第44話 嫉妬をしたのかその真似か

「はっ、はい!?」

『おおー』

『言ったぞ』

『さすがギャレット卿』

『ひゅーひゅー』

 シュゼットはくらくらして、顔は赤熱し、湯気が出るような心地がした。

 あああ、なんて熱い言葉を……!! 嬉し恥ずかし、でもこれは、皆さまの前での仕方なくの演技なのですよね……!! なんて酷な……!

 くっと涙を呑む思いだ。思い上がってはいけないし、忘れてはなならない。

 相手は、あくまでも、意に染まぬ恋慕を向けられることを怖がる、可哀想な男の子なのです……!

 シュゼットは、一瞬でもドキッとしてしまった自分をばかばかばかーっと脳内でポカポカ叩き、押し隠した。

『シュゼット様だいぶウブだけど大丈夫か。硬直してるぞ』

『かわいらしいなあ』

『なるほどギャレット卿はそこがよくて結婚を』

 ううっ違うのです、違うのですよ皆さま……!

 一度この、人を惑わす美影に正面からこんなこと言われてみるとよいのです! 失神しなかっただけでもえらいと褒めて下さい!

 その上、『これは演技』と冷静に判断したのですから、めちゃめちゃ褒められたい案件です!

 言いたい気持ちをぐっとこらえる。

「そっ、そろそろ行きましょう!」

 シュゼットはくるりと踵を返し、店を後にした。

「なっ、シュゼット、返事は」

「ほなまたなー」

「?」

 ギャレットが何か言った気がしたが、モイーズの声がかぶってよく聞こえなかった。

「ありがとうございました、サー・モイーズ!」

 外へ出ると、モイーズの店へ入る前と同じ調子で、たったったっと走り出す。もとの周回コースへ戻る。

「……」

「……」

 モイーズの店から少し離れてから、

「あの!」

 たまらず、ギャレットに言った。

「さすが、機転がきいて、演技も巧みでしたね。迫真すぎて、私、思わず頬が熱くなってしまいました」

 演技だと分かっていると、きちんと伝えておこうと思ったのもあり、言った言葉だった。

「は……? 機転……? 演技……?」

 ギャレットは、最初、何のことを言っているのか分からない様子だった。

 それから何かに気づいたように、

「はっ」

と息を飲む。

「そ、そう、演技です。演技ですとも! 周囲に領民がおりましたからね!」

 ギャレットは、慌てた様子で強調した。我知らずか、立ち止まっている。

 カーッと、その顔が急に赤くなり、それが耳まで及んでいった。

「ええ、別に思わず口から漏れたわけでもなく、気づいたらそう思うようになっていたというようなことでもなく。お、夫なら、もしあなたに恋する騎士なら、ああ振る舞うのではないかと計算しての演技です! それだけです!」

「あら、今さらながら照れが来たようですね、ふふっ、安心しました」

 シュゼットは、足を留めずに足踏みしながら、くすりと笑った。

「照れないわけではないのだと思うと、親しみが湧きます」

 にこにこして言うと、

「そうですか。それはよかったですね……」

 ギャレットは何故か、理不尽さを感じているようだった。

 再び走り出しながら、コホン、と咳払いをして、

「あの場ではああ言いましたが、今後、見蕩れるのは私だけにしていただきたい、なんて思っていませんよ。嫉妬だってしません。あなたに恋する騎士でもないので」

「はい!」

 シュゼットは笑顔で言った。一抹、寂しく思ったが、そんな気配はおくびにも出さない。

「う……いい笑顔をなさいますね、この、!”#$%%&&’’()~!」

「はい?」

「なんでもありません。さ、きりきり走りますよ!」

「?」

 『この、斑(まだら)娘がー!』と言ったような気がしたが、シュゼットにはよく聞き取れなかったし、ギャレットがなんのことを言っているかもよくわからなかった。

 気のせいでしょうか、何かまた、不機嫌になっていらっしゃる!?

 シュゼットはこっそり眉を曇らせた。

 


「やったー、暗くなる前に戻ってこられました!」

 城主の屋敷の門で、シュゼットははしゃいで両手をあげた。また一週稼げたからだ。

「暗くなる前に、ですって? もう真っ暗ですが!?」

 ギャレットから鋭い突っ込みが入った。

「あれ? 本当ですね! 畑で作業をしていた人も、大弓騎ももう見えません! あはは」

 さきほどまでは夕映えのなかにキラキラと、中郭や外郭で動くガラスの大きな女神が何両か、見えていたのだが。

「さすがに、夕食の時間ですから」

「昨日もでしたが、皆様、何の作業をしているのですか? 私の教授をしている以外のお時間、サー・エセルバートもサー・ウォーレンもリーゼロッテも」

 大弓騎で出払っていた。

「何をしていると思いますか?」

「ええと、動いている姿はほんとうに綺麗で、見惚れそうでしたが……でも、やっていることは、土木工事!?と思っちゃったり……」

「分かっているではないですか」

「ええっ!? ほんとうに!? 大弓騎って、戦うものではなかったのですか!?」

 矛盾しているようだが、当たってしまって驚くシュゼット。

 ギャレットは、

「――そのとおり。ゆえに土木工事など、普通は騎士は、とくに大弓騎に乗るような騎士は、ましてや王子は、やらないものですよ。が、この城の騎士王子たちはみな、平気でやる。よその騎士団から見れば変人ぞろいです。全員が、なにせカーターだからな、とサー・カーターを揶揄しつつも、案外全員がカーター的。と、私は思っています」

「あの、『なにせカーターなものでね』などと、皆さまよくおっしゃいますが、あれは……?」

「あの方の名『カーター』には、特別な意味があるのです。貴族にしては俗な、平民の如き名で、不思議に思いませんでしたか」

「えっ?」

「なるほど。情報が限られていたため、奇異に思う感覚がない、と」

 ギャレットはため息をついた。

「まったく、ほんとうに斑だ……どこまで己に都合のよい躾を徹底していたのか。……ああシュゼット、そんなに怯えないで下さい、あなたに怒ったのではありませんよ」

 息を飲んで硬くなっていた。シュゼットは、そう言われてそっと息をついた。



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