28話目 家庭科部

 4時間目が終わり、身構える。


 休み時間は10分しかないから、愛と純が同時にいても耐えられる。


 昼休みは休み時間の5倍ある。


 正直、百合な妄想を口にする自信しかない。



『じゅんちゃん! らぶを食べて!』

『らぶちゃんの弁当食べてるよ。美味しいよ』

『そうじゃなくて! そうじゃなくてね! らぶを食べてほしいよ!』

『意味が分から……』

『チュッ! じゅんちゃんが食べるのが遅いよ! らぶがじゅんちゃんを食べちゃったよ!』

『……美味しかったから……もう1回食べてほしい』



 なんてね、なんてね。


 はっ⁉


 いつの間にか妄想していた。


「何をもう1回食べてほしいの?」


 いつの間にか、隣に愛がいて質問してきた。


 どうやら妄想を口にしていたらしい。


 狼狽し過ぎて、椅子から落ちそうになる。


「……この前僕が作ったお好み焼きをらぶちゃんが美味しそうに食べていたから、もう1回食べてほしいなって思っていたんだよ」

「作ってくれるの! 今度の休みの日に作って!」

「いいよ」

「やったー! 絶対だよ! 絶対の約束だよ! 嘘吐いたらハリセン棒飲んでね!」

「うん。嘘吐いたら針千本飲むよ」


 どこまで妄想を口にしていたのか聞きたいけど、藪蛇になってはいけないから聞かずに誤魔化した。


「こうちゃん! 屋上行くよ!」


 純と繋いでいない手で愛は僕の手を握ろうとする。


「ごめん。今日家庭科部の部員達で親交を深めるために弁当を一緒に食べる約束をしていたのを忘れてたよ。今日はじゅんちゃんと2人で食べて」


 愛は行き場を失った手をそっと下した。


 1時間目の休み時間に愛と純に家庭科部に入っていることを話した。


 その時に何でそのことを言ってくれなかったのかと聞かれたらどうしようと思った。


「分かったよ!」

「じゅんちゃん、弁当持っていって」

「おう。ありがとう」


 愛に引っ張られて部屋を出て行く前の純が少し寂しそうな顔をしていて気になった。


 ……愛に咄嗟の嘘を吐いてしまった。


 実際に家庭科部の部員達と弁当を食べて、嘘を現実にすればいい。


 気持ちを切り替えて前髪で顔が隠れている女子を探すことにした。


 弁当を持って今までに前髪で顔が隠れた女子と会った、靴箱、屋上の入り口を回ったけどいなかった。


 前髪で顔が隠れている女子のことを知っているのは……家庭科部員という情報だけ。


 職員室で先生に家庭科部が活動している場所を聞いてそこに向かう。


 調理実習室に着き、ドアをノックする。


 しばらく待っても返事がない。


 何度かノックしても反応がない。


 他の場所を探そうと歩き始めると服を引っぱられる感覚がした。


 後ろを振り向くと顔が前髪で隠れている女子が制服の裾をつまんでいた。


「……何かようですか?」

「聞こえなかったから、もう1回言ってもらっていい?」


 顔が前髪で隠れている女子に顔を近づける。


「……何かようですか?」

「家庭科部に入ったから、家庭科部員と親交を深めるためにお昼を一緒にしたくてきたんだけど」

「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」


 奇妙な声を上げながら顔が前髪で隠れている女子は僕の服を引っ張って教室の中に入る。


 教室の中はたくさんの調理器具と大きい冷蔵庫が目に入って、テンションが少し上がる。


 机の前で立ち止まった顔が前髪で隠れている女子は僕の服から手を放して、机の前にある椅子を指さした。


「座ったらいい?」

「……」


 頷いたから、椅子に座ると女子は対面の席に座る。


 弁当箱を開いて食べ始める。


「他の部員は一緒に食べないの?」


 顔が前髪で隠れている女子は箸を止めて、僕に視線を向ける。


「……部員はわたしだけです」


 聞き返さずに、顔が前髪で隠れている女子の隣に移動して耳を傾ける。


「……部員はわたしだけです」


 今度は聞こえた。


 顔が前髪で隠れている女子だけなら男子に苛つくことも、女子同士の絡みで百合的なことを想像することもない。


 家庭科部なら心を休めることができるな。


 黙って食事をしているとチャイムが鳴る。


 完食した弁当を持って立ち上がる時に、女子が口をパクパクさせていたから耳を近づける。


「……あなたと一緒に食事ができて楽しかったです」

「僕も楽しいっていうか、落ち着いて食事ができたよ。ありがとう」

「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」


 前髪が隠れて顔は見えないけど、声音で照れていることが分かって少し頭を撫でたい気持ちになった。



★★★



 初めての部活動が始まる。


 家庭科部で主な活動は調理実習室で料理をすること。


「すごく、すごく、似合ってます! 似合ってますよ‼」


 なぜか僕は顔が前髪で隠れている女子にエプロンを着せられていた。


 前髪で顔が隠れている女子は、はっきりとした大きな声で言っているのに早口過ぎて聞き取れない。


「世界一エプロンが似合いますよ! すごくいいです!」


 今来ているエプロンは白色の肩や裾にフリルが付いていて、メイドが来ていそうなエプロンで恥ずかしい。


 中性的な顔ではない、どこにでもいそうなモブのような顔をしている僕には絶対に似合わない。


 自分自身であっても、男子が可愛いものを着ているっていう事実だけでストレスになるな。


「似合ってないよ」


 首を左右に振る前髪で顔が隠れている女子。


「いいえ、似合ってますよ! すごく似合ってますよ! とても可愛いです! なので、次はこのエプロン着てみましょうか? お願いだから着てください! お願いします!」


 黒色のフリルがたくさんついているエプロンを渡してくるけど受け取らない。


「1着しか着ないって約束したよね」


「お願いします! お願いします! お願いします! お願いします! お願いします! お願いします!」


 執念が凄すぎる……仕方ない、着るか。


「黒もいいですね! スタイリッシュなのに、フリルがついているので可愛さもあります!」


 今の姿を愛や純には絶対に見せたくない。


「次は、落ち着きのある水色も良いですが、情熱的な赤もいいですよ!」

「料理しなくていいの?」

「選択肢が多過ぎて、どれにすればいいか迷います!」

「そろそろ料理しようよ!」

「……はい」


 少し強めに言うと、前髪で顔が隠れている女子は急に声のボリュームとテンションが下がる。


 顔が前髪で隠れている女子はいつもの席に座ったから、その隣に座る。


「今日は何を作るの?」

「…………名前を教えてほしいです」


 そう言えば、互いの名前を知らなかった。


「1年2組の百合中幸。得意な料理は特にないけど、小学生の頃から作っているから大体のものは作れるよ」

「……わたしは2年1組、音倉剣です」


 愛ほどではないけど身長が低かったので、勝手に1年だと思っていた。


 よくよく考えてみれば、新学期が始まって間もない頃に勧誘活動をしていたのだから、2、3年のどちらかだよな。


「敬語使った方がいいですか?」

「……親しい感じがするから今のままでいいです」

「親しい感じか……それなら剣って呼んでいいかな?」

「…………………………」

「駄目なら音倉って呼ぶけど」

「…………剣でいいです」


 集中しても、耳を近づけても聞こえなかったので、聞き直そうとした。


「剣がいいです」


 はっきりと言う剣。


「僕のことは、幸って呼んで」

「……こぅ……こぅ……こぅ」

「聞こえないからもう1回」


 剣は今日1日では確実に名前を呼ぶことができないと察した。


 でも、エプロンを着せられて辱められた鬱憤を晴らすために少し意地悪をする。


「…………こ、ぅ…………恥ずかし過ぎて呼べないので百合中君でいいですか?」


 体と声を震わせる剣を見ていると、開かなくていい扉を開きそうになるのを我慢して頷く。


「今日は何の料理作るの?」

「……何がいいと思いますか?」

「ホットケーキとか、剣は好きかな?」

「好きです! カワイイから大好きです!」


 また早口になっていたから、聞き直し剣が言っていることが分かった。


 料理を可愛いという視点で見たことが今までない。


 人間関係を広げると新しい発見ができて面白いな。


 ホットケーキの材料は調理実習室に揃っていたから調理を開始する。


「……卵が……上手く割ることが……殻まで入りました。……どうしたらいいか分からないです……牛乳入れ過ぎました……全然固まらないです……」


 最初から最後までおろおろした剣が卵の殻入りの牛乳スープみたいなものを作る。


 それをお皿に入れて食べようとしたので止める。


 食べ物を粗末にすることはよくないけど、無理して食べてお腹を壊すのはもっとよくない。


 牛乳スープを流し場に持って行ってざるの中に流し、残った卵の殻の破片は生ゴミ用のゴミ袋に捨てた。


 家庭科部に入っているから、剣が料理上手いと勝手に思っていたけどそうではなかった。


 ホットケーキの作り方を説明すると剣は何度も頷きながら聞く。


「料理は慣れだから、ゆっくりと作ればいいよ」

「……分かりました。頑張ります」


 余計に肩に力が入っている気がする。


 剣はもう1度作り直して、少し焦げたホットケーキができた。


「初めてわたしが作って美味しそうなのができました。ありがとうございます」


 少し焦げたホットケーキを2人で食べて、味はそこそこ美味しかった。


 甘いものを食べたおかげか、いい案が浮かぶ。


「明日の土曜日暇?」

「…………………………………………?」


 剣にそう言うと、数分フリーズしてからゆっくりと頷いて「カッカッカッカッカッカッカッ」と声を上げる。


 その声が笑い声だとなんとなく分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る