第28話 〝会いに行ける〟外の世界の人々

 ギャレットは耐えがたいようだ。一〇周を見届けろとゼアヒルドに命じられている。責任感が強い気質で、やきもきしているらしかった。

「そうですか? でも、せっかく挨拶できる機会ですから、最初はじっくりいきます」

「大丈夫なんですか、その作戦で」

「このお城の皆さんが話して下さるのが嬉しいのです。知りたいし、デイム・ゼアヒルドは知っておいて欲しいと思って、私に一〇週回れと命じたのではないでしょうか」

 ぐっと、ギャレットが詰まった。

「なるほど。その通りでしょう。でも、三日以内に一〇周走れなかったら」

「走ります」

「何を根拠に。あの千両殿から出たこともないあなたに、できることではないのですよ」

「走るのは大好きなんです。毎日一時間ほどは走っていました」

「は?」

 ギャレットが目を点にした。

「雨の日も風の日も、一日も休んだこと、ないんですよ。ジュリアンの言いつけで、最初はいやいや、走らされていたのですが」

「なんと。まさか、ずっと?」

「ええ、少なくともここ一六年間は」

 ギャレットは、目を見開いた。口もあんぐりあいていた。

「あなたは……、その、あなたは、運動とは無縁の生活を送っていたとばかり」

「ああ!」

 なるほど、ギャレットたち外の人々は、一目千両の日常など、想像にも知らないのだ。

「私にとって外の世界が不思議に満ちているように、皆さんは千両殿の中の世界が不可思議なのですね」

 くすくすと、シュゼットは笑った。面白いです!と手をたたく。

 ギャレットは額に指を立て、

「これから日々、沢山の不意打ちに苦しみそうです」

 すみません、とシュゼットは困って、謝った。

「いいえ、楽しい苦しみになりそうです」

 微笑するギャレットに、シュゼットは、またそういうことを!とつねりたい気持ちにかられた。無自覚に魔性の貴公子だ。

「サー・ギャレット、お願いがあるのです。宴まであと一時間ほどですし、最後に、訪ねておきたいところが」

「はい?」

「あの、大きな建物です! きっと、ガラスにまつわる何かなのでしょう?」

 街を見下ろす山の前、街の端に、飛び抜けて横幅の広い、倉というには大きすぎる屋根が見えていた。

「……参りました。世間知らずと思ったら、意外に観察眼がおありだ。ああ、これも、さっそく不意打ちですね」

 感心して、楽しげに微笑み、ギャレットは、

「お連れしましょう。実は、硝子鍛冶師の工房です」

「硝子鍛冶師! それはもしや、大弓騎を作ったり修繕をなさったりする方ですね!?」

 わくわくして、ギャレットの案内する道を走り出したシュゼット。

 と、行く手の木骨組みの家から、見た顔が出てきた。

 ひゃあ! 遠目で見ても眩しいです!

 一二人の騎士のうちの一人だった。

 顔だけでなく、全身で見たときのスタイルもいい。しなやかな動きの細身の洒落男で、蠱惑的な美貌。

 二階建ての家を出てきて、扉の鍵を閉めるところだった騎士に、

「サー・モイーズ!」

「ああ、御身(おんみ)と御事(おこと)。おいでやすー、ほんなら店、開けまひょか」

「えっえっ?」

「嬉しいわー。みんな祭りの準備で忙しいさかい、閑古鳥鳴くばかりやし、と閉めとったんよ。会場の飾りつけ係をサー・ウォーレンからおおせつかって、リボンを一巻き取りに来たとこやってんけど、そこへお客さんなんて! まっこと嬉しいわー、すぐにすぐに」

「サー・モイーズ。残念ですが、シュゼットにも時間はありませんので」

 遮るようにギャレットが前に出て、ぴしゃりと言った。

「あらー。立派なご夫君ぶりやね、板についとるやないの」

「面倒を見る役目をプロスペールとデイムから頼まれたようなもの。そう自認しています」

「サー・モイーズはお店をやっているのですか?」

「シュゼット! いらぬ寄り道は!」

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