67話目 大きな幼馴染の飲み物はイチゴジャム
10月の後半。
急に冷え込むようになった。
制服の上から愛と純から貰った狐もこもこパーカーを着る。
キッチンに行き朝食の食パンを食べていると、ドアが開く音がした。
静かな足音で猫背ぎみのツリな目な女の子が近づいてくる。
「じゅんちゃん、おはよう」
「おはよう。こうちゃん」
じゅんちゃんこと小泉純は僕の隣に並んで青汁を見て、少しずつ眉間に皺を寄せる。
前に1度青汁を飲んだことがあったから、その苦さを思い出しているのだろう。
1人だけ食事をするのも寂しいから純に聞く。
「お腹空いてる?」
「大丈夫」
「イチゴジャムとチョコクリームがあるから、それをつけて食パンを食べる?」
「食べる!」
さっきまで淡々と喋っていたけど、甘いものの名前を出すと純の声のトーンと音量が上がる。
純の前に食パン1枚、イチゴジャム、チョコクリームを置くと、イチゴジャムとチョコクリームを持って悩み始める。
数分経っても純は唸り続けていた。
「両方使ったら?」
「混ぜる?」
「混ぜても美味しいかもしれないけど、食パンを半分に割って別々に塗ればいいんじゃないかな」
「すごい! こうちゃん、すごいよ!」
純は瞳を輝かせながら僕のことを見る。
食パンを軽くトースターで焼いてから半分に割って皿に乗せて純に渡す。
受け取った純は食パンの片方を摑んで、チョコクリームを塗るのではなく容器を引っくり返して乗せた。
食パンの上にチョコクリームが山のように聳え立つ。
純には好きなものを好きなだけ食べてほしいけど、今の光景を見ると糖尿病にならないか心配にもなる。
ここは食べるのを止めるか、止めないかと悩んでいると。
「美味しかった」
既に山は消えていて、恍惚とした表情を浮かべる純。
下にあった食パンはまだ残っている。
「チョコクリームってまだある?」
「この後イチゴジャムも食パンにつけて食べるんだよね?」
「おう。食べる」
即答する純に悩む。
1つ予備用に買っているけど、純の体のことを考えるなら出さない方いい。
でも、甘いものを食べている時の純は目尻や頬を緩めて本当に幸せそう。
純の一時の幸せを選ぶか、これからの健康を選ぶか。
純は普段そんなに甘いものを食べているわけではない。
お菓子を買うのも日曜に1つだけだし、それ以外は通学途中小さいお菓子を1つ食べるぐらい。
新しいチョコクリームを出そうとしていると、純がイチゴジャムをゴクゴクと飲んでいる。
飲み終わると微笑む。
「塗りにくかったから、飲むことにした」
うん、チョコクリームは出すのをやめよう。
純が食パンを半分残しているから食べた。
皿を洗っていると純があくびをする。
「学校行くまで時間あるから僕の部屋で寝る?」
「眠くないからいい」
そう言いながらもまたあくびをする。
純は少し前まで8時過ぎまで寝ても眠たそうにしていた。
まだ7時も過ぎていないから、純が眠たいのは当たり前。
なら、何で純がこんな早くに起きているかというと、
「じゅんちゃん膝枕しようか?」
「…………おう」
僕に甘えたいから。
身長が高く、鋭い目つきをしていて、学校中の女子からは王子様と呼ばれている純だけど誰よりも寂しがり屋。
こんなギャップがあるなんて、僕の幼馴染が可愛過ぎると窓を開けて叫びたい。
近所迷惑にもなるし、何より純が嫌がるからしない。
洗いものを終えてから、純の手を握ってソファに向かう。
ソファに座って太ももを叩くと、純はソファに座りおずおずと僕の方に上半身を倒す。
純の髪を触りながら言う。
「髪切ったんだね」
「……おう」
くすぐったそうに答えたけど、嫌がってないから触り続ける。
「変?」
「全然変じゃないよ」
「こうちゃんは……こっちの方がいい?」
前の純の髪型は左の前髪が目を隠す長さだった。
今は左の前髪が眉より少し上の所で切っている。
凛々しくて可愛い純の両目が見えるようになって満足。
「凄く可愛いよ。大好きなじゅんちゃんの顔が見やすくなったからね」
「……おう」
褒められて耳が赤くなり、恥ずかしがっている純は本当に可愛いな。
「……こうちゃん」
「何?」
「…………」
名前を呼ばれたので返事をすると、純は何も答えずに僕から視線を外す。
「何かしてほしいことがあったら何でもするよ」
そう言うと、純はゆっくりと僕の手を摑み、自分の頭の所に持っていく。
「…………いい子、いい子して、ほしい」
「じゅんちゃん。可愛い。じゅんちゃんはいい子だね。本当にいい子だよ」
瞳を潤ませながら上目遣いで純に言われて、髪が乱れるほど強めに撫でる。
僕の幼馴染が可愛過ぎて悶えておかしくなりそう。
時間を忘れて撫で続けていると我に返る。
もう1人の幼馴染の家に行く時間はとっくに過ぎていた。
「じゅんちゃん、そろそろ家を出ようか?」
「……こうちゃん、もっと強く撫でていいよ」
「……」
「……撫でないの?」
怒られた猫のようにしゅんとする純。
抗えない……この可愛さに抗う方法を僕は知らない。
「よしよし、可愛いね。じゅんちゃんが満足するまで撫で続けるよ」
「……頭、ぎゅっも、してほしい……」
「こうちゃん! じゅんちゃん! 学校に行くよ」
消え入るような純の声と部屋に入ってきた元気溌剌なもう1人の幼馴染こと矢追愛の声が重なる。
純の声が聞こえなかったので聞き直そうとしたけど、純は膝の上にいなかった。
「じゅんちゃんはどうしてそんな所で寝てるの?」
ソファの下で倒れている純のそばに愛は立って、不思議そうに聞いている。
純は答えずに僕の方を見てくる。
甘えている所を見られるのが恥ずかしくて、ソファから落ちたと言えないから僕に頼っているのだろう。
「らぶちゃん、横髪がはねているから直そうね」
「らぶはお姉さんだからみなしだみはしっかりとしないといけないね!」
「そうだね。身だしなみは大切だね。鏡を見ながら直そうね」
「うん! わかった!」
大きく頷いた愛は部屋を出る。
愛が戻ってくる前に自室に行き鞄を取ってくる。
リビングに入ると、純は床に座ったまま。
「じゅんちゃん、どうしたの?」
そう聞くと、純は両手を床につけて眉間に皺を寄せながら立ち上がろうとしているけどできてない。
甘えている所に突然愛が現れたから驚いて腰を抜かしたんだな。
「じゅんちゃん、おいで」
「……おう」
両手を広げてしゃがむと出入口の方を一瞥した純は僕に抱き着いてくる。
純の背中に手を回して立ち上がってソファに座られる。
「じゅんちゃんの髪が乱れているから、整えていい?」
「……おう」
「櫛を持ってくるから、ちょっと待ってて」
櫛が置いてある脱衣所に向かおうとすると、純に手を摑まれる。
「……早くしないと、らぶちゃんが帰ってくる」
耳を赤くして恥ずかしがる純。
髪を梳かされている所を見られるのが恥ずかしいなんて、純がピュア過ぎる。
「じゅんちゃん、可愛過ぎるよ! ぎゅ~」
純に思いっ切り抱き着く。
「……こうちゃんの手で髪を整えてほしい」
「いいよ。じゅんちゃん、髪触るね」
「……おう」
純は僕に背中を向ける。
愛が戻ってくる前に急いで両手を使って、純の髪の盛り上がっている所を整えていく。
さらさらとした感触に、爽やかな林檎の匂いがしてくる。
目を細めている純は気持ちよさそう。
このまま、ずっと純の髪に触れていたいけど、愛のドタドタという足音が聞こえてきたから手を離す。
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