3話目 大きな幼馴染

 愛と一緒に自宅の左隣の家に入って行く。


「おはよう! じゅんちゃん!」


 勢いよく部屋のドアを開く愛。


 大きな音がしたけど、ベッドで寝ている女子は起きる気配がない。


 愛に「じゅんちゃん」と呼ばれた女子は、僕達の幼馴染の小泉純こいずみじゅん


 愛と同じで純も幼馴染で、家族のような存在で、妹のような存在で可愛い。


 純は自分が可愛いことを否定するけど、僕は純の可愛い所をたくさん知っている。


 男子の平均身長より少し高い僕より純は高くて、そのことを気にしている。


 だから、僕の近くでは純は常に猫背。


 自分が欠点だと思っていることを一生懸命隠す純。


 可愛過ぎるだろ!


 それだけではなく、猫のようなツリ目が可愛くて、抱き枕にしたい。


 純本人はそのツリ目が嫌いで前髪で目を全て隠した。


 前が見なくて怪我をすることがあったから、今は左の前髪だけを伸ばしているに落ち着いている。


  僕と愛がプレゼントした猫の着ぐるみパジャマを着た純はうつ伏せで寝ている。


  その上に愛はゆっくりと上って揺すり始める。


「じゅんちゃん、朝だよ! 起きて! 起きて!」

「……」

「じゅんちゃん、今日もいい天気だよ! こんな日は学校に行きたくなるよ! 起きて!」

「……」

「じゅんちゃん、早く起きないと遅刻するよ! じゅん……ちゃん……お……き……て…………」


 愛の揺するスピードが落ちて、舟を漕ぎ始め、最終的には純の背中に体を預けて眠り始めた。


 仲睦まじい姉妹みたいな光景をこのまま見続けていたい。


 でも、今日は平日で学校があるから仕方なく起こす。


「らぶちゃん、じゅんちゃん起きるよ」


 愛と純の体を軽く揺するけど起きないので根気よく揺する。


 枕に埋もれていた純の顔がゆっくりと上がり僕の方に向く……寝ぼけ眼が可愛過ぎる。


 体を起こそうとしてすぐに止まる純。


 視線で愛を背中から下ろしてほしいと僕に送ってくる。


 頷いてから愛を抱きかかえてゆっくりと床に下ろしていると目を覚ます。


「……こうちゃんにじゅんちゃんを起こす勝負で負けたよ!」


 愛は立ち上がって悔しそうに言った。


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう!」


 胡坐を組んで座っている純が挨拶をして、僕達は挨拶を返した。


 純が起きたから部屋を出ようとしたけど愛は動こうとしない。


「らぶちゃん、下に行くよ」

「まだ勝負は終わってないよ! じゅんちゃんを起こすのはこうちゃんに負けたけど、じゅんちゃんの服を着替えさすのはらぶが勝つよ!」


 愛は純の隣に行き、パジャマの首元にあるチャックに手を掛けて下に引っ張る。


「えっ⁉」


 純は突然のことに驚いて高い声を上げて固まり、愛は気にせず手を動かしている。


 視線は純の体に目が行く。


 大きな胸と細くて引き締まった筋肉質なお腹が見えたけどエロい気持ちは全くならない。


 子どもの頃の純は骨が見えるほど細かったので健康的な体になって、お兄ちゃんは嬉しいな。


 パンツの所までチャックが下りそうな所で、焦りつつも純は必死にチャックを摑んでいる愛の手を押さえる。


「じゅんちゃん、手が邪魔で着替えさせられないからのけてほしいよ!」

「らぶちゃん、自分で着替えできるから大丈夫」

「らぶが着替えさせるのは嫌?」

「…………」


 愛につぶらな瞳で見つめられた純は黙ってしまう。


 下着を見られることが恥ずかしいけど、愛が可愛いから強く言えない純の気持ちはよく分かる。


 視線で純が助けを求めていることにすぐに気付き、愛を抱える。


「らぶちゃん、先に下に行ってテレビを見ようね」

「嫌だよ! らぶはじゅんちゃんの服を着替えさせる! らぶを油断させてこうちゃんがじゅんちゃんを着替えるつもりなんだね! そうはいかないよ!」

「……」


 愛は純のパジャマを握ったままじたばたして、純は困り顔をする。


 愛をそっと床に下ろして高笑いをする。


「よくぞ見破ったね、らぶちゃん! そうだよ! 僕はらぶちゃんを油断させるつもりだよ!」

「やっぱりそうだったんだね!」

「でも、じゅんちゃんの服を着替えさせるのが本当の勝負じゃないよ!」

「本当の勝負じゃないの? だったら本当の勝負って何?」

「それは先にリビングに着いた方が勝ちって言うのが、本当の勝負だよ! らぶちゃんが油断している間に、先にリビングに行っちゃおう! これで僕の勝ちだよ!」


 ゆっくりと出入口に向かって歩く。


「そうはさせないよ! 絶対らぶが勝つよ!」


 愛は足早に部屋から出て行く。


 純に視線を向けると、パジャマのチャックが首の近くまで上がっている。


 耳を少し赤くして、自分の左側の長い前髪をウザそうに触りながら口を開く。


「こうちゃんありがとう」

「気にしなくていいよ。目を輝かせるらぶちゃんのお願いを断れないのは僕も分かるから」

「おう。らぶちゃんにあの目をされると何でもしたくなる」

「本当にそうだよね。前髪鬱陶しいなら、僕が髪切ろうか?」

「切らなくて大丈夫」


 短い右側に合わせて切るぐらいなら僕でもできそうなのでそう提案したが断られた。


 やっぱりツリ目なことを気にして前髪を切ろうとしない。


 僕的には純の猫のように少しツリ上がった愛着のある両目を常に見たいけど、無理強いするのもよくない。


「切って欲しくなったらいつでも言ってね」

「ありがとう」

「下で待っているよ」

「こうちゃん少し待って」

「どうしたの?」

「私の……私の……下着……み……なんでもない」


 純は眉間に皺を少し寄せて聞いてきた。


「らぶちゃんの後姿でじゅんちゃんが隠れていたから何も見えなかったよ」

「おう。着替えたらすぐに下りる」


 下着を見えてしまったけど、正直に答えても純が恥ずかしい思いをするだけなので嘘をついた。


 純の安心したように微笑む。


 部屋を出て行こうとしていると、純のパジャマのチャックが噛んでいることに気づく。


 純はチャックを下ろそうとするけどびくともしない。


「手伝った方がいい?」

「おう。お願いする」


 無理矢理引っ張ると壊れる可能性があるので、スマホでチャックが噛んだ時の取り方を調べて実行する。


 簡単にチャック下ろすことができたけど……勢いよく下ろし過ぎて純の上下の下着が丸見えになっている。


 耳を真っ赤にした純はベッドに飛び込み毛布を被った。


「ごめんね」


 毛布から顔だけを出す純に謝る。。


「……こうちゃんは悪くない……どこまで見た?」

「一瞬だけどブラジャーとパンツが見えたよ」


 至近距離で純の下着を見ているから、誤魔化しようがないので素直に答えた。


「……パンツ、変?」


 純が吐いていたパンツは黒いでスケスケの布面積の少ない、俗に言う勝負下着だった。


 え⁉


 純は誰とエッチな勝負するの?


 兄さんはそんなこと許しませんよ!


 なんて言ったら、世の中の父親みたいに冷たい視線を向けられる可能性は大いにある。


 でも、彼氏ができたのか聞きたい。


「じゅんちゃんに似合う大人っぽい下着だったよ」


 悩みに悩んだ結果、無難なことを言ってから部屋を出た。



★★★



 リビングに入ると、愛は座布団に座っていた。


 隣には純の父親こと小泉恭弥こいずみきょうやがおにぎりを食べていて、愛は涎を垂らしながらその姿を見ている。


「食うか?」

「食う!」

「ほら、食べろ」

「ありがとう! いただきます!」


 恭弥さんに聞かれた瞬間、愛は手を合わせてそう言った。


 皿に乗っている不格好なおにぎりを恭弥さんは愛の前に置く。


「おいしい! 塩が効いておいしいよ!」

「そうか」


 愛は夢中でかぶりついて食べ終わってから感想を口にすると、恭弥さんは少し笑む。


 三白眼で体が大きく筋肉質なので怖がられることが多いけど、今は孫を見守る優しいおじいちゃんの顔で愛のことを見ている。


 愛がおにぎりを食べ終わるぐらいに、制服姿の純が部屋に入ってきた。


「おはよう」

「こうちゃん、らぶちゃん、行こう」


 恭弥さんが純に挨拶をするけど純は恭弥さんを一瞥もすることなく、リビングを出て行こうとする。


 愛は純の所に小走りで行き、純の手を握る。


「じゅんちゃん、恭弥に挨拶してないよ! 朝の挨拶はみんなにしないと!」

「……おはよう」


 純は恭弥さんの方を一瞥してから、壁に向かって挨拶をしてから部屋を出て行く。


「挨拶は相手の目を見てしないといけないよ!」


 大きな声で注意しながら純の後を追う愛。


「気をつけて行ってこい」


 恭弥さんのぼそりと呟いた声に元気良く、「はい、行ってきます!」と答えてリビングを出た。


 

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