第41話 騎士カーターは教えたい
何故か苛立だしげにしているギャレットへ、
「そ、そういえば昨日、サー・モイーズから、サー・エセルバートは旅がお好きと聞きましたね」
と言うと、ギャレットはわざとのようにエセルバートから顔を逸らして、
「ええ。旅が好きで諸地方を漫遊するついでに虫を集めているのか、虫を集めるために旅に出るのか」
「うるせえ。だいたい、揶揄のつもりだろうが、ちっとも揶揄になってねえぜ? 虫嫌いの王子さまよ」
ふふんと笑って余裕のエセルバート。
「ほいほーい! 余(オレ)は剣術を教えてやるよ! 騎士にゃ剣術、必要だろ!?」
リーゼロッテが元気に手をあげた。カーターは、
「嬉しい申し出ではあるがね。君の剣は一般的ではない」
「ちぇーっ。なんだよ曲刀に文句があんのか!?」
「剣なら! 我が師ネヴィルが! よろしい! でしょう!」
いつも落ち着きあるウォーレンが、めずらしく年相応に少年のごとく瞳を輝かせ、割って入ってまで推した。
「なにしろ武芸百般において無双、右に出るものはおりません。シュゼットには、サー・ネヴィルが戦場から帰還するのを待って習い始めるかたちにはなりますが、絶対に後悔しませんよ! 初手から騎士ネヴィルにご教授いただけるなど、おそらくローレン大王国の武芸者すべてのあこがれ、夢です」
「そいつぁ本当だ。儂だってお嬢ちゃんと一緒に入門してぇや。できるもんならな」
と、エセルバートが言い、
「なら僕様(ぼくさま)も!」
「じゃあ余(われ)も!! アニキと一緒に習いてェ!」
「君たちは控え給え、エセルバート、マルク、リーゼロッテ。まったく」
カーターが眉間の皺を深めた。
二十歳前後のエセルバート、十代後半のマルク、十代半ばのリーゼロッテと、三人は、年齢も違えば容姿も違う。けれど、気が合うのだろう。
中心はエセルバートで、毎度こんなふうにマルクとリーゼロッテがエセルバートに同道したがって、カーターに呆れられているのかもしれない。
なんだかかわいらしいです! シュゼットは、彼らの様子に目を細めていた。
「わたくしは礼儀作法を担当したく。きっとシュゼットのお力になりますよ」
「むべなるかな。礼節について一家言あることにおいて、他の追随を許さない君のことだ。皆が認めるだろう。存分にやり給え」
「えぇえー!! ウォーレンが礼儀作法担当かよー! 可哀想に、シュゼットのやつ、ガミガミ言われて、へこむぞ」
「喜んで」
リーゼロッテの嫌味をまるで聞こえなかったかのように受け流して、ウォーレンが言う。
「礼節には人文地理を多小なりとも含みますので、サー・エセルバートとややかぶる場面もあるでしょうけれども」
会釈をしてくるウォーレンの淡麗な容貌に、シュゼットは目がちかちかする。
気のせいか、ギャレットがまた睨んだ気がした。
ウォーレンがシュゼットから視線を移して、
「それでサー・カーター、貴君は何の担当を?」
「俺か?」
フ、とカーターが口の端に笑みを浮かべた。
「もちろん、文芸と決まっているだろう。読み書き一般、国語に外国語もつけよう。たらふく読み、たらふく書いていただく所存だよ」
あああ、この方もキメ顔が眩しいです!
端正にして怜悧な細面の顔を向けられて、シュゼットは照れてしまう。
「イーッ、さすがは書き付け魔のセンセイだぜ」
と、リーゼロッテが舌を出した。
「たらふくって言い方が、何かを物語っているよなー」
と、マルク。白馬の王子様然とした容姿と、喋る言葉や表情との間に、品のギャップがあるのが味わい深い方です! と、シュゼットはまた、にこにこてしまう。
するとギャレットから、何故かこちらの足をテーブルの下で蹴っ飛ばしかねない剣呑な気配を放出する。
「シュゼット。人ごとのように呑気な様子ですが、分かっていますか?」
「シュゼ・トちゃ、断・て、い・いんだよ? 眠・かった・り、する・で・しょ? みんな、ちょっ・と、待・て!」
プロスペールの言葉に、テーブルの騎士の全員が振り返り、視線が集まった。
「……あーっと、ちょっち早まったか? 余(オレ)ら」
「あちゃー、僕様、教えるなら何か一番にって熱くなっちまって、つい。いっけねえなあ」
「おう、すまねえ、プロスペールさんよ」
「わたくしも謝罪いたしましょう。養い親たるサー・プロスペールをさしおき、礼を欠いた進め方ではありました」
「まあ、プロスペールはんが言うなら、理屈はなくとも道理に叶っているに決まっとりますさかい」
「サー・プロスペール、他ならぬ君が言うなら、残念ながら、白紙に戻すことも是としなければなるまい」
さすがにプロスペールが言うと、騎士たち全員が考え直す。格別の信頼と絆があることを感じさせた。
「しかし……、斑(まだら)を均(なら)す学習を始めるなら、早ければ早いほうがいいと思うがね。……いや、シュゼットの齢を危惧しているのではない。俺も諸卿も戦士たり、ここが城砦たるがゆえの危惧だよ。いつなんどき、何が起こるか知れぬ当世だ」
肩をすくめて、カーターは言った。
「辛気くせえなァ! てめぇは理屈が先に進みすぎなんだよカーターあ!」
「失礼。なにせカーターなものでね」
「くっそー、多数決だ! 多数決とるぞ! シュゼットに教授始めんの賛成なヤツと反対なヤツって今から聞くかんなー?」
リーゼロッテが立ち上がって、高くくくった金髪を振り、テーブルを見回す。
「待ち給え。君が私の言も私も気に入らないのは承知だが、私がまとめるのが問題だとて、君がまとめるのも容認できかねる」
「んっだとう!?」
「違う違う、俺でも君でもない誰かがまとめるべきだ、と言っているだけだ」
「んじゃ誰が……って、ああ、そっか」
「そうだ」
爆発寸前だったリーゼロッテとカーターが、同時にくるりと一人の騎士を見た。他の騎士も、同時にくるりとその騎士へ視線。
「サー・ウォーレン。頼む」
「ふん。仕切り屋はまあ、ウォーレンの方に部があんだよな。任せた!」
がたん、と座って腕を組んだリーゼロッテ。
「ふう。……カーター、貴君の方がわたくしより年長なのだが」
「年功序列や階級を重んじる君と違って、俺は実力主義や適材適所が性分だ、全く意に解さんよ」
「「なにせカーターだかんな!」」
リーゼロッテとマルクが声を揃えて言った。
楽しそうな二人の様子に、カーターもフと笑う。
「承りました、サー・カーター。では……」
と、ウォーレンが立ち上がり、皆の視線を受けて、こう言った。
「シュゼットは教育を受けるべき子どもの立場です。さすれば教育方針は、養育者が決めるものでしょう。ところで養い親たるサー・プロスペールは、ただいまの論争において公平な立場にあるものとは言えません。よって、デイム・ゼアヒルド」
「ほう?」
椅子の肘掛けに頬杖をついていたゼアヒルドが、目をあげた。
皆も、そこではっとしてゼアヒルドを見た。
「わらわの言葉が聞きたいか」
「ぜひにも。我が主(あるじ)。最終的にシュゼットを騎士へ育て上げる責任はあなたさまのもの。余人の介入はこれを排除する所存のはず。違いましたか?」
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