第40話 シュゼットの程度
置かれた小篭のパンも、焼きたてか温められているようだ。かぶせられた白いリネンの下からいい匂いが漂ってくる。
まるで幸せの象徴のような輝かしい朝食です! と、シュゼットは鼻がつんとなる。
いえ、ふくよかになったり痩せたりするため制限の多い千両殿の食事に、不満があったわけでは決してないのですが!
と心の中で、誰にともなく断りをいれたが、何故かじわりと潤んだ視界。誰にも気づかれないように、鎮めようとする。
「現在、私が末席ですので給仕を務めています。この食堂は、騎士団の騎士のみにしか出入りが許されていないと昨日お話ししたとおり、召使いは来ません。あとで教えますから、明日からあなたも一緒にお願いします、シュゼット」
「わあ! 嬉しいです、私にもお仕事があるのですね!」
シュゼットの声は弾んだ。
「教えるで思い出したが、シュゼット。食事をしながら聞いてくれるかね?」
眉間の皺がトレードマークの痩身の騎士が、声をかけた。
「はい。えーとあなたは、サー……」
言いよどむと、ギャレットが、
「カーターですよ、シュゼット」
「サー・カーター」
昨日よくギャレットを理詰めにしていた騎士だった。理詰めを茶化されると『なにせカーターなものでね』と決まり文句のように言うのが印象に残っている。
「うむ。さて、無礼を承知で言わせていただくが、前途多難、と我々一同、思い知らされた。君の常識と教養その他の程度についての問題だがね。そこで」
「……」
あああ、前途多難! はっきり言われてしまいました。もちろん反論できません! 前途が大いに難ありの予感は、私も感じておりました……!
「前途多難ですやろか。夕べ見たとこテーブル・マナーは完璧で上品やったし、走るんも得意やいう話聞いたけど?」
「あァ、こいつ斑(まだら)なんだよな。服が着られなかったりブーツも履けなかったりするくせに、花冠は作れたり、皿洗いは召使いどもが驚くほどコツを心得ていて手早かったり。ちぐはぐっつーのかな」
ばくばくとチキンにくらいつきつつ、リーゼロッテが言った。
ギャレットが、
「斑(まだら)。言い得て妙ですね。リーゼロッテのくせに。――そう、大賢者ロースンも『淡海の残照』も知らない割に、宮廷の舞踏はそこらの貴族の姫顔負けの優雅さで踊れたり、斑というのがぴったりです、シュゼットは」
優雅!? そこらの貴族顔負け!? 何をいっているのでしょう、この方は!?
シュゼットは耳を疑った。
昨日の宴で、余興に楽器や吟誦、剣舞が披露される中、順番が来たギャレットから、『民のダンスは知らないとおっしゃいましたが、もしかして』と聞かれ、『はい、宮廷のダンスでしたら少し』『では、一曲踊っていただけますか』手のひらを差し出すギャレットのまばゆさに、時が止まったようにぽうっとしていると、『多少下手でも、フォローしてみせます』『は、はい』というわけで、皆の前で踊って見せることになった。
シュゼットにとっては、千両殿では化粧係のジュリアンから毎度『もっと出来るはずだよ!?』と怒られていた、『まったく人にお見せできる水準じゃあない』ダンス。事実、踊り出すと領民は静まりかえってしまったし、終わるとドッと拍手喝采だったし、ギャレットも目を見開いていた。
察するに終わってくれて安心した拍手と、下手さに目を見開いた――、けれど、楽しかったからいいのです! と、自分では思っていたのだが。
そんなことを回想している間に、騎士たちの話はどんどん進んでいた。
「それだ」
と、カーター。
リーゼロッテのくせには余計だギャレットこのヤロウ、と言う声を手で制して、
「全てが前途多難なわけではないが、斑(まだら)に前途多難。シュゼット、そんな君を、いかがしたものかと考えていたのだが。どうだろうか諸兄、われわれ騎士で分担して、地理や歴史や一般知識、読み書き、算術をとっくり教授していくというのは? 科目担当の騎士を定めて、家庭教師のような具合にだ」
「え!?」
と、否定的な呻きをあげたのは、珍しくプロスペールだった。
「早・く・ない?」
「そうです! シュゼットは今、忙しすぎます。身も、……心も」
「ふむ」
と、カーター。
「まかせな!! 僕様(ぼくさま)は算術を教えてやるぜ!」
絵に描いた白馬の王子様のような騎士が、親指で自分をぐっと差して言った。
ひゃあ! 笑顔の真っ白な歯がきらーん、と光って眩しいです!
シュゼットは頬が赤くなる。
何故かギャレットがとがめるようにシュゼットを睨んだ。ギャレットは教授案に反対だからだろうか?
「サー・マルクに教えを乞うなら確かに算術だろうな。この国屈指の重要産業を運営する王家の出であり、この城でも会計係だ。算術を教えるなら、他に適任者がいないくらいだよ」
とカーター。
「僕様が算術なら、アニキは地理だよな!? な!?」
マルクは虫めずる王子・エセルバートに勢い込んで言う。
色白でやわらかな金髪のマルクは、褐色の肌で豊かに長い黒髪のエセルバートをアニキと慕っているらしい。
対照的なので、ちょっと面白いなと思うシュゼットだった。
そういえばリーゼロッテも同じく、弟ぶんとしてエセルバートを兄貴分と慕っている。昨日の宴でも、たびたびマルクと二人してエセルバートにくっついて回る姿が見られた。
「あん? まあ、旅のために集めた情報や、旅行くまにまに見知った風土や歴史を、地理なんてご大層なお題目つけて語っていいのかってェ話だがな。お嬢ちゃんが聞きてぇってんなら、儂は構わんぜ」
流し目というわけでもないだろうが、目を向けてきたエセルバート。その顔に、シュゼットはマルクのときと同じように、頬が染まる。
ひゃあああああ! 男っぽい色香というのでしょうか、そうした美形の横目はどきどきします……!
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