69話目 女子は許すけど男子は絶対に許さない
昼休みになって早足で教室を出ると愛がいた。
「こうちゃんもじゅんちゃんの所に行くの?」
「そうだね」
「それじゃあ、急いでじゅんちゃんの所に行くよ!」
愛は僕の手を握って小走りで純のクラスの1年5組に向かう。
1年5組の前には目力の強い女子こと鳳凰院がいて、愛が話しかける。
「麗華! じゅんちゃんに会いにきたよ! じゅんちゃんは教室にいるかな?」
「矢追さん呼び捨てはやめてくださいって、何度も言ってますわ。王子様は先ほど用事があって教室を出ましたわ」
「じゅんちゃんがラブレターをもらったことを忘れているかもしれないから、教えないといけないよ!」
「大丈夫ですわ。先ほど王子様はその手紙を書いた方の所に向かわれたので安心してください」
「麗華、教えてくれてありがとう! こうちゃん教室で一緒に弁当食べよう!」
「飲み物を買ってくるから先に行ってて。らぶちゃんは何かほしいものある?」
「ないから大丈夫だよ! 先に行ってるよ!」
「うん」
片手を振って自分のクラスに戻る愛がいなくなったことを確認。
靴箱の方に向かおうとすると、鳳凰院に肩を摑まれる。
「どこに行くんですか?」
「飲み物を買いに食堂に行くだけだよ」
「そちらは食堂と反対方向ですの」
「本当だね。気づかなかったよ。教えてくれてありがとう」
「わたくしも百合中さんと一緒に食堂に行きます」
「何で鳳凰院さんがついてくるの?」
「今、王子様に告白しているのは王子様ファンクラブの方ですわ。その方がこれ以上緊張しないように校舎裏には誰も近づけないようにしているので、百合中さんも行かないでください」
純と少しずつ仲良くなっている鳳凰院のお願いはできれば聞きたい。
でも、それ以上に告白の結果が気になる。
食堂に行き自動販売機でお茶を買って教室に戻る振りをして後ろを振り向く。
靴箱の近くで鳳凰院が立っていて、僕のことを凝視している。
靴を履き替えるを諦めて、愛のクラスの教室に入って窓から外に出る。
念のため姿勢を低くして校舎裏に向かう。
校舎裏に純と純に手紙を送った女子がいたから、物陰に隠れる。
「わたし、王子様のことが大好きです。付き合ってください」
女子ははっきりとした声で純に伝えた。
「ごめん。付き合えない」
即答する純に安心する。
これで、愛と純の百合カップルにする夢は潰えない。
覗き見していることが純にばれないようにきた道を戻ろうとしていると。
「あんっ」
純の甲高い声が聞こえたので2人に視線を向ける。
女子が純の巨大な胸を後ろから鷲掴みしていた。
「王子様待ってください」
「あ、あんっ。揉む、な」
純は自分の胸を揉み続けている女子の頭を摑んで引き離す。
「わたしの話聞いてくれますか?」
「聞くから、胸に手を向けるな!」
女子の手を軽く払う。
「わたしがどれだけ王子様のことを好きか聞いてもらえたら、王子様のことを諦められると思うので聞いてもらっていいですか?」
「……おう」
必死に語る女子に嫌々頷く純。
「王子様のその大きな胸が大好物じゃなくて、王子様の格好いい所が大好きです!」
「私は格好よくない」
「そんなことないです。王子様は格好いいです。その辺の男子より身長が高くて、凛々しい顔つきもしています」
「見た目が怖いだけ」
「全然怖くないです。王子様といると、守られている感じがして安心します」
女子が背伸びをしたから、2人の顔の距離が近づく。
「わたしは、王子様のことが大大大好きです。だから、もう1度告白します。わたしと付き合ってください」
「……ごめん」
「付き合えない理由を聞いてもいいですか?」
「…………私は、守るより守られたい」
女子から顔を逸らす純。
「王子様の声が小さくて聞こえなかったからもう1度言ってもらっていいですか?」
「私は、守るより守られたい」
「王子様も女の子なんですね」
「……おう」
「正直に言ってくれてありがとうございました。王子様……小泉さんの恋が叶うといいですね」
「私は別に恋をしていない」
女子が僕の方に向かってきたから、近くの茂みに隠れる。
「いってぇー」
純が去るまで待っていようとすると、急に頭に痛みを感じて声が出る。
近くにはドッジボールが落ちている。
「……こうちゃん、もしかして見てた?」
いつの間にか目の前にいた純がいた。
「うん。見てたよ」
「……」
真っ赤な耳を押さえながら中腰になりつつ僕のこと一瞥している。
「おいで」
両手を広げる。
純はそのままの体勢でよちよちと歩いてきて僕の胸元に飛び込もうとしていると。
「こんな所にあったら中々見つからな……」
ボールに手を伸ばそうとしている男子と純の視線が合う。
しばらくの間互いに固まった。
★★★
担任の話が終わり、急いで愛のクラスに向かう。
「こうちゃん! 手紙に放課後なったら屋上で待っているって書いてたから、今から会ってくるね!」
自分のクラスから出てきた愛はそう言って、階段の方に向かう。
ばれないように距離を取ってついて行く。
愛が屋上に入ったのを確認して、扉の近くに行こうとして肩を摑まれる。
その手は、服の上からでも分かるぐらい汗をかいていて不快。
勢いよく手を払って後ろを振り返ると、角刈り頭の男子がいた。
「百合中がどうしてここにいるんだ?」
無視してドアノブを摑もうとした僕の手を角刈り男子は弾く。
「扉の向こうには行かさない」
前に不意を突かれて担がれたことがあるけど、今回はそうはいかない。
角刈り男子の攻撃を避けて、足を引っかけると屋上のドアに向かって倒れた。
1階まで聞こえるんじゃないかというぐらい大きな音がして、扉が軽く凹む。
「誰かいるの?」
愛の声が聞こえた瞬間、角刈り男子は階段を落ちる行きおいで逃げる。
覗いていることがばれて嫌われたくないから、僕も逃げようとしたけど遅い。
ドアを開けた愛と視線が合う。
「こうちゃんは屋上に用事あるの?」
「らぶちゃんの告白がどうなったのか気になって見にきたんだよ」
言い訳をしようとしたけど、急には出てきなかったから正直に答える。
「今から返事するよ! こうちゃんがいてもいいかな?」
屋上の真ん中で立っている男子は僕を一瞥してから、ゆっくりと頷く。
「らぶも勇太のことが好きだよ」
……悲報。
大好きな幼馴染がこのままでは男子と付き合うことになってしまう。
おい、男子! ドヤ顔で僕のことを見るな!
「らぶは部活に行くね! ばいばい! こうちゃん! 勇太!」
早々に屋上から出て行こうとした愛の手を僕と男子は摑む。
「今日からぼくが矢追たん、愛の彼氏だから、愛から手を放してもらっていいかな?」
男子が愛のことを呼び捨てしていることに切れて睨む。
「僕は愛の家族のような兄のような存在だから、手を繋ぐのは当たり前のことだよ。愛が結婚してもそれは変わらないよ。それより、付き合ってすぐに手を繋ぐのはよくないよ。段階を踏まないと」
「手を繋ぐって恋人なら当たり前のことだから、段階はきちんと踏んでる」
「踏んでないよ。まずは1キロ離れた所から会話しないと」
「そんなに離れていたら会話できないわ!」
「しなくていいだろ」
「は? もしかして喧嘩売ってる?」
「そのつもりだけど」
僕と男子が火花を散らす勢いで睨み合っていると。
「喧嘩はだめだよ!」
「「ごめんなさい」」
愛に怒られて僕達はすぐに謝る。
「お前の所為で矢追たんに怒られただろ!」
「君が愛と距離が近すぎるのが悪いよ!」
「ぼくと矢追た……愛は恋人だからいいだろ。近づくだけじゃなくて、スキンシップをたくさんするよ」
男子が愛の手に触れようとするのを愛は避ける。
「違うよ! らぶと勇太はカップルじゃないよ! 友達だよ!」
「…………友達。…………ぼくのこと、好きって、言ってくれた、よね?」
視線をさまよわせながら男子は顔を真っ青にして呟く。
「うん! 好きだよ!」
「なら、ぼくの恋人になっ」
「勇太も好きだし、らぶのクラスのみんなも好きだし、じゅんちゃん、こうちゃんのクラスのみんなも好きだよ。もちろん、先生達も好きだよ。みんな優しいし、一緒にいるだけで楽しくなるよ!」
「……」
自分だけが愛の特別じゃないことを知ってショックだったのか男子はその場で跪く。
「みんな好きだけど1番はこうちゃんとじゅんちゃんだよ!」
とどめの一撃をくらい泣きそうになる男子。
「……認めない」
男子は僕の胸倉を掴む。
「ぼくはこんなどこにでもいそうな男子に負けてなんかいない」
「恋愛は勝ち負けじゃないよ。そんなことも分からない君はらぶちゃんの隣にいる資格すらないよ」
「調子に乗るなよ」
「調子乗ってないよ。当たり前のことを言っただけだよ」
「うるさい! 黙れ!」
男子の拳が振り下ろされそうだったから身構えていると。
「駄目だよ‼」
愛は耳を劈くような叫び声を上げる。
男子の動きが止まり、力無く拳を下ろす。
「喧嘩しちゃ駄目だよ! 仲直りがいつでもできるわけじゃないんだよ!」
仲直り所か今日初めて認識した男子と仲良くするつもりは全くない。
……大好きな幼馴染の言葉なので頷く。
男子も頷くと「仲直りの握手をするよ!」と言いながら、僕達の手を愛は繋がせた。
ごつごつとして汗っぽい感触がするけど我慢。
「これで仲良しだね!」
僕と男子は互いの手を力一杯に握り潰し合う。
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