2話目 小さな幼馴染
肌寒さを感じつつ、いつも通り5時に自然と目が覚める。
パジャマからジャージに着替えて外に出た。
まだ薄暗いけど、懐中電灯が必要なほどでもないな。
近所を30分ぐらい走って脱衣所に行き腕立て、腹筋を50回ずつする。
シャワーを浴びてから制服に着替えてリビングに向かう。
冷蔵庫の近くの壁掛けフックに吊るされている幼馴染達からもらった狐の絵が描かれたエプロンをつける。
元気が漲ってきた。
今日も1日幼馴染達のために頑張ろう!
少しお腹が空いたから、弁当を作る前に朝食を取ることにした。
青汁の粉と水をシェイク用の容器に入れて何度か振る。
美味しい組み合わせではないけど、満足感があって栄養が取れればいい。
食べ終わり、弁当を作り始める。
切った玉ねぎを耐熱容器に入れて塩コショウを軽く振り、レンジで温める。
それを弁当箱の半分に詰め、残り半分に白米を詰めたら僕の弁当は完成。
次に幼馴染の弁当を作る。
幼馴染の顔を思い浮かべながら愛情を込めて、ハンバーグ、オムレツ、ポテトサラダを完成させる。
弁当を学校鞄ぐらいの大きさの布の手提げ袋に入れる。
幼馴染に渡す弁当を間違わないようにとすぐに渡せるように、僕の弁当を下にする。
スマホを見ると、6時40分だったから窓を開けて素早く掃除をする。
掃除が終わり戸締りを確認した後、自室に戻り鞄を手にして外に出た。
★★★
自宅の右隣の玄関を開いて両手を広げると、
「こうちゃん! おはよう! 今日もいい天気だよ!」
僕と同じ制服を着た子犬のように小さな女子が飛び込んでくる。
「こうちゃん、すりすりすり」
お腹に頬擦りをしてくる。
ほんのりと甘いミルクのような匂いがしてきて、心が和む。
この女子は、幼馴染で、家族のような存在で、妹のような存在の
愛は低学年の小学生並みの身長で、つぶらな瞳をしていて髪型はぱっつんボブで、本当に可愛くていつまでも愛でたくなる。
「今日もらぶが先におはようって言えたよ! らぶの勝ちだね! やったー!」
大きな瞳を更に大きくしてそう言いながら僕から離れ、小さな口を思いっ切り開き白い歯を見せて笑う。
世界1可愛くてにやけてしまう。
「その笑顔を見ただけで、らぶちゃんに全てのことを負けてもいいって思ってしまうよ」
思わず本音が口から出た。
「違うよ! らぶはこうちゃんと真剣勝負をして、勝ちたいんだよ! こうちゃんは勝手に負けたら駄目だよ!」
「らぶちゃんの言う通りだね。これからもたくさん真剣勝負しようね」
「やったー! こうちゃんと勝負するのは楽しいから好きだよ!」
「僕もらぶちゃんが好きだよ」
「らぶの方がこうちゃんのこと大好きだよ!」
「いやいや僕の方がらぶちゃんのこと大大好きだよ」
「いやいやいやいやらぶの方がこうちゃんのことを大大大大大大大大大好きだよ!」
バカップルみたいな会話を朝から大好きな幼馴染とできるなんて幸せ過ぎる。
抱き着こうとすると愛は一歩下がって避ける。
「駄目だよ!」
「……」
え? え⁉ うぇっ⁉
「お姉さんは簡単に男の人に抱かれないんだよ!」
ふふんと鼻息を荒くしてドヤ顔をする愛。
可愛いなこんちくしょう……じゃなくて。
な、ん、だ、と。
昨日までそんなこと言ってなかったのにどうして……。
絶望していると愛は言う。
「『世間は甘くても、大人のお姉さんは全然甘くないわよ!』の漫画で出てくるセクシーな女性の
よし! その漫画を出した出版社を燃やそう!
スマホで調べると場所がすぐに出た。
ここからだと電車で3時間ぐらいかかるけど気にしない。
「こうちゃん! どこに行くの?」
「少し遠くで焚火をしに行くんだよ」
「焚火! 楽しそう! らぶも焚火するよ!」
「いいよ。らぶちゃんも一緒に行こう。出版社には紙がたくさんあるからよく燃えるとして、後必要なのはライターとガソリンだね。ライターはコンビニで買って、ガソリンは調理用の油で代用したらいいね」
外に出ようとすると、右手に小さくて冷たい手の感触がした。
「らぶもすぐに焚火したいけど、今日は学校があるから焚火はできないよ! 焚火は休みの日にすればいいよ!」
自分の腰に手を当ててドヤ顔をする愛。
天才か⁉
僕の目の前に天才が現れた‼
「らぶちゃんはもしかして、もしかしなくても天才だね⁉」
「そうだよ! らぶはお姉さんだからはくはつなんだよ!」
「そうだね! らぶちゃんは博識だね」
うろ覚えの言葉を使って間違える愛が可愛い。
頭を撫でようとすると、後ろに下がって避けられる。
「らぶはお姉さんだから、撫でられるんじゃなくて撫でるの! らぶがこうちゃんの頭を撫でるの!」
爪先立ちをしてプルプルと震えながら、僕の頭に手を伸ばすが届きそうにない。
「もう少しで、届く、よ!」
頭を下げようとしていると、「グ~~~」と愛のお腹が鳴る。
「お腹空いたよ! ご飯食べに行こう!」
愛は僕の手を引っ張ってリビングに向かう。
意地よりも食欲を優先した幼馴染が可愛過ぎる。
リビングに入ると、愛の母親こと、
愛は僕から手を離して、琴絵さんの所に行く。
「ママ! 机拭くのはらぶの仕事だよ!」
「そうだったわね。じゃあ、愛ちゃんにお願いするわ」
「まかせて! 机をピカピカにするよ!」
布巾を愛に渡した琴絵さんは僕の所にきた。
琴絵さんの黒目がち、少し大きな眉、小さくて潤いのある唇は愛と瓜二つ。
この場合、愛が琴絵さんに似ていると言った方が正しい。
多少、琴絵さんの身長の方が高いけど髪型も似ているから、2人の見わけがつかない人が結構多い。
それにしても、琴絵さんは40歳には見えない。
どうすればこんなに若作りができるのか不思議だな。
「おはよう、幸君。何か失礼なことを考えてない? 特に年齢のことととか、年齢のこととか、年齢のこととかを考えてないわよね?」
「……」
琴絵さんの口角が上がっているのに、目が見開いていて怖い。
勘が鋭いことに困惑しながらも、それを表情に出さないように心掛けて言葉を返す。
「おはようございます。そんなこと考えてないですよ」
「それなわいいわ。それよりも、幸君はいつになったら、ママのことをママって呼んでくれるの?」
不満そうに頬を膨らます琴絵さん。
愛と似ている顔でそれをされると、可愛くて頭を撫でてくなる。
冷静になれ。
目の前にいるのは、愛ではなくて、琴絵さん。
大好きな幼馴染で妹のように思っている愛ではなく、愛を産んでくれた人。
めちゃくちゃ可愛い愛を産むことができるなんて、それは琴絵さんが神様だということを証明している。
愛を産んでくれたことを感謝しないといけない。
「琴絵さんありがとうございます」
手を合わせて恭しく拝む。
「お礼と拝まれている理由は分からないけど、嫌ではないわね!」
腰に手を当てて胸を張った琴絵さんの所に愛がやってくる。
「ママ、机拭けたよ! 次は料理の手伝いするよ!」
「ママは老けてないわよ!」
琴絵さんは語気を強くして言った。
すぐに、琴絵さんが誤解していることに気づく。
「ママが……拭けてない?」
首を傾げる愛に代わって、「拭けた」と「老けた」を誤解していると琴絵さんに伝える。
「愛ちゃん勘違いしてごめんね。料理はできているから、運ぶのを手伝ってもらっていいかしら?」
「うん! 分かった! 手伝うよ!」
愛は何事もなかったかのように小走りでキッチンの方に向かった。
「何か手伝うことはありますか?」
「こうちゃんは座っていて! らぶが全部するよ!」
琴絵さんに聞いたけど愛が答える。
「そうね。幸君は椅子に座ってゆっくりとするといいわ」
「分かりました」
椅子に座って危ない足取りで、皿を運ぶ愛の姿をはらはらしながら見守る。
机に料理が並び終わった頃に、愛の父親こと
利一さんは琴絵さんの隣に座り、愛達は食事を始める。
「たま、もぐ、ごやき、もぐ、おい、もぐ、しい!」
「話ながら食べるとこぼすから、口の中に食べものがなくなってから話そうね」
「もぐもぐ、ごくん、はーい! 卵焼き甘くて美味しいよ!」
愛の食事の世話をしないと平日の朝が始まったとは言えない。
ご飯をぼろぼろと机に落として、頬にはたくさんのご飯粒と卵焼きの欠片がついている。
赤ちゃんみたいで可愛いな。
ご飯粒を取るために頬に触れると、しっとりとして吸いつくような感触にいつまでも触りたいと思ってしまう。
「こうちゃん、もぐもぐ、ごくん。らぶのほっぺ触ってどうしたの?」
「らぶちゃんの頬はプニプニして気持ちいいね」
愛は自分の頬を触る。
「本当だー! らぶのほっぺプニプニしてるよ! 今まで気づかなかったよ! こうちゃんのほっぺはどうかな?」
愛の小さくて可愛い指が僕の頬に触れる。
「らぶの方がほっぺ柔らかいよ! らぶの勝ちだね! えっへん!」
「負けちゃったな~。くやしいな~。めちゃくちゃ悔しいな~」
ドヤ顔をする愛が本当に可愛い。
視線を感じて前を向くと、琴絵さんは笑顔で僕達を見ている。
「どうしたんですか?」
「何でもないわ」
更にニヤニヤし始めた琴絵さん。
少し気になったけど、愛の頬にまだ卵焼きの欠片がついているのでそれを取るのに集中する
「2人はキスをしないの?」
唐突に琴絵さんが聞いてきた。
「キスなんてしないよ‼」
怒鳴るように愛が答える。
「そんなに怒らなくてもいいわよね?」
「ママが……エ……エッチなこと言うから!」
それを聞いた琴絵さんは考えるように黙ってから、静かに食事をしている利一さんの口にキスをした。
「……な、何しているの⁉」
驚いたのはキスをされた利一さんではなく、顔を真っ赤にした愛。
「キスしたのよ」
「……エ……エッチなことをしないで‼」
平然と答える琴絵さんに愛は大きな声で抗議する。
「エッチなことって何のことかしら?」
琴絵さんのニヤニヤ度が増したから、分かって聞いているな。
「……キスのことだよ!」
「キスはエッチなことではないわ」
「頬にするのは……エッチじゃないけど、口と口の……キスは……エ、エッチだよ! すごく……エッチだよ!」
「愛ちゃんは子どもね」
「らぶは子どもじゃないよ! 大人だよ! お姉さんだよ!」
「いいえ、子どもよ。キスぐらいで取り乱すなんて。キスを見ただけでそうなるなら、昨日の晩にしたセック」
何を言おうとしているのか分かった。
愛に聞かせたくないから琴絵さんの口を塞ごうとしたけど、先に利一さんが琴絵さんの口を手で塞ぐ。
「ママ、食事中は食べることに集中しようね。それに、ママとのキスはすごく特別で大切なことだから2人の時にしてほしいな」
「パパ、好き! 大好き‼」
甲高い声を出しながら琴絵さんは利一さんに抱き着く。
利一さんはされるがまま抱き着かれながら食事を再開している。
愛が呆然と琴絵さんと利一さんを見ていた。
「ご飯食べないの?」
そう聞くと、ビクッと体を震わせる愛。
「食べるよ! お姉さんだから……キスを見たぐらいでは土偶しないから! 絶対にしないから!」
愛が言いたかったのは動揺だろう。
エッチなことに全く免疫のない愛を見ると、まだまだ大人になるのは先だろうと思い安心した。
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