26話目 幼馴染達の看病

 重たい瞼をゆっくりと開けると、見慣れた自室の天井が映る。


 上半身を起こして周りを見渡すと誰もいない。


 純の性格なら学校より僕を優先しそうだけど、琴絵さんから学校へ行くように言われたのだろう。


 枕元に小さめなメモ用紙が置かれていたので目を通す。



『お腹が空いたらランイしてね。おかゆを作りにいくので。琴絵』



 額に手を当てると、冷えペタンが張られていた。


 たぶん、琴絵さんが張ってくれた。


 まだ、熱があるのか視界がぼんやりとする。



『ランイ』



 再びベッドに横になるとスマホが鳴る。


 純や愛からかもしれない。


 立ち上がり、ベッドの周辺や机の上を見るけどスマホがない。


 どこにスマホを置いたのか考え、制服のズボンに入れたことを思い出す。


 制服一式はベッドの近くに綺麗に畳まれていた。


 ズボンの中からスマホを取り出して見る。



『琴絵さんから幸ちゃんが熱を出したと聞いたけど、大丈夫? 無理そうだったら今からでも帰ろうか?』



 送り主は愛と純からではなく、母親からだった。


 愛と純、それに琴絵さんがいるから大丈夫と送ると、『無理しなくていいからね』と返事がきた。


 その返事にありがとうと送ってベッドに転がる。



『無理しなくていいからね』



 母親の言う通り、無理してきたのかもしれない。


 愛と純のキスを見てから、2人の百合な妄想をして口から漏れそうになる。


 苦手な男子のことを想像するようにして心を萎えさせて自分を制御した。


 それがストレスになって、吐いたり眩暈がするようになった。


 体が弱っているから風邪を引いたのかもしれないな。


 たくさん寝て治して、早く愛と純に会いたい。


 目を瞑ろうとしていると、階段を上る足音が聞こえてきたから目を開ける。


 スマホを見た時はまだ昼前の時間。


 琴絵さんが様子を見に来てくれたんだなと思ったけど、足音が2人分聞こえてくる。


 ドタドタと落ち着きのない足音を聞いて、誰がきたのか分かった。


「こうちゃん! 起きてる!」


 勢いよくドアが開いて、予想通り愛と純がいた。


「起きてるよ」


 愛はベッドに乗り、僕の額に手を当てる。


「熱いよ! こうちゃん大丈夫?」

「平気だよ」

「よかった! 食欲はある?」

「あるよ」

「今からおかゆ作ってくれるね!」


 愛は部屋から出て行った。


 立ったままの純はベッドの近くに腰を下ろし、ベッドに凭れる。


「大きい病気とか隠してない?」


 純は顔だけこちらに向ける。


 語気が強くなったのは、僕のことを心配しているからだろう。


「隠してないよ」

「本当?」


 鋭い純の視線に笑顔で言う。


「本当に体は元気だよ! 悪い所は1つもない!」

「なら、何で最近体調悪そうだったの?」

「高校生になって環境が変わったから色々と気を遣って疲れていたんだと思う」

「それならいいけど……困ったことがあったらすぐに言って」

「うん。ありがとう、じゅんちゃん」


 心配してくれるのが嬉しくて、純の頭を撫でる。


「こうちゃんできたよ!」


 淡いピンク色のミトンをした愛は両手で小さな鍋を持って部屋に入ってきた。


 その鍋を机の上に置いた。


 起き上がり机の前に座る。


 愛が鍋を開けると、湯気が立ち上ってきて美味しそうな匂いがしてきた。


 そう言えば、愛が作った料理を食べるのは久しぶり。


「お皿とスプーンを忘れたよ! 取りに行ってくるね!」


 慌ただしく部屋を出て行く愛。


 純が僕の隣にきてお粥に顔を近づける。


「匂いは大丈夫だけど、食べてみないと分からない」

「何が分からないの?」

「この料理が辛いかどうか。こうちゃんは体調が悪いから刺激物を食べない方がいいから確かめていた。指でお粥をつついて味見してもいい?」


 純の優しさが嬉しくて頭を撫でていると、愛が皿を持って戻ってきた。


 注いでくれた皿を受け取り、固唾を飲んでいる純に見守られながら、おずおずとおかゆを口に入れる。


 塩だけで味付けされていてシンプルな味付けなのに、今まで食べてきたおかゆの中で1番美味しくと感じた。


「こうちゃん美味しい?」

「うん、美味しいよ」


 愛にそう答えると、純が安心したように頬を緩ました。


「いっぱい食べて、たくさん汗かいてね! 汗をたくさんかいたら熱も早く下がるんだっておかゆを一緒に作ってくれたママが言ってたよ!」


 琴絵さんがいたから辛くなかったんだな。


 鍋にあった1人前を全て完食した。


 最近ろくに食べていなかったから、満腹感がすごく眠たくなってきた。


「汗をかいたら次は着替えないとね!」


 愛は僕のパジャマのチャックを摑む。


 少しずつチャックを下ろし、パンツが見えそうになる。


「ちょっと待て!」


 そう言ったのは脱がされている僕ではなく、目を逸らしながら耳を赤くしている純。


「らぶちゃん、男子の服を脱がしたら駄目!」

「うん、知ってるよ!」


 チャックを下ろし終えて、パンツが丸見えになっている。


「全然私の言っていることが分かってない!」


 純は僕の方を一瞥しながら、大きな声を出す。


「らぶちゃんいい? 男子の下着を見るのはエッチだよ!」

「うん! 知ってるよ!」

「……」


 愛に元気よく答えられて純は黙る。


 会話に集中して手が止まっている。


 今のうちに服を脱いで、着替えの服を押し入れから出す。


「ちゃんと汗拭かないと熱下がらないよ」


 新しい着ぐるみパジャマを愛に取り上げられる。


「タオル取ってくるからこうちゃんは寝ててね!」


 パンツ姿の僕と、真っ赤になった耳を手で押さえて僕の方をちらちらと見てくる純を残して愛は部屋を出て行く。


「……」

「……」


 今の純を変に刺激しない方がいいな。


 愛が戻ってくるまで黙っていることにした。


「こうちゃん! らぶがこうちゃんの体を拭くよ!」

「うん。ありがとう」


 戻ってきた愛に体を拭いてもらう。


 体がすっきりして、新しいパジャマに着替えた。


 純は愛の目の前で正座する。


「らぶちゃん、いい?」


 純は重々しい雰囲気を醸し出す。


「いいよ!」

「らぶちゃんはエッチなのが苦手?」

「うん、苦手だよ!」

「なら、こうちゃんの下着を見るのはエッチじゃない?」

「エッチじゃないよ! こうちゃんはこうちゃんだからエッチじゃないよ!」

「こうちゃんも男子だから、女子のらぶちゃんがこうちゃんの下着を見るのはエッチになる」

「違うよ! こうちゃんはこうちゃんだから大丈夫だよ!」

「……」


 困った顔で純が僕のことを見る。


 愛の気持ちの方が分かるから、純のことをフォローしにくい。


 でも、純が言っていることの方が世間一般的。


 高校生になれば異性を意識し始めて、会話すら恥ずかしくなるらしい。


 幼馴染と言っても男女の距離感は大切にした方がいい。


 愛にそのことについて話す。


「らぶちゃんはお姉さんになりたいんだよね?」

「うん、なりたい!」

「だったら、距離感を大事にしないといけないよ」

「ちょりかん?」


 愛は首を傾げる。


「そうだよ。距離感だよ。らぶちゃんは僕に頭を撫でられることを嫌がっているよね。それはどうして?」

「お姉さんは頭を撫でられないよ! 撫でる方だよ!」

「そうだね。お姉さん、つまり大人だから撫でられるのが嫌なんだよね?」

「そうだよ! らぶはもう大人だよ!」


 胸を軽く叩いてドヤ顔をする愛。


「大人は、幼馴染だとしても同性と一緒に着替えたりしないよ」

「どうして?」


 純が僕の下着を見て恥ずかしいと感じた気持ちを、僕に置き換えて言う。


「僕が大人のらぶちゃんに下着を見られるのが恥ずかしいからだよ」

「そっか! 分かった! らぶは大人だから、こうちゃんの下着を見ないようにするよ!」


 高熱で鈍った頭で考えたにしてはうまく説明できた。

 安心したら、我慢できないほどの睡魔に襲われ、近くのベッドに向かい飛び込む。


「ママが今日晩飯作ってくれるって言ってたけど、こうちゃんは食べたいものある?」


 愛の声が聞こえるけど、眠さのあまり返事することはできなかった。

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