17話目 幼馴染達の百合に耐える
いつも通りの時間に目覚めて頭がすっきりとしている。
雑な朝食を食べ、2人分の弁当を作って、愛の家に行く。
「おはよう! こうちゃん!」
玄関のドアを開けると、制服姿の愛が犬のように僕の胸に飛びついてきた。
「おはよう! らぶちゃん! 今日も元気だね?」
「らぶはいつも元気だよ! こうちゃんもらぶには負けるけど、元気だね! 何かいいことあったの?」
「あったよ。初めて1人暮らしする時の夢を見て、子どもの頃のらぶちゃんに会えたよ。可愛かったな。今のらぶちゃんの方が可愛いけどね」
すぐに、愛を怒らせることを言ったことを自覚する。
「今は1人で暮らしても寂しくないの?」
愛は「お姉さんだから可愛くないよ!」と怒らなかった。
予想していなかった問いかけに、愛の頭を撫でながら答える。
「全然寂しくないよ。だって、らぶちゃんもじゅんちゃんもたくさん家に来てくれるからね」
「……こうちゃん! らぶがお姉さんだから手をのけて!」
照れていることを誤魔化すように愛はわざと怒ったように頬を膨らませたので、手をゆっくりのける。
「らぶはお姉さんだから! だから! だからね!」
一生懸命爪先立ちをして僕の頭を愛は撫でようとする。
身長差があって届かないのでしゃがむ。
「よしよし! こうちゃんはらぶの可愛い弟だから絶対に1人にしないよ! いい子いい子!」
僕の頭に愛の小さな手は乗りゆっくりと左右に動いている。
見た目は幼いのにたまに見せる大人っぽい所があるな。
いつまでもこの時間が続いてほしい。
「もしかしたらキスぐらいはするかもしれないわね。ママドキドキしてきたわ」
リビングのドアから顔を出しているのは、愛を少し老けさせた見た目の琴絵さん。
「何か失礼なこと考えていないかしら?」
口角は上がっているが全く目が笑っていない表情で見てきたので首を横に振る。
「キ、キ、キ、キ、キスなんてしないよ! ……エッチだよ!」
顔を赤くした愛が琴絵さんに抗議する。
「キスはエッチじゃないわ。コミュニケーションよ」
僕達の前まで来た琴絵さんは愛に向かって真顔で話す。
「キスって外国では挨拶みたいなものよ」
「そうなの?」
「そうよ。だから、らぶちゃんがこうちゃんにキスをしても変じゃないわ。それでも、らぶちゃんが恥ずかしいならママが幸君にキ」
言葉の途中で、階段から下りてきた愛の父親こと、利一さんが琴絵さんの口を手で塞ぐ。
「ママ、ここは日本だからそんな簡単にキスはしないよ」
利一さんはそれにと加える。
「キスをすることは特別なことだから、本当に大切な人としかしたら駄目だよ。ママが他の男の人とキスしたらパパは悲しいな」
「パパ大好きよ! そうね! ママはパパにしかキスをしないわ!」
琴絵さんは利一さんに抱き着いてキスをしようとするけど、簡単にかわされた。
「また2人の時にね」
「分かったわ。2人の時を楽しみにしてるわ」
琴絵さんと利一さんは腕を組んでリビングに入って行く。
リビングに向かおうとした所で、愛が僕の手を摑む。
「どうしたの?」
「……」
まだ少し顔を赤くして、視線を斜め上に向けて黙る。
さっき琴絵さんが言っていたキスのことが恥ずかしくて、僕とどう接したらいいのか分からないのかも。
このままじっとしていても何も解決しないから、リビングまで手を引いて連れて行こうとしていると愛が口を開く。
「外国では……キスって……当たり前なの?」
「僕もあまり詳しくないけど、漫画とかでは外国人のキャラがヒロインの頬にチュウしているのを見たことあるかな」
「頬にチュウだけ?」
「うん」
「そっか! 頬にチュウだけならエッチじゃないよ!」
僕の言葉に安心したのか、しおらしい愛から元気溌剌な愛に戻った。
手を放してリビングに向かうその後ろ姿を見て考える。
こんなに恥ずかしがっている愛でも、いつかどこかの馬の骨とキスをするのだろう。
兄として駄目な男子に引っ掛からないか心配になってくる。
男子なんてどうせ性欲まみれだろ。
だから、愛は女子の純とキスをしたら……。
目を閉じて心を無にする。
……僕は何も考えてない。大丈夫。大丈夫。
念のために深呼吸をして、リビングに行くことにした。
★★★
何をするにしても最初が大切。
人間関係も第一印象が大切なように、テストをする時に初めに名前を書き忘れないことが大切なように。
どんなことがあっても自分の欲求を我慢すると誓ってから、愛と純揃って会うのは初めてな今が頑張り所。
戦地に向かう戦士のような気持ちで純の家の階段を上りながら心臓を高鳴らしていた。
部屋の前に着いて深呼吸をしようとしたけど、前を歩いていた愛が扉を勢いよく開けて中に入って行く。
覚悟をして純の部屋に入る。
目に入ってきたのは純の上に愛が乗っている画。
うん、仲のいい幼馴染が起こしているだけだよね。
…………うん、全然普通。
愛は次第に揺らすスピードが遅くなって、純の上に倒れる。
…………ある、あるよ。いつものことだよね。ある。ある。
気持ちよさそうに誰かが寝ていたら、自分も眠たくなるな。
すごく、和むよ。
妹のように思っている愛と純の光景は和むよ。
このまま見続けていたら目に毒で暴走しそう……ではなく、学校に遅刻してしまうから起こさないと。
愛と純の唇が近い……早く起こさないと危険。
純の体を少し強めに揺すってから声をかける。
「じゅんちゃん、おはよう」
目を開けた純は僕に聞いてくる。
「こうちゃん、お腹大丈夫?」
そう言えば昨日の晩、愛と純の百合な妄想が口から出そうになって2人から距離を置くためにトイレに籠っていた。
「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
そう、僕はもう大丈夫。
前みたいに家族のように兄のように愛と純の隣にいることができる。
「何か困ったことがあったら言ってよ」
「うん。そうするよ」
頷くと、純は少し困ったように自分に乗った愛を見る。
愛を抱えて1階に下りる。
リビングに着いた僕は座布団を2枚合わせて、その上に愛を寝かせた。
最近リビングにいることが多かった恭弥さんはいなかった。
「グ~~~~~~~~~、おにぎり食べたい」
お腹を鳴らしながら愛は起きる。
「今恭弥さんがいないからおにぎりはないね。僕でよかったら作ってくるよ」
「我慢するよ! グ~~~~~~~~~~~~」
「お腹を空かせて学校に行ったら勉強に集中できなくなるよ」
「それは大変だよ! こうちゃんおにぎり作って!」
「いいよ。すぐに作って来るから待ってて」
勝手に純の家のキッチンを使うことができないので、1度自宅に戻ることにした。
ご飯は弁当の残りを使うとして、冷蔵庫に愛の大好きな梅干しがあったから具はそれにしよう。
そう考えながら廊下に出ると、制服に着替え終わった純と会う。
「こうちゃんどこ行くの?」
「愛ちゃんがお腹空かせたからおにぎりを作りに家に戻る途中だよ。純ちゃんにも何か作ろうか?」
「お腹空いていないからいい」
「ホットココアは?」
「おう。お願いする」
家に帰って手際よくおにぎりとホットココアを作り純の家に戻る。
リビングの扉を開く。
床に純は仰向けで寝て、純のお腹を枕のようにして頭を乗せ寝ている愛の姿があった。
2人の気持ちよさそうに寝る姿は、仲のいい姉妹のように見える。
そうだよ。愛と純は幼い頃から長い時間を共有してきた姉妹みたいなもの。
今の2人を見ても可愛くて和む以外の感情は浮かんでこないと言い…………切れる。
愛と純を起こして作ってきたものを渡す。
愛がおにぎりを食べている間に純に昨日見た夢のことを話す。
「夢で出てきたじゅんちゃん可愛かったな。今のじゅんちゃんの方がもっと可愛くなっているけどね」
「……こうちゃんより身長が高くなった私は可愛くない」
「じゅんちゃんの可愛さはね」
「具体的に言わなくていい」
純は耳を赤くしながら僕の頭を撫でる。
「……こうちゃん、いつもありがとう。困ったことがあったら言って。絶対助ける」
その手は大きくてすごく安心する気持ちになった。
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