第33話 騎士リーゼロッテのウインク
親指をたてた手で背後の館の二階を指し示す。そのあたりに、リーゼロッテの部屋はあった。
「ひゃあ! やっぱり目に眩しいです」
目をつぶり、顔を逸らしてしまうシュゼット。美形すぎる。
「いちいちめんどくせえな。慣れろよ。あと急げ! 服を貸すっつってんだ!」
「助かります!」
リーゼロッテに手をひかれて、シュゼットは走った。
ギャレットも着替えるために、自室を目指して同じ道を走る。
石垣を隔てた広い中庭には、沢山の人の気配がし、ごちそうのいい匂いが漂ってくる。篝火がたかれているようで、火影が石垣の上の空を揺らめくオレンジ色に染めていた。
「ではシュゼット、のちほど!」
「ギャレット、てめえはあとで話がある!」
「なんですかリーゼロッテ、またいつもの難癖ですか。決闘したいと?」
「難癖言うな!! 大事な話だ!! まあてめえの態度しだいじゃ決闘してやってもいいけどォ!?」
館内の階段をあがったところでギャレットと別れ、シュゼットはリーゼロッテの部屋へ飛び込んだ。
「つーわけで、ギャレットの野郎にも、あー、プロスペールの旦那にも他の野郎どもにも、話すけどよ、いいか? もちろんデイムにもだ」
手早くボタンや帯をほどいて服を脱がしてくれるリーゼロッテに許可を求められて、シュゼットは、
「え、なんのことです?」
「おめえのこのアザのことだよ!!」
シュゼットは息を飲んだ。
「だめです!」
気がつくと悲鳴のように叫んでいた。
「いいや言う。青タンだらけじゃねえか! 服に隠れてるとこ全面! 最初はプロスペールたちがなんかヘマして怪我させやがったのかと思ったが、んなわけはねえ。で、これ、プロスペールのだんなもギャレットの野郎も知らないんだろ!?」
「知らせないで下さい!!」
シュゼットは泣きそうだった。
「これは、私がしくじった証です! こんなに沢山怒られるミスをしたなんて、出来損ないなんて、ダメダメなんて、誰にも知られたくないです!」
「何言ってんだ。こんなだとは思わなかったぜ! 話すんだよ!」
「ですから、お願いです! 千両殿では皆知っていました。でも、ここでは、ここでは……私は、やり直したい。チャンスをください、サー・リーゼロッテ。お願いです。誰にも言わないで」
「聞けるか! だって、こんな!! 動くのも痛いんじゃねーのかこれ!」
「もちろん、痛くて当然です! もー、情けなくなるから、あんまり指摘しないで下さい! お恥ずかしいですが、私は、確かに、無能で間違ってばかりだったので、でも、せいいっぱいやっても元が元なので、仕方がないではないですか!」
「そうじゃねーんだ、オメーを責めてるんじゃない!」
「じゃあどういう意味なんです!」
シュゼットは混乱していた。心も、頭も、衝撃と闇雲な不安と焦りに占められている。心臓の鼓動が強い。痛いほど強い。
「分かりません。サー・リーゼロッテ。意地悪で言っているのではないと、その目を見れば分かるのですが、あなたの言わんとしていることが、分かりません」
「シュゼット!」
怒鳴ったリーゼロッテの腕が伸びてきて、シュゼットはびくっとした。殴られると思った。張り飛ばされる。蹴られるかもしれない。ジュリアンによくされていたように。
だが気がつくと、男装の美少女の腕に抱きしめられていた。頭を撫でられる。ため息のような声が降ってきた。
「ほんとオメー、一目千両やめて逃げてきてよかったな」
「え」
「サー・プロスペールだろ? 旦那、さすがだな。きっと、何も聞かなくても何もかも見抜いて」
見上げると、茶目っ気のあるまなざしが、シュゼットを見下ろし、ウインクした。
「安心しな。悪いようにはしねーって」
「あの、どういう」
もう一度ぎゅっと強くシュゼットを抱きしめると、リーゼロッテは言った。
「まあ、ともかくパーティーを楽しみな! てめーの披露宴だ」
はつらつとした笑顔に、ほっとした。
わけがわからなかったが、シュゼットはその言葉どおりに、その夕べを楽しむことにした。
「は、はい……!」
「なんと、よきものをかぶっておるではないか、騎士見習い」
リーゼロッテと連れ立って降りる階段で、上から降りてきたゼアヒルドと一緒になり、感嘆の声をかけられた。
「デイム・ゼアヒルド! ええ、花束をいただいたので。ここは素敵な贈り物をしてくれる素敵な女の子のいる、素敵なお城ですね、デイム」
シュゼットは、リーゼロッテの着せてくれた晴れ着に、街で少女とお揃いにした花冠を合わせていた。
「ふふん。嬉しいことを言ってくれる。ただし、そなたの人徳もあろうよ。好かれた証であろ」
シュゼットは照れてしまい、ふふっと笑った。
「編んだのはお前か? 存外器用なのだな」
「ふふ、お花をはんぶんこして。これとおそろいの冠をかぶっているお嬢さんがいたら、それがその素敵なそのお嬢さんですよ!」
「我が領民のその娘も、さぞかし嬉しかったろう。また、わらわからも是非とも礼を言わん。我が騎士プロスペールの養い子にありがたき、とな。可憐な花だ。色も、香りもよい。その……」
ゼアヒルドは、かすかに何かを言いよどんだ。バツが悪いことなのだろうか、
「その……そうだ、しばし、その段に立っていよ」
シュゼットより二段ほど上の段に立ち止まって、ちょうど見やすい高さから花冠をじぃっと見た。香りをかぎ、目を細める。
ゼアヒルドという少女城主は、非常な美貌もあって、鉄面皮な雰囲気も漂わせている。その鉄面皮が、初めて少し、薄らいで見えた気がしたシュゼット。
「あの、デイム?」
「もうよいぞ」
いつものきびきびとした口調に戻ると、早脚に階段を降りて、シュゼットとリーゼロッテを追い抜く。ゼアヒルドは、見る間にいってしまった。
いえ、別に構わなかったのですが!?
はじめての表情を、ほんのちらりと垣間見た。子どものような表情、いち少女のような表情を。
ほんの刹那。
何かを言いあぐねて、立ち止まれと命じ、花冠を見つめて、香りをかいで、目を細め……
ふと、つぶやく。
「もしかして、ゼアヒルド様、この花冠がお羨ましかった、とか……?」
「あァン? そうかあ? 確かに珍しいカオしてたけどよォ」
「そういえば、サー・モイーズが、デイム・ゼアヒルドの命令でお花を飾っていると言っていました! デイムは花がお好きだと」
でも、それだけではないような。
気がつくと、シュゼットはタタタと階段を駆け下りて、ゼアヒルドに追いすがっていた。
「あのっ、デイム!! デイム・ゼアヒルド!!」
「なんだ。……ああ、やはり、変に思ったか? 実はな」
ため息をついて、それからフッとゼアヒルドは自嘲した。
「妾にも感傷的な想いでくらいある。その花冠で、懐かしい風景を思い出したのだ。わが師父も、わらわに花冠を作ってくれたものだった」
「ゼアヒルドさまの、お父様……?」
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