35話目 幼馴染達と避難訓練

 僕こと百合中幸ゆりなかこうには幼馴染が2人いる。


 小学低学年ぐらいの身長、ぱっつんボブの髪型、少し太い眉、黒目がち、小さな口でいつも元気溌溂な矢追愛やおいあい


 男子平均より高い身長、左が長いアシメの髪型、薄目な眉、ツリ目、薄い唇で頼りになるけど寂しがり屋の小泉純こいずみじゅん


 そんな大好きな幼馴染達は高1の春に事故でキスをした。


 それを見た僕は女子同士が過度なスキンシップをする百合が好きになる。


 百合な妄想を愛と純に強制しそうになった僕は嫌われたくないから、2人から離れた。


 その所為で愛と純は喧嘩をする。


 喧嘩を止めようとすると、愛と純は僕が2人にしてきたさりげない気遣いを暴露し始める。



『僕はらぶちゃんとじゅんちゃんのキスを見たい! らぶちゃんとじゅんちゃんがエッチなことをする所をみたいんだよ――――――――――――――――――‼』



 恥ずかしさでおかしくなった僕は隠していた本音を叫ぶ。


 すっきりした後正気に戻り、愛と純に拒否されることが怖くなる。


 でも、2人はそんな僕を受け入れてくれた。


 幼馴染達は僕の妄想通りに、純が愛の小さな胸を触る。


 尊過ぎる光景を見ながら、愛と純を百合カップルにしたいと思った。


 それから、3週間が経って5月も終わるのに何の発展もしてない。


 何をすれば、幼馴染達は百合カップルになるのか見当もついてない。


 というのは昨日までの話。


 昼食で使った食器を洗いながら昨日の夜に部屋で考えた、愛と純を百合カップルにする作戦のことを思い出す。



 僕達の家は隣同士で、物心がつく前から顔見知りだから友達というより家族。


 家族だから恋と純は互いを意識することはないのかもしれない。


 今の詰んでいる状況に絶望する。


 どうすればいいか分からないからスマホで『幼馴染 恋愛』と検索。


 調べたことをまとめると、スキンシップに慣れた相手は恋愛対象として見えなくなる。


 その通りだな。


 愛と純のスキンシップを阻止しよう。


 純から愛に触れることはほとんどないから、愛の方にだけ気をつけていればいい。



 洗い物を終えてソファの近くに行くと、愛が純の膝の上に頭を乗せて寝ている。


 朝は窓を開けて扇風機をつけていたらどうにか過ごせたけど、昼過ぎの今は厳しい。


 愛と純は汗をかいていて、お揃いの白のTシャツが汗で濡れ薄く下着が透けている。


 少しエッチな百合漫画みたいに濡れ場に発展しないかな。


 って、見惚れている場合ではない。


 部屋でも熱中症になるからエアコンで冷房をつける。


 熱中症の心配はなくなったけど、作戦のために愛と純を離す。


 愛を抱えながら純の隣に座り、純の反対側に座らせようとしていると愛は大きな瞳を開けて僕を見る。


「……こうちゃん、おはよう!」

「起こしてごめんね。らぶちゃんが寝て少ししか経ってないから、まだ寝てて大丈夫だよ」

「うん! らぶまだ眠たいから寝るね! こうちゃん、おやすみ!」


 愛は目を瞑ってすぐに見開いて僕に聞いてくる。


「こうちゃんも昼寝する?」

「そうだね。僕も眠たいからするよ」


 汗をたくさんかいて早朝に起きてから寝てない。


 既に寝ている愛の天使のような寝顔を見ていると……目蓋が重たくなって……。


 純が立ち上がる気配がして、テレビの音量が下がっていく。


「ありがとう。じゅんちゃん」


 純の方に顔を向ける。


「おう。おやすみ、こうちゃん」


 僕の隣にそっと座る純。


 大好きな幼馴染に挟まれて僕は今度こそ……眠りにつきそう。



『ゲキカラカラ! ゲキカラカラ! 一度食べればとまらない! ゲキカラポテトチップスだよ! 食べてみてね!』



 微かにそんな音楽が聴こえたと思ったら、ソファが激しく揺れた。


 地震⁉


 愛と純の手を握って立ち上がる。


「らぶちゃん、じゅんちゃん机の下に隠れるよ!」

「うん! わかった!」

「おう!」


 愛と純が机の下に入ってから僕も入る。


 地震の情報を知るためにテレビを見ていると、さっき耳にした音楽が流れる。


 唐辛子の着ぐるみが真っ赤な袋のポテトチップスを持って、愉快な音楽に合わせて左右にくねくねと動かしているCM。


 背中に手が当たった感触がして振り返ると、愛がさっきのCMのキャラみたいに踊っている。


 僕が起きた時に愛はソファの上に立っていた。


 今のように踊っていたから、ソファが揺れていたと気づく。


「らぶちゃん、じゅんちゃんごめん。地震だと思っていたけど違ったみたい」

「避難訓練みたいで楽しかったよ!」


 嘘偽りのない純真な笑顔をした愛は椅子を押しながら机から出る。


 僕と純も机の下から出て、ソファに座り直す。


「さっきのゲキカラポテトリップス食べてみたい! じゅんちゃん今度一緒に食べよう!」

「……おう」


 純は少し眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしている。


 辛いものを全く食べられない純からしたら当然の反応。


 最近テレビでよく流れる女性歌手の曲が流れた。


 それを聞いた愛はテレビを真剣に見始めて、純は安心したように深く息を吐き捨てた。


 昼のバラエティー番組に出ていた女性歌手が歌い終わると、愛は大きく息を吸い、


「ボェ~~~ボェ~~~ボェ~~~」


 と大声を出す。


 音痴な愛も可愛いな。


「ボェ~~~ェ~~~ェ、ェェ」

「らぶちゃん、ソファに凭れて」

「うん! 分かった!」


 咽ながら歌う愛に純がそう言うと、愛は頷いてからソファ背もたれに体を預ける。


「ゆっくり息を吸って」

「スゥ―――」

「歌ってみて」

「ボェ~~ェ。じゅんちゃん歌えてる?」

「ウタ……」


 愛に聞かれた純は何かを言おうとしてやめる。


 その何かは歌えていると言おうとしたのだと思う。


 純が片言で話す時は僕達のことを思って嘘をついている。


 そのことを愛は知らないはずなのに、なぜ途中で言うのをやめた?


「私が歌うから後に続いてもらっていい?」

「いいよ」


 純はゆっくりと息をすって吐き出さずに僕の方を一瞥した。


 歌われている所を見られるのが恥ずかしいことを察して、愛の方に顔を向ける。


「空の向こうで君にまた会えたら~1度だけで~いいから抱きしめたい……こんな感じ」


 透き通ってどこか優しさを帯びた歌声が純の方から聞こえてきた。


「じゅんちゃん上手だね!」

「らぶちゃんも一緒に歌う」

「そうだったね! じゃあ、せーのっ!」

「空の向こうで君にまた会えたなら~」

「空の向こう~~~会えたら~~~」

「おう。いい」

「ありがとう!」


 テンションを上げた愛が僕を飛び越えて純に抱きつこうとした。


 腰を摑み元の場所に戻す。


「もっとらぶちゃんの歌を聴きたいな」

「いいよ! こうちゃんのためにたくさん歌うよ!」


 しばらく愛の歌を聴いていると、「あ、そうだ!」と愛が言う。


「こうちゃんはらぶ達にしてほしいことはある?」

「キ……」


 キスをしてほしいと言いそうになってやめる。


「特にないかな」


 唇を噛みしながら言う。


「……少し、エッチなことでも……いいよ?」

「……おう」


 少しエッチなことだと! 純も肯定しただと!


「……こうちゃんは、見たくない? らぶとじゅんちゃんの少し……エッチなことをしてる所?」

「こうちゃんのためだったら……私はどんなことでもする」


 愛と純がエッチなことをしている所を見たい‼ 


 少しなら、妄想を口にしてもいいよね?


 口同士のキスを駄目でも、額にキスぐらいなら女子同士なら友達でもしている気がする。


 でも、愛と純が恋人になれば、2人はキス以上のことをするのが当たり前になるかも。


 愛と純のスキンシップを阻止しないと。


「今は思いつかないから、また今度お願いするね」

「この前みたいにらぶがじゅんちゃんにキスするよ! それともじゅんちゃんがらぶにキスする方がこうちゃんは嬉しい?」


 口を少しでも開いたら、「どっちともお願いします‼」と言いそうになる。


 落ち着け僕。


 落ち着くためには深呼吸だけど、口を開いたら欲求が漏れてしまう。


 どうする僕。


 本当にどうする。


 ……どうしたらいい?


「今から……するから、見ててね……じゅんちゃんいいよね?」

「……おう……いいよ」


 愛に上目遣いで見られた純はゆっくりと頷く。


 頬を少し赤色で染めた愛が近づく度に、純は耳を赤くなってその耳を両手で押さえた。


 互いの吐息が届きそうな距離まで近づく。


 薄くて細長い唇が、潤った小さな唇で……。


「らぶちゃん……少しだけ待って」

「……うん。らぶもドキドキしてるから……待つよ」


 互いに1歩後退り、愛は「幼馴染とのキスはエッチじゃない」と何度も呟き、純は耳を押さえたまま固まっている。


 キスをやめるように言うチャンス。


「目を瞑ってすれば、恥ずかしくないと思うよ」

「こうちゃん! 天才だね! それなら、らぶでも……キス、できそうだよ!」


 口から出たのは真逆の言葉だった。


 元気を取り戻した愛は純の前に再び行き目を瞑る。


「じゅんちゃんいい?」

「……おう」


 愛の言葉に息を吐くぐらいの小さな声で答えた純は耳から手を離して目を瞑り少しだけ唇を尖らせる。


 2人が0距離になりそうになった瞬間。



『ゲキカラカラ! ゲキカラカラ! 一度食べればとまらない!』



 愛はテレビの前に行きCMの曲を大声で歌い始める。


 ……興味がテレビに移ってくれて嬉しい気持ちと、キスを見れなかった残念な気持ちが僕の中で葛藤した。

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