第46話 較べてもしょーがねーって

「じゃ・あ、三・人で、いっしょ・に!」

 にぱー、とあっけなく第三の答えを出したプロスペール。白い歯を見せる、大らかな笑い方をする。

「……いえ。やはり、お任せします、サー・プロスペール」

 ああ、負けた……と何故かがっくりと肩を落として、ギャレットが呻いた。

 シュゼットには、何がなんだかよく分からなかった。が、ともかく、ギャレットとはそこで別れることになった。



「なんだ、不満そうな顔してんな。なんかあったか?」

 ギャレットは、向こうから来たエセルバートに佳い声で話しかけられて、驚いた。

 この偉丈夫の虫めずる王子は、おおざっぱな朴念仁のくせに、繊細に人の心をズバリと見抜くところがある。

 しかも、この暗い中で、よくもまあ、とギャレットは舌を巻いた。

 周囲は、館の窓から漏れる明かりがとびとびに道に落ちている程度だ。

 シュゼットとプロスペールと別れてすぐのことだった。

 エセルバートは、作業を終えて大弓騎を大矢倉におさめ、階段を登ってきたところと見える。リーゼロッテと一緒だった。

「あっ、ほんとだテメー、その顔、なんかシュゼットにやらかしちまったのか!?」

 リーゼロッテも、頓狂に声を張り上げる。シュゼットを心配しているのだ。

「いえ、違いますよ……ただ、自分がふがいないと思っただけです」

「ああ、アザだらけなのに気がつかなかったことか?」

「ぐっ。それもそうでした」

 グサリと胸にきた気がする。

 うっとダメージをくらった胸をかばったギャレットに、

「? なんだか知らんが、ありゃ気がつかねーって!」

 慰めるつもりか、リーゼロッテは、

「野生動物かよ、アイツ、擬態うめーよなー! そんで、プロスペールの旦那はそれこそ野生動物だかんなー。子どもの頃のっつーか、つい何年か前まで山ン中で暮らしてたの、てめーだって知ってんだろ? 気がつくのは当然で、オメーが気がつかねーのも当然だって! 当然!!」

 あっけらかんと言う。

「ですが……」

「較べてもしょうがねーって。勝てるわけねーんだからよー!!」

 リーゼロッテは、バシバシとギャレットの肩を叩きながら明るく請け合う。

「勝て……ない……」

 ギャレットは復唱して、ずーんと落ち込んだ。

 プロスペールには、ギャレットは決して勝てない。剣技でも、心の機微の面でも。

 分かっている。

 そうだ。今さっきだって、シュゼットがプロスペールを見たとたんにぱあっと輝かせた顔、信頼のまなざしに、歴然とした差を思い知らされた。

「あー、それでなんか焦ってんのか? おめーシュゼットにアタリキツいよな!」

 リーゼロッテに無邪気に言われて、ギャレットは動揺した。

「キツい……」

 そうだろうか。私はシュゼットにキツいだろうか。

 むしろ甘すぎる、親身になりすぎている、という自覚はあるのだが。

 が、親身になるあまりに、キツくあたっているのかもしれない。

「私はただ、シュゼットに幸せになって欲しいのです」

「ほー」

 エセルバートが顎髭を撫でながら言った。急に照れくさく、居心地が悪くなるギャレット。

「なんですか、意味ありげな『ほー』はやめてください、『ほー』は」

「ははっ」

 エセルバートは笑い、

「まあよ、ほれ、あれだ。ジュリアンって化粧係に、相当酷い目にあってたみたいだからな」

「ええ……、実に、ジュリアンというその化粧係が憎い」

 我知らず、声の低くなるギャレット。

「ああ、だいじょーぶ、そいつはオレがたたっ切る! もう決めてっからよ! そりゃもう昨日のうちに決めた。横取りすんなよ!?」

「……!!」

 なっ、リーゼロッテにまで、負けている、だと……!?

 ギャレットは、絶句した。

 リーゼロッテは変わらぬ調子で、

「ああ、あと、ジュリアンの悪口は、シュゼットの前で言わねーほうがいいぜ? こじれっからよ! ――へ? ソースはオレ! もうめいっぱいこじらせた。アイツ、自分のされたことが分かってねーのか、なーんかジュリアンを庇おうとするんだよな」

「……ほほう、そうですか……あなたとの間では、そんな会話まで」

 いっそ、対立してこじれるくらい深い話をしてみたい。聞きたい。知りたい。と思うギャレットだった。

「お!」

と、エセルバートがだしぬけに、あさっての方を指さした。

 ギャレットははっとして、

「なんです!?」

 いいざま振り向いた。すわ、と思ったのだ。

 その瞬間、ばしーん、と大きな手のひらで背を殴られた。

「あったー!! 何をするんです、エセルバート!!」

 リーゼロッテがゲラゲラ笑い、

「ひっ、ひっかかりやすすぎだぜ」

「そーゆーとこで、そーゆーことだぞ? お前さんはほんとに真面目だなー。頑張りすぎなんだよ」

 エセルバートがのほほんと言う。

 リーゼロッテはゲラゲラ笑い続けていて、

「エ、エフェンディ、今のはヒドイって」

「そうかい?」

 エセルバートは頭をかいたが、ギャレットに視線をやり、

「カーターの奴に似ているぜ。奴の二の舞にならねーようにしろよな」

「あっ、カーターの野郎も、ギャレットはオレに似ているところがある、っつってたぞ。『理知に傾きすぎて何かを見過ごし失敗するのだ。とりわけ人の心情の領域において』とかなんとかな」

 ギャレットは、目を見開いて、返す言葉も浮かばない。

「ま、適当にやれよー」

とエセルバートが言ったときには、既に背中で、手を高くあげて振っていた。

 二回りほど小さなリーゼロッテが、小犬のように追っていく。

「適当になー」

 と、習うように言い置いて。

 二人を見送って、ふう、と吐息をついて、ギャレットは歩きだした。

 腕を組んで顎をつまむと、

「ふむ。確かに、堅く考えすぎだったかもしれません……」

 ひとりごちた。

 もう少しおおらかにあたるべきなのかもしれない、と反省した。



「おーっす、シュゼット、寝間着に着替えんの、手伝いに来たぜ。っと、何作ってんだ?」

「リーゼロッテ」

 夜、ノックの音に扉を開け、招き入れると、リーゼロッテはシュゼットの書き物机に近づいていった。興味津々に覗き込む。

「ふふ。小鳥です」

「へえ、軽いな。木と、綿と、これは布の端切れか?」

「プロスペールに頼んだら、必要なものを揃えて下さいました」

「ピンセットとか、これ、手作りじゃねーか! さぁっすが、プロスペールの旦那だな」

「あっという間でした。目の前で。器用ですよねえ」

「旦那はずっと一人で山の中で暮らしてたからな。服も薬も斧も弓も誰にも教わらずに自作して生きてたってよ。こういうの、朝飯前なんだ。……しっかし、てめえのこの器用さもスゲェな!」

 布で作った羽根を貼り込んでいる途中の、作りかけの小さな鳥だった。つまみあげて、燭台の明かりに照らしてためつすがめつするリーゼロッテ。

「どこで習ったんだ?」

「一目千両殿で。ドレスやハットにこうした飾りをつけたことがあったんです。ジュリアンのデザインで。助手をしていて、覚えました」

「あのドレスかー! 女どもがすっげー興奮して、一時期えらい流行った。あの一目千両の版画、めっちゃ売れてたし、今でも飾ってる家あるぜ。ここの城下の村の家にもな!」

「そうなのですか!?」

「ああ。あと貴族女ども、鳥の細工とは思わねえで、剥製師に頼んだ奴らがいっぱいいてよ、猟師もだいぶ儲かったんじゃねえのかな。どいつもこいつも欲しがったから、すっげー高騰してよ。この城の騎士どもも、恋人や奥さんに無心されたヤツいるぜきっと。うちの母王妃ははうえ父王ちちうえにねだってたし」

「まあ」

 一目千両殿の外で起こっていたことを、全く知らなかった。新鮮に思う、というだけではない。聞きたいのだが、知るのが何か、落ち着かない。何か奇妙な気持ちになるシュゼットだった。

 リーゼロッテは勝手知ったるように寝室へ移って寝間着を広げ、シュゼットに、洗面台を顎でしゃくって見せた。

 シュゼットが服を脱ぎ、体を拭いて着替えるのをリーゼロッテが手伝う間、お喋りは続いた。

「実は、お手紙につけようと」

「お? サー・ネヴィルにか!?」

 リーゼロッテはよほどその武芸の達人という騎士が好きなようだ。

「いえ、サー・ポールに」

「ああ! そりゃそうだよな。あいつ、可愛いモン大好き出しなー!」

「ふふ。喜んでくださるでしょうか?」

「喜ぶ喜ぶ、ぜってーの保証付きだ!」

 シュゼットはぱあっと笑みがこぼれた。

「けど、夜更かしすんなよ!」

 ぎくりとするシュゼット。

「ど、どうして分かったのです?」

「分からいでか! 明日の朝カーターが出発させる便に混ぜる手紙だろ?」

「はい」

 着替え終わったシュゼットの頭を、リーゼロッテはぐしゃぐしゃと撫でた。

「ま、適当にやれ。じゃーな、いい夢見ろよ!」

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