幼馴染好きで百合好きな僕は恋愛なんて興味がない

タバスコ

1章 百合という名の初恋

1話目 プロローグ 僕はまだ百合を知らない


百合中ゆりなかって、男が好きなのか? ってテニスラットを下ろせ! 怖いから!」


 体育の授業中、男子達と関わりたくないから、体育館の壁に向かって壁打ちをしていると汗だくの男子が話しかけてきた。


 無視するつもりだったけど、あまりにも苛つくことを言われたから反応してしまう。


「何で僕が男を好きだと思った? 納得できる理由じゃなかったら、スマッシュをするよ」

「百合中落ち着け。俺はただみんな女子のプールの授業を覗きに行っているのに百合中だけ真面目にテニスをしてるから女子に興味がないと思っただけだよ」

「僕だって女子に興味はあるけど、好きでもない女子の水着姿を見たいとは思わないだけだよ」

「嘘だろ! 俺達中2だよ! 思春期だよ! 女子の水着だったら誰のだって見たいだろ! 女子の水着を見ないと夏は終わらないぞ!」


 目を見開いて鼻息を荒くする男子が素直に気持ち悪い。


「百合中がどうしてプールを覗いてないのか本当の理由が分かったぞ!」


 得意げな顔をする男子にテニスボールを当てたい。


「百合中には可愛くて愛嬌たっぷりの幼馴染と少し怖いけどスタイルのいい幼馴染がいるから目が肥えているんだな。2人の名前はなんだったけ? 百合中が少し前に呼んでたよな。えっと、確か……らぶちゃんとじゅんちゃんだっ」

 

 男子の頭を通りすぎたラケットは体育館に突き刺さる。


 チッ。あと少しで仕留めれたのに。


「手が滑ってラケットが飛んでいったよ。怪我してない?」


 ラケットを引き抜きながら男子に話しかける。


「何するんだよ! もう少しで顔に当たって死ぬ所だったぞ!」

「ごめん。でも、次に僕の幼馴染達のあだ名を口にしたら、顔面にラケットが当たるかもしれないね」

「俺にラケットを向けるな! もう百合中の幼馴染達のあだ名どころか名前も口にしないから!」


 僕から1歩後ろに下がる男子。


「百合中って幼馴染達のことになると周りが見えなくなるんだな。本当に幼馴染のことが好きなんだな」

「好きに決まっているよ。あんなに可愛い2人を好きにならない方がおかしいよ」

「その好きって、恋愛として好きなのか?」

「男子と恋バナをするつもりはないよ」

「百合中が狙ってないなら、ら……名前を口にしない約束をしていたな。百合中の小さい方の幼馴染を俺に紹介してくれ。仲良くなったら告白するから」


 我慢の限界で堪忍袋の緒が切れそう。


 大好きな幼馴染達の顔を浮かべて落ち着かせる。


「幼馴染達は僕にとって家族で妹みたいな存在だから、エッチなことを考えている男子は近づけない」

「エッチじゃなかったらいいのか?」

「男子は全員エッチだから駄目だよ」

「確かに男子はみんなエッチだな。百合中って頭いいな」

「ここにいないで、女子のプールでも覗きに行ったら」

「それもいいけど、百合中と話している方が楽しいからまだここでいるよ。百合中がこんなに面白いって分かってたら早く話しかけたのに」

「僕は面白くないからどこかに行ってほしいよ」

「そんな寂しいこと言うなよ。もっと話そうぜ」


 僕の隣にきて地面に体育座りをする男子を踏みつけたくなる。


「百合中は恋愛しないのか?」

「恋愛に興味がないからしないよ」

「女子に興味があるのに、恋愛をしないなんて百合中って変だな」


 楽し気に笑う男子は苛つくけど、怒りをぶつけたい気持ちにはならない。


「テニスコート空いているから、試合しようぜ!」


 遠くから別の男子の声が聞こえてくる。


 隣にいる男子は立ち上がってテニスコートに向かって走っていく。


 男子が言ったことを反芻する。



『女子に興味があるのに、恋愛をしないんなんて百合中って変だな』



 男子に対して怒りをぶつけたい気持ちにならなかったのは、男子の言うことに納得したから。


 幼馴染達に家族愛はあるけど、本当の家族ではない。


 愛しているなら告白することだってできるのに、する気にならない。


 僕って変だったんだな。


 恋愛ができなくても、別にいい。


 幼馴染のそばにいられるなら。




 その時の僕は、そう思っていた。


 でも、僕は恋をする。


 僕が入り込む余地がなくて、僕が必要のない恋。


 高1の春にそんな初恋をするなんて夢にも思っていなかった。



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