29話目 幼馴染達と別離
純の晩飯のことを考えていなかった。
後片づけを急いでして調理実習室を出る。
「こうちゃん! おかえり!」
学校から走って、勢いよく玄関の扉を開けると愛が玄関にいた。
……何で……ここにいる?
心の準備ができていなかったから狼狽しつつも、必死に表情に出さないようにする。
「こうちゃん! 難しそうな顔をしてどうしたの?」
隠しきれていない……落ち着け、僕、冷静になれ。
冷静に考えよう。
恐れていることは、愛と純に百合的なあんなことやこんなことをしてほしいと言ってしまい、2人に引かれて嫌われること。
愛か純、どちらか1人だけなら本気で気を張れば我慢できる。
でも、2人が揃ってしまったら、どんなに頑張っても10分が限界。
このままリビングに入れば愛の勉強が終わるまで3人でいることになる。
2,3時間なんて絶対に我慢できるわけない。
どうにかして、どうにかして、愛と純から離れないといけない。
「すごい汗だよ! こうちゃん大丈夫?」
大丈夫と答えそうになってやめる。
ここで大丈夫じゃないと言えば、リビングに行かずに自室で1人になれる。
いや、愛と純なら僕のことを看病し始めるだろう。
それ所か泊まって看病すると言い出すかも。
……覚悟を決めるしかない。
「らぶちゃん、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
「元気じゃないなら、すぐにお姉さんのらぶに言うんだよ!」
「うん。そうするよ」
愛はリビングに入って行った……後ろをついていこうとするけど足が重くて動かない。
立ち止まるな! 立ち止まったら動けなくなる! 前に進むんだ百合中幸!
無理矢理足を動かしてリビングに入ると、純がハンバーグを食べていた。
「らぶが作ったんだよ! こうちゃんのもあるから座って待ってて!」
頷いて純の対面に座る。
無心で待っていると、僕の前にハンバーグとご飯とサラダが置かれる。
「たくさん食べてね!」
愛はそう言ってキッチンに戻る。
食欲は全くないけど、愛が作ってくれたものを残すことはできない。
無理やり口の中に入れて咀嚼していく。
食事をしながら家庭科部の活動中に考えた作戦を実行するタイミングを計る。
その作戦とは、少し気まずくなっても愛と純との距離をとること。
愛の勉強はしばらくの間純に見てもらい、純の食事は愛の家で食べてもうことにしよう。
休日はできるだけ剣と会うことにすれば、必然的に2人との時間も減ってくる。
……3人の時間が……減ってくるんだよな。
……暴走して愛と純が嫌な思いをすると考えたら仕方ない。
愛が僕の隣に座ったのから口を開こうとしたけど。
「明日のお好み焼き楽しみにしてるよ! 早く明日にならないかな!」
テンションの高い愛の言葉に遮られる。
今日の昼休みに今度お好み焼きを作ると言っていたことを思い出す。
明日剣と遊びにいくと言い辛くなったけど……口にしないと。
「らぶちゃん、あのさ」
「プールも明日行こうよ!」
プール⁉
プールと言えば、面積が少ない布をつけて水の中ではしゃぐあれのこと⁉
少し前に2人の水着姿を見た……でも、もっとじっくりと見たい。
今度は愛の小さな胸に純が頭を乗せる所を妄想する。
「見たい‼」
「何が見たいの?」
「らぶちゃんとじゅんちゃんの水着姿が見たい‼」
「水着だったら、明日プールに行った時にいくらでも見せるよ!」
愛の言葉に相槌を打つように純はゆっくりと頷く。
「よし! 明日はプールだね! らぶちゃんとじゅんちゃんの水着姿すっごい楽しみだな! 早く明日にならないかな!」
「今日のこうちゃんテンション高いけど、何かいいことあったの?」
愛が不思議そうに僕を見ながら聞いてきたので正気に戻る。
うわー、妄想を口にしてしまった。
「……久しぶりのプールがすごく楽しみだったから、テンションが上がったのかな」
狼狽しつつも、致命的なことまでは言っていないから誤魔化す。
「そうだね! 3人でプール行くなんて小学生以来だよ! らぶもテンションが上がってきたよ‼」
椅子の上に立ち上がって愛は叫ぶ。
「今日は寝ずに明日何するかたくさんお話をしようよ‼」
……寝ずにお話だと⁉
そうなれば3人が同じベッドで寝転がることになり、愛と純の顔が、吐息が伝わる距離まで近づく。
事故を装って軽く押すだけで、2人のキスを合理的に間近で見られるじゃないか⁉
少し考えただけでも、鼻血が出そう。
「じゅんちゃんはらぶの家に泊まれる?」
「おう。大丈夫」
いつの間にか、愛の家に泊まることになっている。
『今日らぶの家誰もいないんだよ!』
『それってどういう……』
『じゅんちゃんは鈍感さんだね! キスがたくさんできるし、キス以上のこともできるってことだよ!』
『……らぶちゃん、少し待って……』
『待たないよ!』
『…………激し…………過ぎ…………』
って妄想している場合ではない。
愛と純が一緒に寝ている所を見たい……駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目。
2人がベッドに横になった瞬間、ありとあらゆる百合妄想を口にしてしまうから絶対駄目。
駄目なのに食事と入浴を終えて、愛の部屋にきていた。
犬の着ぐるみパジャマを着た愛と猫の着ぐるみパジャマを着た純はベッドに寝転がる。
僕は床に布団を敷いて横になる。
最初は愛が3人一緒に寝ようと言い出したけど、僕と純が反対した。
ベッドの真下に布団を敷いているから、ここからだったら愛と純の姿が見えない。
姿が見えなければ百合な妄想することもない。
「じゅんちゃんの体温かくて、ぎゅっとすると気持ちいいね!」
「そう?」
「うん! もっとぎゅっとしていいかな?」
「……いい」
「ぎゅっ~! ぎゅ~! じゅんちゃんもらぶをぎゅっとして!」
「……おう。……ぎゅっ~」
見てぇ。
ベッドで愛と純が抱きしめ合っている所を見てぇ。
姿が見えなくても2人の会話だけで興奮してしまう。
僕が話題を振って百合な会話を終わらせないと。
それよりすることがある。
明日剣と遊ぶ約束をしていることを話して謝らなければならない。
「じゅんちゃんのここ触ると気持ちいよ!」
「らぶちゃん、そこは……あんっ」
「じゅんちゃん……エッチな声出したら駄目だよ!」
「分かった……けど……そこは……あんっ……らぶ、ちゃん……やめ、て……」
愛と純の会話が気になって、何をしようとしていたのか忘れてしまいそうになる。
2人の様子を確かめて落ち着かないといけないなって……見てしまったら絶対妄想を口にしてしまうから駄目。
一瞬なら僕のメンタルも……もたないだろうな。
「次はらぶのを触っていいよ!」
「……おう」
愛の誘い受け。
そうなると、純がヘタレ責めになるか。すごくいい。
僕の体が勝手に動いて、上半身を起こしていた。
ベッドでは純が愛の耳たぶを触っている。
「らぶちゃんの耳小さいけど柔らかくてプニプニしてる」
「じゅんちゃんちょっと痛いよ!」
「こんな感じ?」
「うん! 優しく触ってくれると気持ちいいね! じゅんちゃん、もっとして!」
「おう」
予想していた不健全さはなかったけど、これはこれであり。
「こうちゃんも触る?」
「大丈夫だよ。僕はもう寝るね。おやすみ」
視線が合った愛にそう返す。
急いで寝転がり毛布を全身に被って、必死に目を瞑る。
★★★
「らぶちゃん、じゅんちゃんごめん。今日家庭科部の活動があるから遊べない!」
朝目が覚めてすぐに立ち上がり、ベッドに向かって頭を下げる。
「大丈夫だよ! お好み焼きとプールは明日でいいよ!」
顔を上げると、愛は微笑んでいた。
「ごめん」
「いいよ! いいよ! 明日が楽しみだな……」
「……」
愛の目から流れる涙を見て絶望した。
「あれ! らぶは、何で、泣いているの!」
ボロボロと流れる涙を止まることなく、次から次へとベッドに落ちていく。
「らぶちゃん、本当にごめん」
「大丈夫だよ! こうちゃんは悪くないよ!」
「僕が悪いよ。らぶちゃんの約束を破ったから」
「ううん、こうちゃんは悪くないよ。こうちゃんがいつもらぶのために頑張ってくれるから、甘え過ぎていたよ! だから、ごめんね! こうちゃんはらぶのことを気にせずに遊びに行っていいよ!」
そんなことを言わないでほしい。
僕が愛と純のそばにいたいからそばにいるだけ……。
もっと甘えて欲しいと言いたいけど、今の僕には言う権利がない。
……権利がなくても、大好きな愛の涙はこれ以上見たくない。
剣には待ち合わせ場所に行って、今日遊べないことを謝ればいい。
今日は約束通り愛にお好み焼きを作ることにしよう。
お好み焼きを食べたら僕、愛、純でプールに行こう。
百合な妄想を口にしそうになるのは我慢すればいいだけ。
「らぶちゃん、今日は2人でプールに行こう」
口を開こうとして、純の言葉で遮られた。
もう1度、口にしようとしたけど純が僕の手を摑んで外に連れ出される。
混乱している間に、純の部屋に着き純は僕から手を放した。
「こうちゃん無理して私達といなくていい」
「……無理なんて」
「こうちゃんは無理してる」
「……」
図星を突かれて何も言い返せない。
「僕はじゅんちゃんとらぶちゃんに言えないことがある」
時間が経って心が少し落ち着いて、「分かった」と口にしようとした。
だけど、口から出たのは違う言葉だった。
「……それを言ったら絶対にじゅんちゃんとらぶちゃんに嫌われるから口にできないし、その隠し事の所為で2人と一緒にいることが辛くなっている」
口にして何が言いたいのか分からなくなってきた。
でも、何か言わないと純に嫌われてしまう。
それは、嫌だ!
大好きな純に嫌われるぐらいなら本当のことを全部話してしまえばいい…………。
「じゅんちゃん……僕はじゅんちゃんがらぶちゃんに」
「大丈夫だから無理して言わなくていい!」
力強い声を出した純は白い歯を見せて笑った。
「どんな隠し事があっても、私とらぶちゃんはこうちゃんのこと大好き。だから、こうちゃんが言いたくないなら言わなくていい」
我慢していた涙が目から零れた。
「……本当に?」
弱々しい声が漏れる。
「本当だよ。だから、らぶちゃんのことは任せて。ご飯だって私が作るのは難しいから、らぶちゃんの家で食べさせてもらう。朝だって頑張って起きる」
無性に純に甘えたくなる。
これ以上純に迷惑をかけるわけにはいかない……大きくて温かい感触が僕を包む。
「大丈夫。こうちゃんは私達のためにたくさん頑張ってくれたから、休んでもいい」
「……ありがとう」
純と愛を見ても、百合的妄想を言わずに制御できるまで2人から離れることにした。
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