68話目 幼馴染達にラブレター

 最近学校に行くことが憂鬱になっている。


 大好きな幼馴染達と登校するまでは幸せな時間だけど、その後が問題。


「こうちゃん! 今日も手紙があったよ!」


 学校に着いて靴を履き替えていると、隣にいる愛は横長の封筒を天高く掲げる。


 封筒の開閉する所にはハートのシールが貼られているので確実にラブレター……愛にはまだ恋愛なんて早い!


 そう言いたい。


 でも、微笑みながら手紙を開ける愛に言えるはずもなくその姿を見守る。


「どうした?」


 立ち止まっている僕達に純が聞いてくる。


 その純の手には3枚の封筒が握られていた。


「全部女子! 男子からは1枚もない!」


 僕が手紙を見ていることに気付いた純は珍しく慌てたように大きな声を出す。


「じゅんちゃんは3枚ももらったんだね! よかったね!」

「手紙なんてもらっても嬉しくない」

「らぶは嬉しいよ! だって、好きって言われたら心がぽかぽかするから!」

「私は……らぶちゃんとこうちゃんだけに好きって言われればいい」

「じゅんちゃん大好きだよ! 大大大好きだよ!」


 愛に抱き着かれた純は耳を赤くする。


 最近、2人が告白やラブレターをもらうことが増えてきて学校に行きたくないというか、幼馴染を学校に行かせたくない。


 そんなこと現実的にできないのは分かっている。


 でも、幼馴染同士が恋人になることしか頭にない僕には危機的状況。


 2人に男子の好きな人ができて、それを応援してほしいと言われたら……どうしたらいいんだろう。


 想像するだけで自害という言葉が頭の中に浮かぶ。


「行こう」


 歩き始めた純の後ろをついて行く。


「じゅんちゃん! ちょっと待って!」


 愛が純の前に行き、純の方に手を差し出す。


「じゅんちゃん、手紙見せて!」

「……」

「見せて!」


 純はしぶしぶと手紙を渡し、愛は封筒から手紙を取り出して目を通し始める。


「1枚目も2枚目も好きですしか書いてないから、返事ができないよ! 3枚目は今日のお昼に校舎裏にくるように書かれているから返事ができるよ!」

「……おう」

「じゅんちゃんは行くの?」

「……行かない」

「何で行かないの?」

「興味がない」


 この朝の会話も見慣れてきた気がする。


 高校生になってからの純は幼馴染の僕達以外と関わるようになった。

 

 それでも面倒と思うことには関わらないのは変わっていない。


「行くって言わないと、じゅんちゃんを擽るよ!」

「……」


 愛は手をわきわきと動かしながら近づき、純は何も答えない。


「本当の本当に擽るよ!」

「……」

「じゅんちゃんがそのつもりだったら、らぶは本気でやるよ! えいっ!」


 爪先立ちをした愛は純の脇に手を伸ばして指先をくねらせた。


「ら、ぶ、ちゃ、ん、くすぐ、っ、たい」

「行くって言うまで止めないよ!」

「行き、たく、ない」

「だったら、もっと強くしちゃうよ!」

「あんっ、だ、め。だ、めだよ、らぶ、ちゃ、ん。へん、に、なる……」


 無邪気な笑顔で脇をくすぐる愛。


 艶のある声を出しながら悶える純。


 朝から素晴らしい百合を見られて幸せだな。


 涎を垂らしながら恍惚とした表情で愛のことを見ている純が最高にいい。


 神々しい光景をこのままにしたい。


 周りに男子が不埒な目で愛と純を見ていることに気づく。


 愛を後ろから抱きしめて純から引き離す。


 愛は顔だけを僕に向けて、目を輝かせる。


「じゅんちゃんを擽るのすっごく楽しいよ! じゅんちゃんが苦しそうに笑っているのに、もっとしたくなるよ! こうちゃん、らぶは何でこんな気持ちになるの? 全然分からないよ!」


 大好きな幼馴染がドSに目覚めようとしている。


 ここは背中を押して、愛攻めで純受けの『愛×純』のカップリングにする夢を叶える第一歩にしよう。


「らぶちゃん、じゅんちゃんの顔をよく見て」


 そう言うと、愛は純の顔を凝視する。


「嫌がっているように見える?」

「嬉しそうに見えるよ!」


 満足気な表情で床に座る純。


「そうだよ。じゅんちゃんはらぶちゃんに擽られることが好きだから、もっとするといいよ」

「そうだったんだね! だったら、もっとじゅんちゃんを擽るよ!」


 愛が近づくと、ビクッと純の体が動く。


「……らぶちゃん」

「らぶはじゅんちゃんのしてほしいことをするだけだから、怖がらなくていいよ!」


 愛が優しく大きな胸を押された純は仰向けに倒れる。


 純の上に跨った愛は容赦なく擽り始める。


「もっと気持ちよくなっていいよ!」

「……ら、ぶ、ひゃん」


 急に手を止める愛。


「らぶはじゅんちゃんに手紙をくれた人の所に行くように説得してたんだったよ! じゅんちゃん、行く気になった? 行かないって言うならまだまだ擽るよ!」


 立った愛は半開きにした口から涎を垂らしている純を見下ろしながら言う。


 もっと愛が純を攻めている所を見たい。


 期待の眼差しを2人に向けていると、純と視線が合う。


 純は耳を朱色にして立ち上がり、早足で教室の方に向かおうとするけど愛に手を摑まれる。


「じゅんちゃんまだ返事聞いてないよ!」

「……行くから、手を放して」


 呟いた純に愛は元気よく、「うん! 分かった!」と答えた。


 それから、2人と別れて教室に向かう。


 後ろから上着を引っ張られてから振り向くと純がいた。


 どうしたのか聞く前に純が先に口を開く。


「告白されても断る」


 そう言って足早で去る。


 純が僕のそばから離れるのはまだまだ先だな。



★★★



 1時間目の英語の授業は20分早めに終わり自習時間になる。


 英語の教科書を眺めながら、今日の朝に幼馴染達の靴箱にラブレターが入っていたことについて考える。


 純は女子から手紙をもらったと言った。


 愛以外の女子と付き合うことになっても、涙を呑んでその結果を受け入れる。


「百合中君、今いいかな?」


 でも、愛と男子が付き合うことは絶対に許さない。


 どうにかして、学校中の男子を消す方法はないだろうか。


「百合中くん! おーい! 聞こえてる? おーい!」


 隣から大きな声がしてきたから、そっちに視線を向けると茶髪女子がいた。


「どうしたの?」

「恋がさっきから百合中くんに話しかけていたけど、反応がなかったからわたしが声をかけにきたの」


 周りを見渡して恋を探すと、自分の席に座っている。


 茶髪女子に「ありがとう」と言って、恋の所に行く。


「恋さんが僕に話しかけていたのに、気づけなくてごめん」

「……」


 英語の教科書を読んでいる眼鏡をかけた女子こと恋にそう話しかける。


 少し固まった後にゆっくりと口を開く。


「……あたしも集中している所に話しかけてごめんね」

「僕に何か用事ある?」

「今日の英語の授業で分からない所あるから教えてもらっていいかな?」

「いいよ。どこが分からない?」

「えっと、ここ何だけど分かるかな?」

「全然駄目。恋、もっと楽しくなるような話をしないと」


 いつの間にか隣にいた茶髪女子が恋と同時に言った。


「2人は恋愛の話とかしないの?」

「したくない」


 茶髪女子の言葉に即答する。


「恋愛の話ほど盛り上がるものないよ。何でしたくないの?」


 妹のように思っている幼馴染達がラブレターをもらってむかついている。


 恋愛に関する話を一切したくない。


 馬鹿正直に言っても意味がないから、適当に誤魔化す。


「興味がないから」

「今興味なくても、実際に誰かを好きになったら興味が湧くかもしれないよ。ねえ、恋もそう思うよね?」

「……うん」

「それじゃあ、今から恋バナをします」


 茶髪女子と恋は自分の席から椅子を持って来て僕の前に座る。


「百合中くんは今誰かと付き合ったり、好きな人はいるの?」

「前にも言ったけどいないよ」

「前の話じゃなくて、今はいないの?」

「いないかな」

「それじゃあ、恋愛に興味はあるの?」


 興味ないと即答しそうになってやめる。


 大好きな幼馴染の愛と純の顔が頭に浮かんでやめたのではない。


 隣にいる恋と同じ部活仲間の先輩の顔を思い出したから。


 その2人とよく関わるようになって、話をするのが楽しい。


 もしかしたら、この気持ちが恋愛に発展していくのかも。


 今は恋愛に興味がないからそのことを伝える。


「今はないんだね」


 茶髪女子は意味ありげに『今』を強調した。


「よかったね、恋。まだまだチャンスあるよ」

「……何であたしに話を振るの」

「別に意味はないけど、なんとなくだよ」

「絶対なんとなくじゃないよね」


 恋は茶髪女子の手を握って軽く揺らし始める。


「ごめん、ごめん。で、恋は誰か好きな人いるの?」

「……」


 茶髪女子がそう言うと、無言で恋は僕の方を見る。


 愛と純の女子以外でも、女子同士が手を繋ぐのはいいものだな。


「恋は分かりやすくて可愛いね」

「……そんなことないよ」

「そんなことある」

「そんなことない」


 揺らす力を強め、茶髪女子が椅子から落ちそうになったから立ち上がって支える。


「大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。助けてくれてありがとう。百合中くんって意外と筋肉があるんだね。抱っこしてほしいな、なんて」


 今日は愛と純の濃厚なスキンシップを見れてテンションが上がっている。


 茶髪女子に言われた通りお姫様抱っこする。


「これでいい?」

「……冗談って言うつもりだったのに」


 すぐに茶髪女子を椅子に下ろす。


「……百合中くんを好きになる恋の気持ちが少し分かったかも」


 はにかみながら何かを呟いた茶髪女子の声は聞こえない。


 恋が茶髪女子を睨んでいること何か関係しているのか?


 それほど気にならないから聞かなくていいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る