4話目 幼馴染達と登校

 僕達が通う坂上高校は自宅から徒歩20分の山の方の高い位置にある。


「らぶちゃん大丈夫?」

「……だ、だ、いじょうぶ……」


 自宅から学校まで残り半分の所で愛が隣でぜぇぜぇと息を乱しながら坂道を歩いていて、全然大丈夫そうに見えない。


 心配して話しかけると平気な振りをするけど、汗を大量にかきながらえずいている。


「僕が少し疲れたから、休憩していいかな?」

「らぶは、全然、疲れて、ないけど、こうちゃんが、疲れて……いるなら……休むよ」


 バス停のベンチが近くにあるので、少し借りることにした。


 右から愛、僕、純の順番で座る。


 塩分補給のために鞄からせんべいを出して愛に渡す。


 愛は夢中でせんべいをばりばりと食べ始めた。


 純は塩辛いものが苦手なので、チョコを取り出すと純の目が輝く。


「くれる?」

「うん。じゅんちゃんのために持ってきたものだからね」

「こうちゃん、ありがとう! おいひぃ」


 純がチョコを口に入れた瞬間、表情筋が活動していないんじゃないかというぐらい緩む。


 100円もしないチョコでここまで喜んでくれると、もっと貢ぎたくなってしまう。


 いや、今すぐ貢ごう!


 財布を出して、1万円を抜き取り純の前に差し出す。


「これで好きなだけお菓子買っていいよ」

「……幸せぇ」


 今が1番幸せだと噛みしめているような満面な笑みで食べている純には、僕の声が聞こえていない。


 その笑みを見て、自分の心が汚れていると反省して静かにお金を財布に戻す。


 しばらくして、前を通る生徒が多くなってくる。


 愛は立ち上がって歩き始めたので僕と純も後をついて行く。


「おはよう! 魔理沙まりさ!」

「おはよう、矢追やおいちゃん。今日も元気だね」

「やったー! らぶはいつだって元気だよ! おはよう! のぞむ!」

「おはようございます。矢追さん」

「おばあさん! おはよう!」

「はいはい、おはよう。らぶちゃんと会うと若返った気がするよ」


 愛は道行く人達に挨拶をし始める。


 その行動が、子犬が誰構わずに頬をすり寄せに行くように見えて可愛過ぎる。


「みんな元気だと、らぶも元気になるよ!」


 いい子過ぎて、思わず頭を撫でそうになってやめる。


 凄く、ものすんごく撫でたいけど、愛の嫌がることはしたくないので我慢する。


 ……幼馴染の楽しい触れ合い時間がなくなって、ストレスで死にそう。


「王子様が来たわよ! 王子様と同じ学校に通えるなんて幸せ過ぎるわ!」

「今日も王子様はかっこいいわー! こっちを見てー!」

「その鋭い瞳であたしのハートを貫いて‼ お願い‼」


 校門に10人ぐらいの女子達がいて、純に向かって黄色い声援を送る。


 王子様とあだ名で呼ばれた純は一瞥した後、すぐに目を逸らし見なかったことにしたけど。


「王子様がこっちを見てくれわよ!」

「あたし今日死んでもいい~~~!」

「王子様! 王子様!」


 塩対応がツボにはまり、女子達の中には嬉し泣きをしている女子もいた。


「おい、ちょっといいか?」


 野太い声が後ろから聞こえて来たので振り向くと、体が無駄に大きい男子がいて純のことを睨んでいる。


「何?」


 純がそう言うと、男子は純に近づいたので警戒する。


「お前が坂上高校最強の津下を倒した奴か?」

「知らない」

「そんなわけないだろ。津下は自分より身長の高い女に負けたって噂になってんだよ。この学校で津下より身長の高い女子はお前しかいないんだよ」


 男子は純を殴ろうとしたけど、純に簡単に手首を掴まれる。


「やる?」

「手を放せ!」

「やる?」

「手を放せって言ってるだろ、いてててててて⁉」


 男子は空いている手を愛の方に向かって伸ばしたけど、顔を歪ませながらしゃがみ込む。


 必死に純に掴まれている方の手を必死に振るけど純は放さない。


「やる?」

「すいませんでした。もう2度喧嘩を売らないので許してください。お願いします」


 純は表情を変えることなく男子の手を放すと、物凄い勢いで逃げて行く。


「さすが王子様。かっこいいだけじゃなくて、強いなんて惚れるしかないよね! そう言えば津下って、未美をナンパしていた人よね?」

「うん。すごく怖くて怯えていたら王子様が助けてくれたの」


 僕の知らない所で人助けをしている純が誇らしくて、手を伸ばして純の頭を撫でる。


「じゅんちゃん女子を助けていたんだね」

「……おう」

「さすがじゅんちゃんだね」

「……おう」


 純は俯いて耳をほんのりと赤くした。


 何度も撫でているのに毎回照れる可愛いなと思ったけど、そうではないことに気が付く。


 何度も撫でていたのは愛の頭だった。


 純の頭はたまにしか撫でていない。


 愛の方が妹っぽいから、愛ばかり構ってしまっていた。


 これはあれだろう。


 下の子ばかり可愛がってしまう親みたいになっているな。


 反省しつつ、目一杯純の頭を撫でよう。


 純の頭を撫でていると髪に艶があって気持ちいい。


 それに、爽やかな林檎の匂いがしてきて、永遠に撫でていたい気分になってきた。


 いつまではこうしていたいけど、遅刻するので仕方なく手を離す。


 純が小声で、「ありがとう」と言ったのが可愛くてまた撫でそうになるのを必死に我慢。


 静まれ僕の右手、また今度撫でればいいんだから今は静まってくれ。


 そういや愛が静かだなと思って視線を向けると、恍惚な顔をして僕達を見ていた。


「らぶちゃん体調悪いの?」


 珍しく静かだったのでそう問いかける。


「らぶはお姉さんだから、いつだってものものだよ!」

「らぶちゃんが言いたいのは物静かだね」

「そう! それだよ! ものものものだよ‼ ものもの‼」


 今の愛はテンションが高いと言うか、空元気な気がする。


 愛は体調を崩しやすいから、体温を測るために愛の額に手を当てる。


 いつも通りの温かさで平熱だと思う。


 顔色も悪くないし、心配し過ぎだろう。


 僕達は校内に入る。


 1年の教室は1階にあって、靴を履き替えて少し歩けば教室に着く。


 クラスは5クラスあって僕達のクラスは全員違う……学校辞めたい。


 僕が1年2組、愛が1年4組、純が1年5組。


 全部クラスが普通科だけど、2年になってからは1組が進学コースになる。


 まあ、成績がいつも平均点の僕には関係のない話。


 成績で言えば純は中学の時にトップの成績だったから、選ばれそうだけど間違いなく本人が嫌がって断る。


 靴箱から1番近い純のクラスに着く。


「またね! じゅんちゃん!」

「うん、また」


 元気よく手を振る愛に、純は軽く手を振って教室に入ることなく靴箱の方に向かって歩く。


 愛が純の腰に飛びつく。


「じゅんちゃんどこに行くの?」

「……」

「どこに行くの?」

「……」


 愛の問いかけに目を逸らしながら何も答えない純。


「早く教室に戻るよ!」

「……おう」


 愛に手を引っぱられながら純は教室に戻る。


「今度こそまたね!」

「おう」


 純が席に着くのを見た愛は自分のクラスに向かう。


 純に見えない位置に移動して立ち止まっていると、数秒後純が教室から出てきた。


「……」


 僕の顔を見た純は悪戯がばれた子どものように気まずそうな顔をする。


「じゅんちゃんがどうしても授業を受けるのが嫌だったらそれでもいいよ。でも、僕はじゅんちゃんとらぶちゃんと3人で卒業したいからできるだけ授業受けてほしいな」

「……おう。分かった」


 僕の言葉にゆっくりと頷いた純は教室に入る。



★★★



 僕の席は出入口端の1番前の席。


 ここからだと、クラス全体を見渡すことができる。


 入学して1週間以上経つけど、クラスメイト30人弱全員の顔と名前が一致しない。


「百合中くんおはよう。今日は眠たそうだね?」


 席に座ろうとしていると、クラスの女子が話しかけてきた。


「寝たそうなのは、いつものことだよ。僕は狐目だかね」

「狐目って、百合中君面白ね」


 適当に返すと女子は微笑みながら去る。


 ショートホームルームが終わり、1時間目が始まる。


 授業を聞いていると、廊下から足音が聞こえた。


 窓が開いているから、純が靴箱の方に向かって歩いているのが丸分かり。


 自由にさせてあげたい気持ちもあるけど……妹のように大切に想っている純を注意しなければいけないという兄心が勝つ。


 体調が悪いと言って席を立ち、純の後を追いかける。


 姿はもうないので、探すしかない。


 入学して数日しか経っていないから、どこに行ったのか分からない。


 中学の時は、人気が少ない所が好きで屋上や校舎裏にいた。


 ここからだと校舎裏の方が近い。


 校舎裏に着くと、純が壁にもたれながら地面に直に座っていた。


 耳にはイヤホンを指して鼻歌を歌いながら体でリズムを刻んでいる。


「おばけなんてないさ、おばけなんて嘘さ、寝ぼけた人が、見間違えたのさ」


 興が乗ったのか本格的に純は歌い始める。


 童謡のおばけなんてないさって、選曲が可愛過ぎてたまらん。


 純は歌っている所を見られるのは苦手だから、一緒に歌いたい気持ちを我慢。


 楽しそうにしている愛の邪魔をしたくなくて、その場を後にした。


「こうちゃん! こうちゃん! こうちゃん!」


 教室に戻る途中で愛の声がしてきた方を見ると、愛が運動場で走りながら僕に手を振っている。


 手を振り返すと、さっきより勢いよくぶんぶんという音が聞こえてきそうなほど愛が手を振る。


 僕の方に向かって小走りをしている途中で盛大にこけた。


 全力疾走で愛の所に行く。


「らぶちゃん、大丈夫?」

「全然大丈夫だよ!」


 愛の右足から軽く血は出ているけど、大した怪我ではない。


 でも、傷口からバイ菌が入ってくることもあるから、保健室に連れて行くことにした。


 愛の前にしゃがむ。


「保健室まで連れて行くから背中に乗って」

「おんぶは子どもみたいだから嫌だよ! らぶがお姉さんだから、らぶがこうちゃんをおんぶするよ!」

「お姉さんだったら、弟のわがままを聞いてほしいな」


 結構無理があることを自分でも言っていると思う。


「いいよ! らぶはお姉さんだからこうちゃんのわがまま聞いてあげる! おんぶしていいよ!」


 愛は僕の背中に飛び乗る。


 両手で愛の足を押さえて落ちないようして立ち上がる。


 体育の女の先生に愛を保健室に連れて行くことを伝えると、「何で他のクラスの生徒がここにいるの?」と言われたので、逃げるように保健室に向かった。


 保健室には丁度保健室の先生がいたから、ベッドに寝かせる。


「僕にしてほしいことはない? 喉が渇いたとか、お腹空いたとか」

「大丈夫だよ!」

「何かあったら保健室の先生に言うんだよ」


 部屋を出て行こうとしたら制服の裾を愛に掴まれる。


「こうちゃんどこに行くの?」

「授業に戻るんだよ。また後から様子を見に来るからね」

「うん! わかったよ! こうちゃん、いってらっしゃい!」


 頷いた愛は、僕の服を摑んでいる手の力を強める。


「らぶちゃん」

「こうちゃん、何?」

「手を放してくれないと教室に行けないんだけど」

「ここにいてほ……わかったよ! らぶはお姉さんだから保健室なんて怖くないよ! 注射なんて怖くないよ!」


 しぶしぶと愛は僕の服から手を放してベッドに寝転がる。


 強がっていることがひしひしと伝わってくる。


 そういや、愛は保健室が苦手だったことを思い出す。


 小学校の時に保健室の先生が保健室で大人しくしていないと天井から注射が降ってくるよと言った。


 愛はその話を今でも鵜呑みにしている。


 証拠に保健室に入ってからずっと天井を見ながら震えていた。


「らぶちゃんが眠るまでここにいるから」

「やったー! こうちゃん大好き! ありがとう!」


 ベッドから起き上がった愛は僕に抱き着いた。


 少しして、愛は横になったので愛の手を握ると、その手はいつも通り冷たかった。


 子どもは体温が高いと言うけど、愛の体温は低い。


 見た目や性格が子どもみたいな愛だって高校生。


 そう思うと、月日が経つのは早いと感じてしまう。


 窓から桜を散るのを見ながら愛が眠るのを待つ。

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