2章 強くて寂しがり屋の大きな幼馴染

34話目 プロローグ 幼馴染達に迫る魔の手

 中1年の春。


 日が差す窓際の席に座って、特にやることがないから呆然と黒板を見る。


 弁当を食べたから、満腹感もあって寝そう。


小泉純こいずみじゅんさんっている?」


 小泉純は僕の幼馴染で、家族のような、妹のような存在。


 そんな純の名前を気安く男子が呼ぶなよと、心の中で叫ぶ。


 口にしたら純に引かれるかもしれないから、口に出さないけど。


 僕の隣の席でまどろんでいる純の前に男子が立つ。


「今暇?」

「暇じゃない」


 鬱陶しそうに純は男子に返事した。


「暇そうだよ。ちょっとだけ話したいことがあるから、きてもらっていい?」

「暇じゃない」

「すぐにすませるから。お願い」


 純は冷たくあしらうけど、男子は一歩も引かない。


「……おう。少しだけならいい」


 純は眉間に皺を寄せながらそう言うと、男子は笑顔で教室を出て行く。


「すぐに戻ってくる」


 純は僕にそう言って、男子の後を追う。


 物心つく頃から純は男子に喧嘩を売られている。


「身長が俺より高いのが気に食わない」とか、「睨んできてんじゃねえよ」とか。


 純が売られた喧嘩を僕が買っていた。


 でも、小学生の低学年の時に純に「私のためにこうちゃんが喧嘩をするなら、私は一生外に出ない」と言われる。


 何も言い返せずに、純の代わりに喧嘩を買うことはやめた。


 さっき純に話しかけた男子は、不良っぽさがなくて爽やかな感じ。


 喧嘩の呼び出しではないのか?


「これは告白ね! 小泉さんを連れて行ったのは、文武両道でおまけにイケメンな鈴木君よ」

「小泉さんは女子だけどイケメンだから、イケメン同士の恋って感じでドキドキするわ!」

「分かる! すごく分かる!」


 近くにいた女子3人が騒ぐ。


 そうだよね。喧嘩の呼び出しって言うより、告白されるために呼び出しされたって方がしっくりくる。


 純が告白されるだと⁉


 立ち上がると椅子の擦れる音が教室に響く。


 クラスメイト全員に見られているけど、どうでもいい。


 純がどこの馬の骨と知らない男子の……彼女……。


 今すぐ男子を葬りに行こう!


 そうしよう! ……落ち着け、僕。


 純が告白を受け入れる所か、告白されるのかも分からない。


 覗きに行きたいけど、覗いていることが純に気づかれて嫌われるかもしれない。


 不安から目を逸らすために寝よう。


百合中ゆりなか君って小泉さんの幼馴染だよね」


 机に頭を乗せようとしていると、さっきそこにいた女子3人組の1人が話しかけてきた。


「そうだよ」

「幼馴染が告白されるのって、絶対に気になるよね。今から小泉さんの様子見に行こうよ」

「気になるけど、行かない」

「先に行くね」


 女子は教室を出て行く。


 席を立つ、座るを何度か繰り返す。


 覗き見に行った女子を止めるという免罪符は手に入れたから、純の後を追える。


 でも、純が男子の告白を受け入れている場面に出くわしたら……お兄ちゃんはショック死する。


 一歩振りだす勇気が出ない。



『こうちゃん、私、恋人ができた』



 そんな言葉が頭に浮かぶ。


 男子の息の根をとめるために走り出して純を探すと、校舎裏で四つん這いの女子を発見する。


「こんな所で何して」

「静かに。今いい所だから」


 女子に口を塞がれ喋れない。


 息苦しさを感じつつ、女子の視線の先を見る。


「何をしてる?」


 いつの間にか目の前にいた純が聞いてきた。


「小泉さんは告白されたの?」

「……」


 何も言わずに純は教室の方に向かう。


「どうした?」


 後ろを向くと純に用事があった男子が笑っていて、隣には女子はいない。


「何でもない」

「そっか」


 男子は教室とは逆の方に歩く。


 具体的にどこがとは言えないけど、男子の笑顔は不気味さを感じた。



★★★



 日曜は1週間分の食材を買いに近くのスーパーに行く。


 いつも通り純が買いものについてきてくれた。


 覗き見のことで避けられなくて本当によかった。


 スーパーに入ると、純は僕の方を見たから頷くと純はお菓子売り場に早足で向かう。


 買い物かごを取って、店内を歩く。


「こんな所で会うなんて偶然」

 後ろから声が聞こえて振り返ると、純に告白? をした男子がいた。

「君って小泉さんの幼馴染の百合中君だよね?」

「……」

「百合中君と話したいことがあるんだけど、今いい?」

「……」

「百合中君聞こえてる?」

「……」


 絡みたくないから無視して買い物を続けると、男子がついてくる。


 逃げるけど後ろに張り付いて、引き離すことができない。


 諦めて立ち止まって、男の方を向く。


「いいよ。手短に話して」

「ありがとう。ここだと周りに人がいて騒がしいから、落ち着いて話せる所に行こうか?」

「移動するのは面倒だからここで話して」

「ついてきてくれなかったら、百合中君の家までついていくよ。おれは今日暇だからね」


 純とこの男の関係は分からないけど、2人を会わせない方がいいと僕の本能が言ってる。


 仕方なく男子についていき外に出る。


 人気のない裏路地に着き、男子は急に立ち止まり振り返る。


「約束通り手短に終わらせる」


 男子はポケットから折り畳みナイフを出し微笑む。


 急なことで頭が混乱する。


 近づいてきた男子に手を摑まれ、必死に振り払おうとするけど力が強くてできない。


 包丁の刃先がゆっくりと近づいてきて、怖くて視線を下に向ける。


「グハッ!」


 男子の汚い声が聞こえてきて、目を開けるとそこには純がいた。


 片足を上げた先には男子が倒れている。


「じゅんちゃん、ありがとう」

「……」


 純は僕を無視して倒れている男子の所に行き見下ろす。


 男子はお腹を押さえて丸まっている。


「おい」


 純の声を聞いた男子は純に顔を上げる。


「何でこんなことをした?」

「やっとおれのことを見てくれた! 嬉しいな!」

「そんなことを聞いてない!」

「ありがとう。もっとおれを見てくれ!」

「話を聞け!」

「今日はいい日だ! 最高だ! 帰ってお祝いをしないとね!」

「うるさい!」


 噛み合わない会話に苛立だったのか、純は男子の背中を蹴る。


「グハッ! いいよ! もっと痛いのをくれ!」

「うるさい! 黙れ!」

「グハッ! グハッ! グハッ! いいよ! いいよ! 凄くいいけど、まだ手加減してるよね? グハッ‼ それだよそれ! おれが求めていたのは‼」


 何度も蹴られているのに、男子は心から楽しんでいるような清々しい笑みを浮かべる。


 呆然と見ている場合ではない。


 早く、純を止めないと。


 正当防衛だとしてもやり過ぎている。


 このままだと純が警察に捕まってしまう。


「じゅんちゃん僕は怪我してないから大丈夫だよ」


 声は届かず、純は男子を蹴り続ける。


「じゅんちゃんのおかげで怪我をしてないから! だから、落ち着いて! 大丈夫だから!」


 後ろから抱きついて、必死に引っ張りながら声を掛けた。


「……」


 純の動きが止まる。


 腰から手を放し、純の震える手を摑みこの場所から離れる。


 ナイフを向けられた理由は知らないけど、その理由を純は知っている気がした。


 しゅんとしていると純を見ると、事情を聞くことができない。




 男子に刺されそうになった日から、純は僕を避けるようになった。


 避けられることは死ぬほど辛いけど、純の心の整理が終わるまで我慢。


 ……数日経って純は学校にこなくなる。


 こうなったら話は別。


 子どもの頃から純は嫌なことがあったら、自分の部屋に閉じこもる。


 純と男子に何があったのか分からない。


 純が何に悩んでいるのかも分からない。


 けど、純が苦しむなら絶対に助ける。


 行き先を学校から純の家に変更して走る。


 純の家の玄関のドアを開くと、純の父親の小泉恭弥がいた。


 恭弥さんは僕が学校を休んだ理由を聞かずに、純の部屋がある2階に向かったからついていく。


 純の部屋の前で立ち止まり、ここから任せたと視線で語ってきた気がして頷く。


 ドアに手を掛けて開けようとするけど開かない。


「誰!」


 部屋の中から威嚇するような声が聞こえたけど怖くない。


 扉の向こうにいるのは、純ちゃんなのだから怖いわけがない。


「じゅんちゃん、僕だよ」

「……怒鳴ってごめん」

「いいよ。じゅんちゃんと話をしたいから鍵を開けてもらっていい?」

「……ごめん。今は1人になりたい」


 純の泣き疲れたような掠れた声が聞こえてくる。


 どうにかして部屋の中に入りたいと思っていると、恭弥さんが部屋の鍵を開けてくれた。


 娘を頼むぞと視線を送ってきた気がした。


 頷いて部屋の中に入る。


 カーテンを閉め切り電気が消えていて、部屋の中は暗い。


 廊下から明かりが差し込み、ベッドの隅で毛布にくるまっている純を見つけた。


 ベッドに腰を下ろすと純が体を震わせた。


 ここで純を慰めたり励ましても、意味がないと長年の付き合いで分かっている。


 純が被っている毛布を引き剥がして無理やり立たせ、僕の方に顔を向ける。


 急なことに困惑している純に言う。


「組手をしよう」


 心を殺して体重を乗せて殴るが簡単に避けられる。


 子どもの頃から空手をしていた純からすれば、僕の弱々しいパンチなんて当たらないって分かってる。


 それでも殴り続け、純を壁際に追い詰めて1発パンチを当てる。


 動き過ぎて疲れて息を切らしながらも、伝えたいことを口にする。


「体を動かせば嫌なことを忘れるよ! だから一緒に遊ぼう!」


 純は僕の方に倒れきたから抱きしめる。


「……おう」


 温もりを感じつつ、強いだけではない僕の幼馴染をそばで守り続けようと誓う。


 男の名前を覚えるは嫌だけど鈴木は覚えておかないといけないな。


 純に2度と近づかせないために。







 楽しみだなー。本当に、楽しみだなー。


 小泉純の中にはきちんとトラウマを残すことができたし、弱点が何のかも分かった。


 今すぐにそこを突きたいけど、忘れた頃に突いたらすごく楽しいことになるから我慢我慢。


 耐えることもか・い・か・ん。

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