18話目 幼馴染達に百合秘策

 1時間目の授業をする先生が病欠で、自習時間になる。


「百合中くん今いいかな?」

「百合中君勉強してるから、邪魔をしたら駄目だよ」


 予習、復習でもするかと思い教科書を開いていると茶髪の女子と、眼鏡をした女子が話しかけてきた。


「いいよ」

「百合中くんって付き合っている人いるの?」

「いないよ」

「好きな人とかいるの? いるとしたらどんな人がタイプなの?」


 茶髪女子の手を握り自分の方に引き寄せる眼鏡女子。


「百合中君に何聞いてるの?」

「駄目だった?」

「駄目……じゃないけど、心の準備がいるでしょ! もし、百合中君に好きな人がいたら……私……」

「大丈夫だって。もし、いたとしても恋ならいけるって。逆に平凡で特徴のない百合中くんには恋はもったいないぐらいだよ」

「百合中君はいい人だよ。例えば」

「その話長くなるの知ってるから、今度でいいよ。今は百合中に好きな人が誰なのか聞こう」

「……うん」


 声が小さくて何を話していたのか分からないけど、女子同士のイチャイチャを見るのは悪くない。


 話が終わったのか、2人は僕と向き合う。


「それで、好きな人はいるの?」


 再び茶髪女子に聞かれたので考える。


 流れ的に恋愛として好きな人はいるのかということだろう。


「いないよ」

「本当に? いつも一緒にいる可愛くて保護したくなる矢追さんや格好よくて女子にモテル小泉さんのことは好きじゃないの?」

「恋愛として好きかどうか聞いているんだよね?」

「そうよ」

「らぶちゃんとじゅんちゃんに向ける好きは家族に向けるような好きだから、2人と恋愛的な意味で好きはないよ」


 真面目な顔で僕達の会話を聞いていた眼鏡女子は安心するように溜息をする。


「何はなしているんだ? 俺達も仲間に入れてくれよ!」

「そうだ、そうだ! やることがなくて暇で暇でしょうがないから相手して!」


 男子2人が話に入ってきた。


 話している途中で割り込んでくるなよと少し苛つく。


 それから、5人で最近人気の動画の話をしていると休み時間になる。


 茶髪女子が会話している男子2人の手を摑む。


「喉渇いたから飲み物買いに行こう」


 男子2人は即答で肯定すると、茶髪女子は手を摑んだまま教室を出て行く。


 取り残された眼鏡女子に話しかける。


「行かなくていいの?」

「……カワウソの動画の話をしていたら見たくなったから、一緒に見てもらっていい?」

「らぶちゃんとじゅんちゃんがくるまでいいならいいよ」

「……うん。それでいいよ」

「どっちのスマホで見る?」

「百合中君さえよければ、百合中君のスマホで見たいな」

「いいよ」


 鞄に入れているスマホを取り出してカワウソの動画を検索すると、結構な数があった。


「どれを見たい?」

「百合中君が見たいのでいいよ」

「分かった。適当に選ぶよ」

「うん。……百合中君良かったらランイのID教え」

「こうちゃん! らぶとじゅんちゃんがきたよ!」


 眼鏡女子の小さな声が愛の元気な声で掻き消された。


 教室の出入口を見ると、愛が純を引っ張りながら僕の方にきている。


 2人が手を繋いでいるのを見て、興奮しそうになるが必死に我慢する。


「こうちゃん何見てるの?」

「……今から、カワウソの動画を見る所だよ」


 動揺を隠しつつ愛に返事するけど、どうしても愛と純が繋いでいる手から目が離せない。


 無理矢理視線を逸らして、眼鏡女子に視線を戻すとそこにはいなかった。


 愛は僕のスマホを覗く。


「これ見たい!」


 愛が風呂に入っているカワウソの動画を指す。


「いいよ。じゅんちゃんもこれでいい?」

「おう。いい」


 近くの席から愛と純は椅子を借りて、僕を挟むように座ってから再生する。


「カワウソかわいいね! こうちゃんはカワウソ好きなの?」

「初めて見たけど、可愛いから好きになったよ」

「1番好きなのは何?」

「1番は犬と猫だよ」


 愛は犬に、純が猫に似ているから。


「らぶの1番は狐と猫だよ! 狐はこうちゃんに、猫はじゅんちゃんに似てるからだよ! じゅんちゃんの1番好きな動物は何?」

「狐と犬が好きだよ……らぶちゃんと同じ理由」


 後半に連れて純の耳が赤くなっていくのは照れている。


「俺も混ぜてもらっていいか?」


 話したことのない男子が僕に問いかけてきて、その瞬間心が萎える。


 さっきまでの興奮が全くなく、男子に対しての苛つきしかない。


「おい、無視するなよ」

「……」

「やっぱりトイレにでも行ってこようかな」


 純に睨まれて教室を出て行く男子の姿を見て確信した。


 僕の欲求を制御する方法が分かったと。




 愛と純が自分のクラスに帰ってから、周りを見渡す。


 興奮してしまうのを、男子のことを考えて気持ち萎えさすことができる。


 そのためには、男子と関わる必要がある。


 今まであまり男子と関わってきたことがないから、急な場面で男子のことを思い出そうとしても思い出せなかったらいけないから。


 真中の1番後ろの席で授業が始まってもいないのに、次の授業の教科書を見ている人がいた。


 髪が長くて肌が白かった。


 女子に見えるけど男子用の制服を着ている。


 男らしい男子より話しやすそうだから、愛と純が自分のクラスに戻ってからその男子の所に行き話しかける。


「今いいかな?」


 問いかけに中性的な顔をした男子は、教科書から僕に視線を変えて頷く。


「話したんだけどいいかな?」

「……うん」

「……」

「……」


 あれ? 


 男子と何を話せばいいのだろう。


 分からないので適当に話すことにして口を開く。


「あまり話したことがないから、自己紹介するね。僕は百合中幸だよ。よろしくね」

「……うん」

「今日も天気が良いね」

「……うん」

「……」

「……」


 話すことに限界がきたので、頭を軽く下げてから席に戻る。


 上手く話すことはできなかったけど、僕の心が過去1番に萎えている。


 次の休み時間に手を繋いでいる愛と純を見ても、男子のことを思い出せば全然暴走しそうにならない。



★★★



 心の平穏を取り戻した僕は昼食を食べるために屋上に来ている。


 フェンス近くに行き、愛、純、僕の順で座る。


 弁当を純に渡していると。


「お箸がないよ! どこにもないよ!」


 愛は弁当を入れていた袋のチャックを全開にして、袋の入口が下に向くようにして振っていた。


「私の貸す」

「じゅんちゃんが食べられなくなるよ!」

「私はお腹が空いてないから、らぶちゃんが食べ終わってからでいい」

「お姉さんは妹より先に食べたら駄目だよ! じゅんちゃんが先に食べて!」

「お腹空いてないから私は後でいい」

「らぶだってお腹空いてないからじゅんちゃんが先に食べて!」

「らぶちゃんが先」

「じゅんちゃんが先!」


 純と愛が箸の押し付け合いをしていたので提案する。


「交代交替で使うのはどうかな?」

「こうちゃん! それすごくいいね! じゅんちゃんそれでいい?」

「おう。いいよ」


 2人は納得して、食事が始まったのだけど……。


「じゅんちゃん! あーん!」

「……自分で食べれる」

「いいからお口を開けて! あーんってして!」

「……」

「お姉さん命令だよ! あーん!」

「……あーん」


 しぶしぶと口を開けた純に微笑みながら食べさせる愛。


 2人は同じ箸を使って食べているから、間接キスをしている……間接ではないキスが見たくなってきた。


 そのことを口に出しそうになり、必死に男子のことを想像するけど効果がない。


 愛と純の百合をもっと見たい欲求が強くなっているのを感じる。


 だから、男子の顔を思い浮かべるだけでは意味がないのかも。


 もっと萎えることを考える。


 中学の時に、男子にナイフで刺されそうになったことや、汗を大量にかいた男子が僕を触ろうとしてきたことを思い出す。


 苛ついてきたし萎えてもきた。


 再び、愛と純に視線を向けても平然としていられる。


「こうちゃんお弁当全然食べてないよ! 食べないの?」


 愛のその言葉で全く弁当に手をつけていないことに気がつく。


 それから何度が卵焼きを箸で摑むけど、食欲が湧かなかったので弁当に蓋をして袋の中にしまった。

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