第34話 花冠と父娘の情景

「いや、父は早くに亡くなったゆえ。師父とは、わらわに大弓騎を譲り、騎士としてくれた男のことよ」

「はぁあ!?マジかよ、サー・セラフィンがぁ!? 花冠!!?」

 横で、リーゼロッテがひっくり返りそうに驚いた。

「イメージが全然違うぜ。冗談だろォ、デイムよォ。あんたの師父、サー・セラフィンといったら、『疾風怒濤のセラフィン』『猪突猛進のセラフィン』『命知らずのセラフィン』それからそれから、えーっと、『捨て鉢のセラフィン』」

「す、すごい二つ名ですね」

「ああ。余(オレ)たち騎士の最ッ高の憧れの人だぜ。豪放磊落、絶対無敵。その強さと言ったら、もう伝説でさ。弓騎を降りても、苛烈で喧嘩っ早くてそのくせ仲間思い。気っ風のいいことといったら語り草で」

「そんなに凄い方なのですね」

「ああ。惜しむらくは、騎士として活動していた期間が短くてよォ。あっという間に引退しちまったらしい。なんで引退しちまったのか、惜しむ声は今だって多い」

 目をキラキラさせて語るリーゼロッテ。どれほどセラフィンが騎士という騎士にとって特別な存在だったのかが伝わってくる。

「しかもサー・セラフィン、突如引退と同時に行方をくらましちまって、引退理由も謎のままさ。勝ちに勝ってた時期なのになー!」

「うむ。引退を決めた理由は、妾も聞いておらぬほどじゃからのう」

「デイムは、サー・セラフィンのその隠遁中に出会ったんだよな? サーの有名な大弓騎ソレイユを譲られて、突如として騎士デビュー。早々に勝ち星を大量生産。世界が驚き震撼した事件だぜ。どこの誰だ、なんと、あの、サー・セラフィンの養い子だと!? まさか、いや、さすが! ってなあ! ひゅー、かぁっこいい!! まるで読み物の登場人物そのものだぜ!」

 たぎる様子で、うひゃひゃひゃひゃ、とリーゼロッテは笑っている。

「だからよォ、そのサー・セラフィンが花冠って……なんかの間違いじゃあないのか?」

「ふふ」

 ゼアヒルドは、微笑ましげにリーゼロッテを見た。

「貴様らの知る伝説のセラフィン殿だけが、サー・セラフィンとは限らぬであろ。少なくともわらわには、あの野原で、どこか情けない顔をして――別にわらわが頼んだわけでもないのにのう――花冠を作っていた優男こそ、我が師父。どちらが虚像なのだろうな」

 言い残して、ゼアヒルドは去って行った。

 どちらが虚像か。千両騎士たちに見せていた一目千両の顔と、いまギャレットたちに診せているシュゼットの顔……。そんなことを連想したが、

「かーっ、信じられねえけどなー!」

 リーゼロッテは、頭を掻いて喚き、さらにブツブツと否定している。

 シュゼットはくすっと笑ってしまった。

 手をあげて、自らの頭の花冠に、ちょっと指を触れてみた。爽やかでみずみずしい野の草花の香り。

「花冠……父(とう)さま……『作ってくれたものよ』、というからには、何度も、か、何度かは作ってもらっていたのですよね」

「あ? ああ」

 小さな女の子と、彼女に花冠を編んであげたくて編んでいる年若い父、二人の居る野の情景。それが、何故かまざまざと頭に思い浮かぶ。

 喋りながら降りていくと、

「遅いですよシュゼット!」

「ひゃあっ!」

 階下で待っていたギャレットの、またも麗しい晴れ着姿に目を覆う。ギャレットは急いでいて、

「失礼。らしくするためですので、お赦しを!」

 愛する新婚の妻そのもののように肩を抱かれて、シュゼットはびっくりした。そのまま、披露宴の会場である中庭へ連れて行かれそうになる。

「ひゅーひゅー、お似合いだぜ!」

「あの、サー・ギャレット!」

「はっ! ああっ、すみません!」

 ぱっと弾かれたように手を放すギャレット。

「私としたことが、なんとも。あなた相手に、他の令嬢や夫人と変わらぬ扱いなど。そも、断りを入れれば多少は、などという料簡、今の今まで無自覚でした。ああ、またブロスペールに怒られてしまいますね。恥じ入るばかりです」

 やってしまった、と、顔に書いて謝る。

「いえ、それはいいのです。ただ、少し行きたい場所が」

「え、よいのですか?! それは嬉しいことで――……はあ!? 今から!?」

 シュゼットが話すと、ギャレットは目を剥いた。

「駄目です! 何を考えて」

「じゃあ、肩も抱かせてあげません」

「なっ……!?」

 うう、それは困ります。困りますシュゼット。らしくならない。恥となります。新郎たる騎士なのに。なんてことを。いつの間にそんなにたくましく育ったのです、とぶつぶつ言いながら、結局、ギャレットはシュゼットに付き添ってくれた。

 内心、言いながらドキドキしていた脅しだったから、ひゃあぁ、ごめんなさい!ごめんなさいサー・ギャレット!と心の中で謝りつつも、シュゼットは、花冠を作りに行った。

「しゃーねーなァ、デイムやウォーレンにはうまく言っておいてやんよォ」

 リーゼロッテの言葉に感謝し、黄昏の人混みの中から、花束をくれた少女を捜す。花の生えている野原に案内してくれるかと頼むと、快く引き受けてくれた。

 ガラスの巨人の弓の射程距離が前提の城のため、城内には内郭でも空き地の野原があった。

 花冠を編んで戻ると、館の中庭に入る前、ギャレットが咳払いをして、

「ん! ん! シュゼット、失礼しても?」

「はい、もちろん」

 笑顔で言うシュゼット。ギャレットはホッとしたように腕を伸ばしてシュゼットの肩を抱き寄せた。

 シュゼットは遅ればせに、ひゃああ、なんてことを平気で許可してしまったのですかー!

 今更ながら、少し頬が熱くなってしまう。が、ギャレットは気づいているのかいないのか。知っていて知らぬふりをしている可能性もあるが、だとしたら一体どう思っているのか。ドキドキして、軽いめまいにさえ襲われた。

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