体によくないよ。ほら、聞かせて、じゅんちゃんの可愛い声をもっとらぶに聞かせて」


 首を左右に振る純の耳に愛は息を「ふぅ~」と優しく息を吹きかける。


「ほら、じゅんちゃんの可愛い声聞かせてくれなかったらやめちゃうよ。いいの?」

「…………いい」


 言葉とは裏腹に首は左右に振る純。


「体は素直になっているけど、心までは素直になっていない表現はこうすればいいんだね! ありがとうじゅんちゃん!」


 愛は意味が分からないことを言ってから部屋を出て行く。


 取り残された僕達はどうしていいのか分からず呆然としていた。

 



 愛が部屋を出て行ってから数分経って、純の手を引いてリビングに行く。


 疲れ切った顔をしている純はソファに横になる。


 愛を焚きつけたお詫びでホットケーキを焼こう。


 フライパンでホットケーキの生地を焼いていると、純が隣にやってくる。


「手伝うことある?」

「焼きあがるから、皿を出してもらっていい?」

「おう。分かった」


 純は鼻歌交じりで作業台に皿を並べる。


 完成したホットケーキを純と隣同士に椅子に座って食べ始める。


 ホットケーキの上に大量の蜂蜜をかける純を見ながら考える。


 愛の様子が急に変わったことについて。


 変わり始めたのは純に手錠をしてほしいと言った時から。


 愛は何かを呟いていた。


 もしかしたらそれがヒントになるかもしれないけど、小さい声で早口だったから聞き取ることできなかった。


「こうちゃん、食べないの?」

「僕はお腹空いてないからじゅんちゃんにあげるよ」

「ありがとう。こうちゃん」


 純が目を輝かせながらそう聞いてきたから、僕の分のホットケーキをあげた。


 食べ終わって換気をする。


 寒いけど、甘い匂いを嗅ぐだけで気持ち悪くなる愛が戻ってくるかもしれないから念のために。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 遊ぼう!」


 洗いものをしていると、愛の元気な声が出入り口から聞こえてきた。


 純が早足で僕の後ろに急いで隠れる。


「じゅんちゃんどうしたの?」

「……」

「お腹痛いんだったらお姉さんがさすってあげるよ! じゅんちゃんおいで!」

「……」


 普段の元気溌剌な愛に戻っている。


 愛が喋る度に純が震えている。


 後ろに顔を向けて純だけに聞こえる声で言う。


「いつも通りのらぶちゃんだから大丈夫だよ」


 おずおずと愛の前にでる純。


「じゅんちゃん顔色悪いよ! 大丈夫?」

「……大丈夫」

「よかったよ! 元気ならたくさん遊べるね! 何して遊ぶ?」


 愛はそう言いながら純の手を握ってリビングの方に向かう。


 リビングの方を覗くと、2人は楽しそうに話していたから僕がいなくても大丈夫だな。


 洗い終えた2人の所に行くと、純が愛と距離を開けて僕が座る場所を作る。


 今までそんなことをしてなかった。


 まだ愛との距離感をつかめないのかもしれない。


 純が愛の雰囲気が変わった理由を知るまで、この状態が続くかもしれないと思い愛に聞く。


「手錠を手にしたらぶちゃんはいつもと違わなかった?」

「らぶのどこが違ったの?」

「いつものらぶちゃんより大人っぽい感じがしたよ」

「らぶはお姉さんだからいつも大人だよ!」


 背伸びをして誇らしげにしている愛に気になっていることを口にする。


「じゅんちゃんを手錠で捕まえてほしいと僕が言った後、らぶちゃんは何て言ったの?」


 愛と純は立ち上がって、愛は出入口の方に、純はキッチンの方に走る。


 純に愛を焚きつけたのが僕だと話していない。


 だから、純が逃げるのは分かる。


 でも、愛がどうして逃げるのか分からない。


「手錠プレイを実際にしてみたら、描けるかもなんて言ってないよ! らぶはそんなエッチな漫画なんて描いてないよ! こうちゃんがじゅんちゃんに無理矢理手錠をしてあんなことやこんなことをする漫画なんて絶対に描いてないよ!」


 早口でそう言う愛。


 愛が逃げた理由が分かった。


 後、急に母の部屋を出て行った理由も。


 思いついた漫画のネタを忘れないうちに描くためだったんだな。


 漫画を描いていることは恥ずかしかって僕や純に隠しているから、愛に話を合わせよう。


「らぶちゃんの言う通りだよ。らぶちゃんはエッチな漫画なんて描いてないよ」

「……そうだよ。らぶは……エッチな漫画なんて描いてないよ」


 納得してくれた愛はソファに座り直す。


 純に謝るためにキッチンに向かう。

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