24話目 幼馴染達がキス

 人間というのは不思議なものだと思った。


 あれだけ男子のことを想像したら吐いていたのに、月曜辺りから汗臭そうな男子の裸を想像しても吐くことが我慢できる。


 水曜の今は全く吐きそうにない。


 しかも、愛と純の妄想を抑えることができなくなったわけでもない。


 うまく言えないけど、男子のことを想像すると無になる感じ。


 心置きなく愛と純と一緒にいることができる。


 昼休みになると、愛が1人で教室に入ってきたから不思議に思い訊く。


「じゅんちゃんは一緒じゃないの?」

「教室に行っても、じゅんちゃんいなかったよ!」

「そう言えばじゅんちゃんのクラスはさっきまで体育の時間だったね。授業が終わって今教室に向かっているんじゃない」

「じゅんちゃんをお迎えに行こう!」

「そうだね。行こう」


 2人で教室を出て廊下を少し歩いた所で、純が歩いてくるのが分かった。


「じゅんちゃん! 一緒にご飯食べようよ!」


 愛は純に向かって大きな声を出しながら片手を振る。


 純は小さく片手を振り返した。


 傍に行き愛が純の手を握ろうとすると、後ろにいた女子5人が僕達の前に出てきて横に並びバリケードを作る。


 目力の強い女子は愛に近づく。


「王子様はみんなの王子様だから、気軽に触れようとするのはやめてほしいですわ!」


 敵意を持った視線で目力の強い女子は愛を見ている。


 愛は全く怯むことなく笑む。


「名前教えて!」

「何であなたに教えないといけないのですか?」

「らぶの名前は矢追愛って言うんだよ!」

「……わたくしの名前は鳳凰院ですわ」

「下の名前教えて!」

「…………麗華ですわ」

「麗華! じゅんちゃんの手は大きくて温かくて、触ると心がポカポカするんだよ! だから、麗華もじゅんちゃんの手を触ってみるといいよ!」

「いきなり呼び捨て……それはいいとして、王子様の手を気軽に触れません!」


 愛は目力の強い女子の手を摑み、純の前に差し出す。


「じゅんちゃん! 麗華の手を触って!」

「おう」


 純は目力の強い女子の手を優しく握った。


「はぁう~~~」


 甲高い声を出しながら、尻餅をつく目力の強い女子。


「王子様の手が! 王子様の手が! 王子様の手が!」


 純が手を離すと目力の強い女子はそう何度も同じことを繰り返しながら自分の手を見つめている。


「次はわたしが王子様と手を繋ぎたいです!」

「ずるいですわ! わたしも!」

「王子様! 王子様!」


 女子達が純に向かって手を差し出した。


 純は嫌々ながらも全ての女子と手を繋ぐ。


 正気に戻った目力の強い女子は立ち上がり、純の手を握っていない手を愛に差し出す。


「あなた、いえ矢追さんのことを勘違いしていましたの。矢追さんは凄くいい人ですわね」


 その手を愛は両手で握る。


「ありがとう! 麗華仲良くしよう!」

「はい、よろしくお願いしますわ」

「やったー! ありがとう!」


 微笑みあう2人だったけど。


「じゅんちゃんの手を触るのも気持ちいいけど、背中はもっとすべすべして気持ちよかったよ!」


 その言葉に頬を引き攣らせる目力の強い女子。


「……なんで矢追さんがそんなこと知っているのですか?」

「この前じゅんちゃんと一緒にお風呂に入って背中に触ったからだよ!」


 聞いた瞬間、目力の強い女子は愛を睨みつける。


「あなたとは友達にはなれそうにはありません! あなたは敵ですわ! わたくしの方が王子様と仲良くなりますから!」


 そう言い残して去る。


 女子達は目力の強い女子の後を追う。


「麗華はどっちがじゅんちゃんとより仲良くなれるか勝負したいんだね! らぶも負けないよ!」


 僕達から少し離れてから勢いよく純に向かって跳んでお腹に抱きつく。


「じゅんちゃん! 好きだよ! 大好きだよ! うりうり! うりうりうりうり!」

「…………私も…………らぶちゃん…………好き…………」


 純の細い腰に手を回して何度も頬擦りする愛と、耳を真っ赤にしてその耳を押さえる純。


 今の2人を見て、百合の妄想をしない僕を褒めてあげたい。



★★★



 屋上で弁当を食べているとチャイムが鳴る。


 僕達は急いで片付けして教室に戻る。


「らぶちゃん走ったら危ないよ」

「大丈夫だよ! らぶはお姉さんだからこけないよ!」

「お姉さんだったら階段は走らないよ」

「こうちゃんの言う通りだよ! らぶはお姉さんだからある、く⁉」


 急に立ち止まった愛は勢いを殺せずに、階段を踏み外し倒れていく。


 純が前を歩いているけど、愛が落ちていることに気が付いていない。


「じゅん、らぶをキャッチして‼」


 そう叫ぶと、純は僕達の方に振り向いた……構える前に愛が純に突っ込む。


「らぶちゃん、こうちゃん大丈夫?」


 すごい音をして落ちていった。


 急いで2人の所に向かう。


 …………………。


 息をすることすら忘れて、目の前の光景に見入ってしまう。


 目の前では頬チュウなんて可愛らしいものではなく……愛の唇と……純の唇が……重なっていた。


 これは見たかった‼


 これが見たかった‼


 これこそ見たかった‼


 尊ぃ~~~~~~マジで尊ぃ~~~~~~萌ぇ~~~~~~~~~~~~~~~‼


 叫びそうになって……唇を強く噛み、汗臭そうな男子の想像をするけど、叫びたい気持ちが抑えられない。


 こんなことをしている場合ではないのに、もう、叫ぶ方がいいと思ってしまう。


 僕の妄想を全て吐露してしまえば、すっきりして冷静になれる気がしてきた。


 叫ぼうと思った時に眩暈がする。


 足に力が入らなくて、床が近づいてきたと思ったら体が痛い。


 最近あまり寝てないことを思い出し瞼が重たくなってきた。


「こうちゃん! 大丈夫? 返事して! 返事してよ‼ じゅんちゃん‼ こうちゃんが大変だよ‼ ……どうしたら、いい、の……?」


 愛の泣き声が、聞こえてくる…………。




 目を開けると知らない天井。


 重みを感じる腹部を見ると、目を腫らして寝ている愛を見て現状を把握する。


 倒れた僕を誰かがここまで運んできてくれたんだな。


 カーテンで仕切られている隣のベッドを覗いてみる。


 純は愛を抱えたまま後ろに倒れたから、軽い怪我ではすんでいないだろう。


 だから、隣で寝ていると思ったけど、純はそこにはいなかった。


 もしかして、病院に運ばれたのかと想像して血の気が引く。


 寝ている愛を起こそうとした所でカーテンが開き、純が入ってきた。


 顔を見て安心した僕は純の体調を訊こうと口を開こうとしたけどできなかった。


 なぜなら、純が涙を流しながら僕に抱きついてきたから。


 純が隠さずに泣いていることに驚いて声が出ない。


「こうちゃん……無事で……よかった……本当に……よかった……」


 抱き着く力が少し強くて痛かったけど、言葉に出さずに黙る。


「……こうちゃん」


 愛が体を起こすと、純は慌てて僕から離れる。


「こうちゃん体は痛くない‼ 大丈夫⁉ こうちゃん死なない‼」


 体をぺたぺたと触りながら、愛が聞いてくる。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう!」

「よかったよ~! 本当によかつたよ~!」


 叫びながら泣き出した愛の頭を撫でる。


 何度もありがとうと繰り返した。


「今いいかな?」


 保健室の先生の声が聞こえてきたから大丈夫だと答えると、先生は僕が寝ているベッドの近くにきた。


「体調の方は平気?」

「はい。大丈夫です」

「それは、よかったわ。ずっと、矢追さんと小泉さんが心配していたから」

「じゅんちゃん、小泉さんの体調は大丈夫なんですか? 頭から落ちたので心配です」

「小泉さんは大丈夫よ」


 その言葉に安心する。


「先生! らぶ達は教室に帰っていい?」

「矢追さんと小泉さんは帰ってもいいわよ。百合中君はもう少し寝ていた方がいいわね」

「分かった! こうちゃん! また後からお見舞いにくるからいい子で寝てるんだよ!」

「私も後でくる」

「らぶちゃんもじゅんちゃんもありがとう」


 保健室の先生は愛と純がいなくなって言う。


「何か悩み事でもあるのかな?」

「ありませんよ」

「本当に?」

「本当です」


 幼馴染達で百合な妄想して、それを口に出さないように我慢しているなんて言えない。


 そう誤魔化すと、「何かあったら相談にきなさい」と言ってカーテンを閉めた。


 ……愛と純のキスを見てしまった。


 僕はこれからどうなるのだろうか?


 心の底から見たかったものを見られたから満足して、妄想が口から出そうにならなくなったのか。


 それともそれ以上のものをみたいと思って、妄想が口から出やすくなったのか。


 考えても考えても答えが出ない。


 目を瞑って現実逃避をする。

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