第32話 チューリップの色のように彩な

 聞かれて、ギャレットは嬉しそうだ。

「ラーレ。メリオール。メリュジーヌ。ソレイユ」

「聞いておいてなんですが、覚えきれませんね。あはは。でも、どれも素敵な名前…。特に、ラーレというのは? とても魅力的で、でも、耳慣れない、珍しい響きです。第一言語でも第二言語でも第三言語でもないような」

「よく分かりますね。もともと他国の言葉です。リーゼロッテの王家の故地であった遙か西方の地の言葉で、花の名です。かの辺境王家誕生以来、王家の象徴の花だとか。第一言語でいうとトゥルプン、第二ならテュルップ、第三ならチューリップですよ。目の覚めるような赤の、愛らしい花。あの妖精硝子のはっきりとした赤色からの命名なのか、この名だから赤にしたのか」

「ぴったりですね! サー・リーゼロッテに。名前の響きも花の姿も色あいも」

「そういえば、意地悪をされませんでしたか、リーゼロッテに」

 大矢倉を出て、脇の坂道を城へ向かって昇っていきながら、シュゼットはギャレットに問われた。

 坂道を走るのは初めてで、案外に辛いな、と思いつつ、シュゼットは走る。

「サー・リーゼロッテは一目千両は嫌いだと公言してはばからない方で。シュゼットに引き合わせるのは心配だったのです」

「ああ! そういえばそう聞きましたね。全然、いい方でした」

 シュゼットは笑って答えた。

 金髪を頭の後ろの高い位置でくくった騎士リーゼロッテが服を貸してくれたときのことを思い出す。

 リーゼロッテの部屋で、

『オレよー、一目千両って嫌いだったんだよなー。お前はその一目千両を辞めてきたんだろ? やるじゃねーか。でかした、でかした!! 気に入ったぜこいつぅ』

 バシバシと、上機嫌にシュゼットの背中を叩いたリーゼロッテ。少年騎士の姿の、はつらつとした人物。

『あ、ありがとうございます。ちなみに、何故お嫌いだったんですか?』

 素直に疑問を口にしたら、

『あれっ。なんでだったかなー』

と考え込んだ。とぼけているのではなく、本当に忘れているようだった。

『思い出せねーが、どうせオレのことだ、大した理由じゃないと思うぜ!』

 からからと、口を大きくあけて笑った。

「びっくりするほどさっぱりした方で。ちなみに王家を追い出されたお話をして下さったんですが、それもさっぱりしていて、びっくりしました」

『絵を描きたかったんだよ、でっけー絵をな!』

 リーゼロッテは、シュゼットの着替えを手伝う手をとめて、腕を大きく広げて、壁一面くらいの大きさを表現した。

『したらよー、絵の具代で城を傾けるなって追ん出されちまってな。ったくケチくせーったら。は? 絵? 余(オレ)飽きっぽいっつーか、そんときだけ盛り上がってただけなんだよなー。今は描いてねえ。わりーか?』

 愛嬌があり、なんとも憎めない騎士・リーゼロッテだった。

「ああ。有名な話です。リーゼロッテは、調子がよくて、いい加減なのです」

 ギャレットはため息をついて言った。

 ちなみに、美少年だが、かっこいい少女のようにも見える顔立ちだと思って不思議に思っていたシュゼットだったが、リーゼロッテは歴とした女の子だそうだ。自分から話してくれた。

『着替え貸すけど、警戒すんなよな。ちゃんと服は洗濯してあっからよ。あと、これめっちゃ気になってると思うけど、オレは女だからよ。安心しな! だからウォーレンの野郎が余(オレ)を指名したんだ』

『そうではないかと思っていました! それではお願いできます。ハサミでここの糸、切っていただけます?』

『おう。って、ええ!? 糸を切る!? この服ボタンとかホックとかねえのか!?』

『形の美しさを優先するため、縫ってとじるのです。ジュリアンのドレスは』

『怪我しねえの!? あと糸切らねえと脱げねえとか、もしかして使い捨てかよ!?』

『ジュリアンはお針子の腕も最高ですから、私、怪我をしたことは一度も。使い捨てかどうかというと、捨てはしないで、ジュリアンの指示で、担当者が蔵に保管していましたよ』

『うわ、なんかこの果物剥くっぽい脱がし方、ヤバいな。オレが同性に欲情するタイプだったらどうすんだよ。まあ、よく冗談で口説く真似はすっけどよ』

『先ほどのは、冗談だったのですね!』

『おうさ。まっ、おめーの可愛いとこ、俺が男だったら実際口説いてたと思うけど!』

 おどけて言うリーゼロッテに、シュゼットはあははと笑い、リーゼロッテもあっはっは!と快活に笑った。

『あっ、女だけど、系図上、記録上は男で、王子だぜ。そっちが欲しかった親たちの非常識でな! でも、余(オレ)もこれで気に入ってんだ。サーって呼べよな。デイムはこの城に一人! オレが尊敬してるデイム以外を、つまり余を、デイムと呼んだらぶっ殺す!』

 デイム・ゼアヒルドは、騎士たちから本当に敬愛されているのだな、とシュゼットは微笑んだ。

 いいお城です! 私はここに来られたことを……その、とてもよかったな、と思うのです。

 心の中でそんなことを思い返していると、

「おっ、来た来た、シュゼットぉ、待ってたぜ!」

 噂をすればなんとやらで、前方にリーゼロッテが現れた。

「お前、披露宴にその格好じゃまずいだろ。違う服着せてやるから来い! 急げ!!」

 親指をたてた手で背後の館の二階を指し示す。そのあたりに、リーゼロッテの部屋はあった。

「ひゃあ! やっぱり目に眩しいです」

 目をつぶり、顔を逸らしてしまうシュゼット。美形すぎる。

「いちいちめんどくせえな。慣れろよ。あと急げ! 服を貸すっつってんだ!」

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