第35話 新郎新婦らしく?

 しっかり! 私ったら! なんてことない平素の顔をするのです!

 ギャレットは、披露宴の広場へ入ると、宴に集まった城の住人たちの歓声に応えながら、卒なくシュゼットをエスコートして、ゼアヒルドの元へとまっすぐ進んでくれた。

 シュゼットが、

「デイム、どうか、よかったら!」

 笑顔で花冠を差し出すと、果たしてゼアヒルドは、一瞬、目が輝いて、瞳が大きくなった。が、すぐに平素の顔に戻り、

「ふん。受け取らぬわけにはいかぬな。初めてのそなたよりの贈り物ゆえ、仕方ない!」

 尊大そのものの、当然という様子で受け取った。

 シュゼットはにこにこと、笑みがこぼれてしまう。

 花冠を見つめるゼアヒルドが今、心なしかご満悦に見えるのは、気のせいだろうか。

 横にいたプロスペールが、

「あ・りがと、い・い子」

 と、嬉しそうに、大きな手でシュゼットの頭をなでようと手を伸ばし、花冠に気づいて遠慮する。

「でも、なでたい・気・持ちだよ」

「分かります。嬉しいです! 撫でられた気持ちでいますね、サー・プロスペール」

「うん! ね・え、ゼア、も、頭に載・せたら・い・いよ」

 何を抜かす、と及び腰になっているゼアヒルドの手から取り上げ、プロスペールが両手で大切そうに、ゼアヒルドの頭に花の冠をかぶせる。

 わっと人々から拍手や歓声があがった。

「すてっきやな~」

「あんだよ、似合わねえけど、似合ってんな」

「どっちなんだ、リーゼロッテ。いや、わかるがよ」

「うるさいぞ、そなたら。まったく、そなたのせいだ、騎士見習い」

「ふふ、すみません」

 言葉とは裏腹に、シュゼットは嬉しくて仕方がなくて笑っていた。

 と、ゼアヒルドがふっとどこか遠くを思い出すように、

「そなたは陽だまりのようだな。かような宵闇の中なのに。我が師セラフィンを思い出す」

「それは……、なんとも嬉しいことです、デイム! 光栄です!」

 笑顔がこぼれてしまったシュゼットを、ゼアヒルドは、驚いたように目を点にして見つめた。

 ほんとに似通っているな、とひとりごちたように聞こえたのは、気のせいだろうか。

「えええっ、陽だまり? サー・セラフィンがァ?」

と、小さくぶつぶつリーゼロッテがまた首を捻っていたし、他の騎士たちも腑に落ちない顔をしていたが、ゼアヒルドはすました顔で、

「そろそろ始めよ、ウォーレン」

「は」

 宴の開会の言葉や挨拶もそこそこに、にぎやかに楽器が奏でられた。

 ごちそうが並び、美しいハレの日の食器に取り分けられ、さまざまな飲み物が樽ごと並び、おのおの好きなだけ、さかずきを満たす。

 中庭のテーブルや椅子や石壁は帯やリボンや花で飾り付けられ、それ以上に人々の笑い声で華を添えられた。

 城主ゼアヒルドも、プロスペールはじめ騎士王子たちも小間使いも商人も職人もいっしょくたに混じって楽しみ、今日の日を祝う。

 人々の間を縫って、ギャレットはシュゼットを沢山のゼアヒルドの領民にひきあわせてくれた。さきほど会った人々、老人や子どもたちとの再会もあった。

 皆からのおめでとうの声を、ギャレットは照れたふりも交えて完璧にさばいた。シュゼットのフォローも忘れない。

 ダンスは、シュゼットがいつか一目千両の『演美』のためにたたき込まれた優雅なダンスではなく、知らないダンスだった。跳ねるように陽気な足取りのダンス。驚いて見ているばかりだったが、誘われて輪に入り、教えてもらっているうちに踊れるようになった。

 リーゼロッテの貸してくれた晴れ着は、男装の騎士だけあって、ドレスではなくパンツスタイルだった。けれど上着の裾が長くヒラヒラと何枚にも分かれている形で、ダンスをすると優美にひるがえり、ドレスのスカートが膨らむのと同じかそれ以上の華やかさだった。

 皆でくるくると輪を描いて踊るダンスもあった。シュゼットは有頂天になるほど楽しく、街のおかみさんたち、旦那衆と笑いながら踊った。

 千両殿では知らなかった楽しさだった。

 夜の闇が濃くなり、月や星がくっきりと輝くようになると、誰からともなく歌が歌われた。

 始めはやはり、あの硝子鍛冶師の工房でヘレーナが歌っていた『淡海の残照』という歌から。

 空気に、皆の心が一つになる手触りがしたのは、世代を超えての人気曲ならではか。

 『淡海(みずうみ)の残照』から次から次へ、歌は続いた。誰かが歌い出すと皆が歌うし、伴奏もつくといったふうだ。

 シュゼットは目をみはり、ドキドキした。千両殿の外では、みなこうして歌を楽しんでいたのだ。知れた嬉しさと、一抹の後ろめたさを感じた。今、こんなふうに歌を楽しんでいる姿をもし、ジュリアンに見られたら。きっと叱られてしまう。こっぴどく、執念深く、何時間にもわたって責められるだろう。

 それにしても、何故ジュリアンは、あんなに歌を憎んでいたのだろう。こんなに、こんなに、素敵なのに。

「シュゼット、どちらへ行くのです」

「あの、ふと思い出したのですけれど、厨房へ。きっと大変なのではないかと思って」

「は?」

「昼間、お手伝いに行くとお約束しました。あと、その、見てみたいんです」

「待って下さい、どんな非常識を言っているか、お分かりですか?」

 ギャレットは頭痛がするように額を手で抑える。そんな悩ましい姿も素敵だな、と思いつつ、シュゼットは、

「非常識ですか?」

「仮にも結婚披露の宴の最中に、台所仕事を手伝いに抜け出す花嫁が、どこにいますか!」

「えーと、ここに」

「くっ」

 ギャレットは心を折られたように、突っ伏しかけた。

「にこにこして言わない! プロスペールですか、あなたは。宴が終わるまで、花嫁らしくじっとしていてください」

「い・いんじゃ・ない?」

 ぬっとプロスペールが現れて言った。

「せ・かく、自由に、なった、ん、だから。た・のしんで、欲しい、シュゼ・トちゃ」

「何を言っているんですか、いいわけが……」

 ギャレットが言いつのり、プロスペールが、うん…うん…と、しおらしく聞く。その間に、ギャレットの見えないところで、プロスペールが手で空をパタパタと払う仕草をした。『今のうちに行きなよ』とこっそり言うような、シュゼットへの合図。わざとギャレットの注意をひきつけてくれている。

「!」

 大好きです! サー・プロスペール!!

 シュゼットは大喜びで、中庭に向いた厨房の出入り口へ向かい、走っていった。

 心から思う。

 凄いです、凄いです、私は一目千両ではなくなったのですね!

 その感覚を、胸に大切に抱きしめた。

 自由にお城の中を走り、自由に人々と話し、自由にしたいことをすることを尊重し、応援してくれる人がいる。これがどれほど得難いことか。夢だったか。

 シュゼットは、溢れそうなほど幸せで温かい感覚ごと、じふんの身をぎゅっと両手で抱きしめた。

 幸せで、嬉しくて、笑顔と同時に涙がこぼれそうだった。

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