27話目 家庭科部入部

 朝いつも通りに食事をして、いつも通りに弁当を作り、いつも通りに掃除をして、今愛の家に向かおうとしている。


 自宅の玄関の前で立ち止まり、ドアに手を掛けて固まってしまう。


 愛に会うと思うだけで、愛と純がキスをしている所が頭に浮かび心臓が破裂しそうで外に出ることができない。


 昨日は2人を見ても全然平気だったのに……。


 スマホで時間を確認すると、7時10分と表示されていた。


 ここに来たのが7時前だったから、10分以上は経っている。


 早く行かないと、この前僕が寝坊した時みたいに愛が迎えにきてしまう。


 早く、早く、開けろと、心の中で叫んでも体が動いてくれない。


 愛の家に行って、愛に「純ちゃんとキスしてほしい!」と絶対に妄想を漏らしそうで怖くてこの扉を開く勇気がない。


 今も頭の中では愛と純がキスをしている。


 その妄想を男子の裸で塗り替えることができない。


 学校を休むと、確実に心配した愛と純が昨日のように看病にくる。


 密室で、3人だけになるのは尚更駄目。


 目に映るのが愛と純だけになると、理性なんて役に立たなくなる。


 耐えるしかない。


 そう決心していつもよりかなり重たい扉をゆっくりと開けて外に出た。


 愛の家の玄関に着き少し大きめな声で言う。


「らぶちゃん、今日も少し体調が悪いから飛び込んでこないでね」

「分かった!」


 朝迎えにくると毎回飛び込んでくるけど、こうすれば大丈夫。


 扉を開こうとすると、勝手に扉が開いて愛ができてきた。


「おはよう! こうちゃん!」

「おはよう」

「体調が悪いんだったら、お姉さんのらぶにたくさん甘えていいからね!」


 なら、純とキスをしてほしいと言いそうになって自分の唇を容赦なく噛んで、口を手で隠す。


 思った以上に強く噛んでしまったのでかなり痛いし、唇から血が出てきている。


「どうしたの?」

「何でもないよ」


 唇の痛みを我慢しながらそう答え、2人でリビングに向かった。


 リビングに入ると、琴絵さんと利一さんがいて、その2人はキスをしていた。


 軽いキスではなく、舌と舌を出して絡ましているキス。


「…………」


 普段の愛だったら、キスを見て「エッチだよ!」と言っている。


 でも、目の前で行われているキスが刺激が強過ぎて何も言えずに固まっている。


 僕も愛と同じで動けなくなっていた。


 目の前の大人なキスを愛と純に入れ替えて妄想するのに忙しくて。


 再び唇を噛んで口を手で隠す。


「幸君、おはよう!」


 僕達に気付いた琴絵さんは何事もなかったように利一さんから離れて挨拶してきた。


 利一さんは少し気まずそうに目を逸らす。


「キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ」


 フリーズしていた愛は奇声を上げ始めた。


 たぶん、「キスはえっちだよ! だからしないで!」と言いたいのだろう。


 琴絵さんも愛の言いたいことが分かっていてニヤニヤしている。


「幸くんごめんね。騒がしくて」


 苦笑いをしながら利一さんは少し頭を下げて、僕に謝ってきた。


 平気なことを利一さんに伝えて、愛の方に向く。


「らぶちゃん、忘れ物したから取りに行ってくるね」


 琴絵さんに怒っている愛には聞こえていないけどすぐに戻って来るから大丈夫かな。


 早足で自宅に戻ってトイレに入り、腕に口を押し付けて。


「らぶちゃんとじゅんちゃんのキスが見たい――――――――――――――――‼」


 と叫ぶ。


 何度か叫ぶと思った以上にすっきりして、妄想を抑えれそうだったので愛の家に行く。


 玄関で膨れっ面の愛が靴を履いている最中だった。


「こうちゃん行くよ!」


 靴先をトントンしてから、僕の手を摑んで外に向かって歩き始める。


「いってらっしゃい」

「エッチなことをするママなんて知らない!」


 リビングから顔だけ出してそう言う琴絵さんに、愛は叫ぶ。


 純の部屋に着き、愛が純の上に乗ろうとしたので、先に純の所に行き強めに揺する。


「じゅんちゃん起きるよ!」


 不安定な今の状態に、ベッドで純の上に愛が乗っている姿なんて見たら……正気を保てる自信はない。


 必死に揺すっていると純は起きてくれた。


「らぶがじゅんちゃん起こすんだよ!」

「ごめん。次からはらぶちゃんが起こしてね」


 抗議してくる愛を抱えて1階に下りた。


 愛に怒られながら待っていると純がリビングにやってきたので登校する。



★★★



 どうにか自分の妄想を口にせずに学校に着いた。


 ちょっと突かれたら口から妄想が出そう。


「あの」


 靴を履き替えて立ち上がろうとしている時に、横から声が聞こえてきた。


 視線をそちらに向けると前髪で顔が隠れている女子がいた。


 この女子を前に屋上で見たことがあった。


「……家庭科部に入って」

「幽霊がいるよ!」


 女子に気付いた愛が叫び声を上げ、周りにいた全生徒がこちらを見る。


 前髪で顔が隠れている女子は階段の方に向かって走る。


「さっきの女子に用事があるから、らぶちゃんとじゅんちゃんは先に行ってて」


 いつもより学校に着くのが早いから、愛と純は僕の教室で朝のホームルームが始まるまでいる。


 その時間を少しでも短くしたい。


 前髪で顔が隠れている女子を追いかけることにした。


「こうちゃん! おばけに呪われないでね!」


 愛の言葉を背に階段を上る。


 前髪で顔が隠れている女子の姿が見えないから、とりあえず屋上に行ってみる。


 屋上のドアを開くと、前髪で顔が隠れている女子は目前にいた。


「……家庭科部に入ってほしいです」


 今まで聞いた中では大きい声でなんとか何を言ったのか分かった。


 毎日料理を作っていると献立に困ってしまう時があるから、家庭科部に入れば料理のことを聞くことができる。


 でも、放課後毎日部活をするとなったら、純と一緒にいる時間が減ってしまう。

断ろうと口を開こうとして……思いつく。


 今僕は愛と純のどちらか1人でも近くにいれば、妄想が膨れ上がってそれを言葉にしてしまいそうになる。


 だから、それの対策できる時間がほしい。


「いいよ。家庭科部に入るよ」


 そう言うと。


「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」


 前髪で顔が隠れている女子は不気味な声を上げだす。


 家庭科部に入ると言ったことを少し後悔した。

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