72話目 変態登場

 部活が終わって、早足で自宅に向かう。


 朝、純猫を愛ですぎて、弁当を作ることができなかった。


 お金のない純は昼に食堂でうどん1杯しか食べていない。


 僕と愛は奢ると言ったけど、最後まで遠慮した。


 家に着き玄関を開ける。


 そこには純の上着に顔を突っ込んで尻を左右に動かしながらスカートを揺らしている女子? がいた。


「こら、今すぐ離れろ!」

「クンクン、いい匂いっす! もっと嗅がせてほしいっす! クンクンクンクンクンクン」

「離れろ‼」


 純が必死に引き剥がそうとするがびくともしないので手伝う。


 女子? の腰を摑んで後ろに引っ張る。


「誰っすか! ぼくの幸せなクンクンタイムを邪魔するのは!」


 一瞬、僕のことを睨んだ女子は微笑みを浮かべて抱き着いてきた。


「お兄ちゃん久しぶりっす。ぼくのことを覚えているっすか?」


 顔を上げた女子が聞いてきた。


 女子の顔を凝視する。


 ツインテールの髪型に細長い狐目で、身長は男子平均身長の僕より少し低いぐらい。


 見覚えはないけど、どこか親近感をもつ。


「ぼくのことをおばさんから聞いてないっすか?」

「おばさんって誰のこと?」

「お兄ちゃんのお母さんっす。電話で伝えてくれるって言ってたっすけど」

「何も聞いていな」


 答えた後に朝母親から連絡があったことと、何かを伝えようとしていたことを思い出す。


 もう1度女子の顔を見て……女子が僕の親戚の鷲崎音色だと分かる。


 体は大きくなっているけど、顔は幼い頃に会った時とあまり変わってないような気がする。


「音色だよね」

「そうっすよ。お兄ちゃん久しぶりっす。大きくなったっすね」

「最後に会ったのは僕が保育園に通っていた頃だから大きくなるよ。音色だって大きくなったよ」

「ぼくは全然大きくなってないっすよ」


 音色は自分の胸を見て落ち込んでから、視線を純の胸に向ける。


「どうしたらこんなに立派で、たわわなおつぱい、おっぱい様になるっすか?」


 手をわきわきしながら純に向かってすり足をして近づいていく音色。


「先っちょだけでいいっす。だから、触らしてほしいっす」

「くるな!」


 純が睨むが効果が全くない。


「じゅんちゃんの嫌がることはしたら駄目だよ」


 首根っこを摑んで音色を止める。


「お兄ちゃんは何で止めるっすか! 目の前に大きな胸があったら、揉まないと失礼っす!」

「相手が嫌がってるのに、揉むのは犯罪だよ」

「正論なんてくそくらえっす! 常識ばっかり守っていたら世の中から百合が消えるっすよ」


 百合が消えるとパワーワードを聞いて怯む。


 音色から手を放して「どういうこと?」と真剣に聞く。


「昔より同性同士で恋をすることは一般的になってきたっすけど、それでも偏見をもっている人は多いっす。だから、常識を手放して考えることも必要っす。自分にとって何が大切なのかって」


 音色の意見に心を打たれる。


 大好きな幼馴染同士のキスやそれ以上のことを見たいし、2人はそれを了承している。


 でも、妄想を口にしたら嫌われるんじゃないかと思って言えていない。


 僕は常識に縛られているのかもしれない。


「お兄ちゃんの大切なものが常識に傷つけられた時、お兄ちゃんはどうするっすか?」

「もちろん、常識より大切なものを守るよ」

「今のお兄ちゃんは男の顔をしてるっす。ぼくに教えることは何もないっす」


 爽やかな笑顔を浮かべながら、純の胸に手を伸ばそうとしていたので再び首根っこを摑む。


「ぼくとお兄ちゃんは分かり合えたはずなのに、何で邪魔するんっすか?」

「音色の言う通り、常識より自分の大切な純を守るために行動しただけだよ」

「そうっすか! お兄ちゃんにも大切なものができて、ぼくは嬉しいっす」

「そう言いながら純の胸に手を伸ばすな」

「痛いっすよ。お兄ちゃん」


 音色の頭に軽くチョップを入れる。


 なぜか音色は微笑を浮かべる。


 それから、僕達はリビングに行き純が椅子に座ると音色は純の隣に座る。


 純は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。


 音色の対面に座ると、純は僕の隣に席に移動してきた。


「お兄ちゃんの家って遠いっすね。新幹線で4時間かかったす」

「音色は何か用事あって、こっちにきたの?」

「お兄ちゃんの通う高校の見学をしたくきたっす」

「何で坂上高校?」


 僕が通う坂上高校は進学率も就職率も高くもないし、部活が強いわけでもない。


 そんな高校を見学するため、高い新幹線の料金と4時間もかけてきたことに疑問に思って聞いてみた。


「探している人がいるっす!」


 呑気な笑顔を浮かべていた音色が真面目な顔をして答えた。


「その人のことは名前所か顔すら分からないっすけど、坂上小学校に通っていたことだけは分かってるっす」


 財布の紙幣を入れる所から、1枚の細長い紙を取り出して机の上に置いた。


 その紙は新聞の切り抜きで、小学生ぐらいの女子と小さな女の子2人が手を繋いでいる絵が写っていた。


「この女の子が坂上小学校の制服を着てるっす。この子に見覚えないっすか?」


 女の子には見覚えがない。


 絵の方はWEBで百合漫画を描いている音色の絵柄に似ている気がする。


 そのことを伝えると、音色は自分を指差す。


「ぼくがその音色っすよ」

「……ん?」

「だから、ぼくが百合漫画を描いている音色っす。百合漫画家で音色っていうペンネームは他にいないと思うっすから間違いないっすね」

「……」


 好きな漫画家に急に会えてどんなリアクションを取っていいのか分からない。


「今はそんなことより、この女の子について知りたいっす。どうにかして調べる方法はないっすか?」

「その写真が載っていた新聞に名前は書かれてなかった?」


 純は面倒くさそうに息を深く吐いてからそう質問した。


「絵にしか興味がなくて、写真の所以外は捨てたっす」

「その記事を書いた会社に電話して聞いてみたら」

「聞いたっすけど、分からないって言われたっす」

「その写真がいつの記事に載っていたか分かる?」

「だいたい10年前っすね」

「この町の図書館に行って、その時の新聞が保存されているか確認してみたら。10年前ならないかもしれないけど」

「分かったっす。明日、この町の図書館に行ってみるっす。ありがとうっす」


 純に感謝を告げた音色は早足で部屋を出て行く。

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