30話目 休日の家庭科部

 11時に学校の校門で剣と待ち合わせをしていた。


 5分前に着いたけど、剣がまだきていない。


 急ぐ必要もないから空を見ながら待つ。


 今日も相変わらず天気がよくて、とても過ごしやすい温度。


 気を張らなくてもいいと思ったら眠たくなる。


 少ししてスマホで時間を確認すると、待ち合わせ時間から30分過ぎていた。


 この時間に待ち合わせしたのは、昼食を一緒に作るから。


 少し手の込んだものを作る予定だったけど、剣がもっと遅れるようだったら簡単な料理にすればいいな。


「……おはようございます」


 料理の代案を考えていると、学校の敷地内から剣の声が聞こえた気がして視線を向けると誰もいない。


「……おはようございます」


 微かな声が聞こえてくるのにどこにいるのか分からない。


 学校の敷地内に入り周りを見渡すと、顔だけを木で隠している学生服を着た女子がいた。


 もしかしてと思い近づいて覗いてみると剣がいた。


「おはよう」

「……おはようございます……遅刻してごめんなさい」

「別にいいよ。もしかして、僕より先に学校にいた?」


 坂上高校は出入口が1つなので校門から入るしかない。


 11時前にはそこにいたから、その前に剣が来ていたことになる。


「……はい……楽しみで目が早く覚めてここにきたんですけど、運動部の人がたくさんいて……部活でもないのに学校にいるわたしが恥ずかしくなって、隠れました」

「何時間前ぐらいにいたの?」

「……6時間前からここにいました」


 6時間前と言えば5時。暖かくなってきたといってもその時間に外でいるのは寒い。


「疲れているなら剣の家で料理をする予定から、どこかこの辺りで昼食を食べることにする?」

「……いいですけど、学生服でも入れますか?」

「大丈夫だよ」

「……行きます。……」


 剣は動こうとしない。


「どうしたの?」

「……足が……つって動けないです」


 後半声が小さ過ぎて何を言っているのか分からなかったので聞き直す。


 ペンギンみたいによちよち歩きをして近づいてくる。


「……足がつって動けないです。……少し待ってもらっていいですか?」

「じっとしててね」

「……え? え⁉」


 剣をお姫様抱っこして花壇の近くにあるベンチに座らせた。


「……百合中君に……百合中君に……百合中君に……」


 胸を押えながら何度も呟く剣。


 愛で抱っこすることに慣れていて剣にもしたけど、幼馴染でもない女子にするのは失礼だったかもしれない。


「急に抱えてごめんね」

「……百合中君に……お姫様抱っこされるのは嫌じゃなかったので、謝らないでください」


 それから、花壇の花を2人で眺める。


「……今日料理作りたいです」

「僕はそれでいいよ」

「……何作りますか?」

「豚の角煮を作ろうと思ったけど、時間がかかり過ぎるから他の料理の方がいいね」

「……ごめんなさい」


 剣がしゅんとしたように頭を下げた。


 励ますために頭を撫でると、「カッ、カッ、カッ、カッ」と声を上げた。


 頭を撫でるのをやめると、剣は無言になる。


 少し、面白いな。


「他の料理作ればいいよ。剣は何か食べたいものある?」

「カワイイ料理を作りたいです!」


 声のボリュームが上がり早口気味になった。


 なんとか聞き取れることはできた。


 どうやら剣は可愛いものの話をする時はテンションが上がって大きな声で早口になる。



『可愛い 料理』



 スマホで検索するとデコ弁画像の写真が出てきた。


 デフォルトされた熊のおにぎりが中心にあって、その周りはカラフルなおかずが並んでいる。


 おにぎりもおかずも簡単にできる。


「これカワイイです! すごくカワイイです‼」


 剣は画像を指さしながら叫ぶ。


 気に入ったようなので、これを作ることにした。


 剣が歩けるようになって、自宅とは逆方向の剣の家から近いスーパーに向かった。


 剣と話しながら店内を見ていく。


「剣は普段料理作るの?」

「……作らないです」

「そうか、作ってないんだね。親が作ってくれるの?」

「……わたし高校生になってからは1人暮らですから、スーパーやコンビニで弁当を買って食べています」

「……1年間も1人暮らしをしているのに料理ができないのは変ですか?」

「変じゃない。僕もらぶちゃんとじゅんちゃんがいなかったら、料理を作ってないよ」


 食材が揃ってレジに向かう前に一応確認する。


「剣の家って調味料ってある?」

「……?」

「今回の料理だったら、塩、醤油がいるね」

「……塩も醤油もないです」

「調理器具はある?」

「……?」

「鍋、フライパンはある?」

「……鍋もフライパンもないです」


 剣は申し訳なさそうに頭を下げる。


 料理をしない人からしたら、必要のないものかもしれない。


 学校の調理実習室に必要なものが全部揃っているから、行き先を変更した。



★★★



 休日の学校を使うためには何かしらの申請が必要だと思い、職員室に行くと担任に使っていいと言われた。


 調理実習室に行き、手を洗っていると大量のエプロンを持った剣が近づいてきた。


「百合中君! 百合中君! 着てください!」


 無視して調理を始める。


 家庭科部の当分の目標は剣が1人で料理を作れること。


「……できました」


 剣はゆっくりだけど、全てのおかずを僕の助言だけで作ることができた。


 米が炊けたから熊の形のおにぎりを作っていく剣。


「こんなクマ、カワイイとは程通りです!」


 十分に上手くできた熊を剣はばらして、もう1度作り始めた。


「まだまだ、もっと、もっと、カワイイ、カワイイ、クマにします‼」


 鬼気迫った声音を出している剣を少し怖いと思い一歩後退る。


 数分経ち、お皿で整えた熊のおにぎりを見せてきた。


 それは、画像でみた熊のおにぎりより可愛く見えた。


 後はこのおにぎりを弁当箱に入れて、おかずを並べれば完成。


 弁当箱がないことに気づく。


 ここで食べるなら皿から移し替える意味がない。


「完成しました!」


 熊のおにぎりの周りにおかずをそっと剣が載せて完成した。


「うん。おいしそうだね」

「はい!」

「次は、僕の分を作ってもらおうかな。今度僕は何も言わないから、分からなくなったら聞いてね」

「………………はい」


 疲れたような声で呟いた剣は僕の分を作り始めた。


 14時を過ぎ、2人分の料理が完成して僕達は席につく。


「……これをわたしが作ったんですね」


 隣に座っている剣は料理に顔を向ける。


「そうだよ。しかも、僕の分を作っている時はほとんど僕に聞くことなく作れていたからね」

「すごくカワイイです! 本当にすごくカワイイです‼」


 ここまで喜んでくれて嬉しくなるな。


 熊の顔を箸で割る。


「キャ―――――――――――――――――――――‼」


 突然の部屋に響き渡る悲鳴に驚いて椅子から落ちる。


「何てことするんですか?」


 剣が怒鳴る。


「食べたらいけないの?」

「ダメです‼」

「でも、食べないと腐るよ」

「…………」


 剣は顔を僕から自分の皿に乗った熊の方に向け、動きが止まる。


 数分経っても動く気配がない。


 このままでは食べることができないと思って剣を説得する。


「熊も剣に食べてほしいと思っているよ」

「クマじゃないです。クマ吉さんです」


 いつの間にか名前が付いていた。


「クマ吉さん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 剣は真剣に謝りながら熊のおにぎりの耳を箸で崩すと、自分で『ギャ~、痛いよ!』と少し低い声を出す。


「……美味しいです……とっても美味しいです」


 手を震わせながら口の中に入ると、今にも泣きだしそうな涙声を出しながら剣は食べている。


 こんなに空気の重い食事をしたのは初めてだったけど、どこか心が休まる気がした。



★★★



 剣と別れて公園のベンチに座る。


 この公園は僕と愛と純が子どもの頃からよく遊んでいる。


 最近で言えばバドミントンや子ども達と鬼ごっこをしたよな。


 バドミントンは諦めずにサーブを打とうとしている愛が可愛くて、鬼ごっこでは子どもを助ける純が格好よかった。


 愛と純と離れないといけないのに、2人のことばかりを思い出して会いたくなる。


 2人は今何をしているのだろうか。


「今日はらぶはいないのか?」


 後ろを振り向くとこの前一緒に鬼ごっこをした、坊主頭の小学生ぐらいの男子がいた。


 子どもとはいえ苛ついている時に、男子と関わりたくない。


「いないよ」


 立ち去ろうとする僕に坊主男子は話しかけてくる。


「お前でいいからおれと遊べ。暇だろ」

「暇じゃないよ。帰って晩飯の準備をしないと」


 いけないと言おうとして口を閉じる。


 今日から純のご飯を作らなくていいから、別に早く家に帰らなくてもいい。


 逆に誰もいない部屋に帰るのは辛い。


 坊主男子と遊んだ方が、心が晴れるような気がしてきた。


「……遊んでもいいよ」

「鬼ごっこするぞ! おれは鬼したくないから、お前が鬼な」


 坊主男子は僕から逃げた。


 捕まえて一発殴ってもいいんじゃないかと思ったけど、感情的になってはいけない。


 僕は高校生で、相手は子どもなのだから。


 ここは大人な対応をしないといけないな。


「ほら、早く捕まえろよ! まあ、お前みたいなのろまにおれは捕まらないけどな!」


 数秒で男子を捕まえ、鬼を変わる。


 坊主男子が捕まえられそうになるようゆっくりと走り、もう少しの所で全力疾走を繰り返した。


「なんで、捕まえ、れない、んだ」


 息を乱して涙目になった坊主男子が聞いてきた。


 その顔を見て少しすっきりしたので、わざと捕まってあげる。


「お前はやっぱり遅いな」


 苛ついたのでまたすぐに捕まえ、坊主男子から逃げ続けた。


 走ることに疲れた男子が地面にゆっくりと倒れる。


 日も暮れてきたから、鬼ごっこをやめるかと訊くと頭を左右に振る。


「家に帰っても誰もいないから、まだ遊ぶ」


 親はどうしたとは口にしない。


 家の事情なんて人それぞれだから、振り込むことではない。


「もう少し遊んでもいいよ」

「グ~~~~~~~」


 僕の言葉が坊主男子のお腹の音で掻き消される。


 少しだけ、ほんの少しだけ愛と坊主男子が重なったので、優しくすることにした。


「喉が渇いたからコンビニに飲みものを買いに行くけど、何か買ってこようか?」

「知らない人に、ものをもらったら駄目なんだぞ」

「一緒に遊んだんだから、知らない人ではないと思うよ」

「お前の言う通りだな。肉の入ったやつが食べたい」

「分かった」


 コンビニに行きカルビ弁当とペットボトルのお茶を2つ買って、公園に戻る。


 立ったまま坊主男子は弁当を食べようとしたのでベンチに座るように言うと、素直に従った。


「我慢したくないのに、我慢しなくちゃいけないことがあったらどうする?」


 なんとなく坊主男子に訊く。


 こんなこと子どもに聞いても意味がないのに。


 坊主男子はがつがつ食べていたけど、箸を止めて僕の方を見る。


「おれは我慢しない。したいことはしたいって言う。そのおかげで明日母ちゃんとたくさん遊べるんだ! いいだろ!」


 にかっと無邪気に笑った坊主男子が羨ましくなる。


 でも、僕はこの坊主男子のようにはなれない。


 結果を気にせずに行動できる程、僕は子どもではないのだから。

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