第29話 騎士モイーズの店
「まあまあ、ええやないの」
寄り道を警戒するギャレットに、しゃらしゃらと笑うモイーズ。
茅葺き屋根の木骨組の家屋は、隣近所の家々と同じく人の住まいに見えた。が、モイーズが扉を開くと、店屋の証拠にこじんまりとした帳場。
覗き込んだシュゼットは、首をかしげる。
「ここはなんのお店なのですか?」
「さーって、なんや思わはるー?」
小悪魔のような微笑を浮かべたモイーズが、窓の一つに近寄って、鎧戸を開ける。ガラス窓から光が差し込み、薄暗いながらも、室内が見てとれるようになった。
異国情緒ある敷物にソファ、ベッド、棚などの調度が置いてある。
「わあ! なんて色とりどりなのでしょう!」
カンテラやランプ、香炉があちこちに置いてあった。濃い色のガラスや真鍮の金具が、窓からの光を優しく反射する。陶器のカップや皿などの食器も、暗がりにほの白く並んでいた。
「ちょーっと洒落とるやろ? 今は西のバラ高地のお故郷(くに)ふうのモンを飾っとるんや。お茶やお菓子もおいっしいんどすえ」
天井から下がる波のようなカーテンの下が、東屋めかした席になっていた。半下がりのカーテンで緩く区切られて、いくつかの席。それぞれに小さなテーブルがある。
調度や小物は、売り物なのでしょうか、装飾なのでしょうか? と、首を捻るシュゼット。
「商人相手の雑貨見本店、兼、領民相手の茶店(ちゃみせ)ゆうところですわ。デイムの援助で、領民に日々の楽しみをゆうこっちゃ」
「店主がただの貴族ではなく、こう見えて凄腕の騎士モイーズでは、誰もゴネたり暴れたりできませんしね」
シュゼットの寄り道には、諦めるしかないとでも思ったらしい。ギャレットがため息をつきつつ説明を足してくれた。
「まー、あさってあたり、潰してまうけんどな」
「えっ!? もったいなくないですか!!」
「ありがとうさん。いやいや、店の名前も飾りも売るものも変えて、また新しく始めるんよ」
「お試しの場なのですよ。何がウケて何がウケなかいのか。かつてここを通っていた街道を復活させて、ちょっとした商都にしたいというデイム・ゼアヒルドの思惑がらみで」
「我は『見せる』の意味で『見せ屋』て呼んでますわ」
「『見せ屋』……素敵です!」
「城内町の衆にも気にいられとりますえ」
なよやかに微笑むモイーズ。
似合いのお仕事のようで、うまく言えないけれど、お仕事とご本人のお人柄の、素敵な関係です! と、シュゼットは何か高揚する。いつかわたしもこんなふうにお仕事と仲良くなっていたい、と憧れてしまう。
と、花瓶に花が飾ってあるのが目に止まった。
「このお花、館の食堂のテーブルにあったのと同じお花ですね」
大輪の花と濃い緑の葉の組み合わせで、惹きつけられる。
「よう気がついたなあ、あれも我(われ)や」
「そういえば、食堂の調度や装飾もサー・モイーズだと」
「ええ、そうです、シュゼット」
「調度もですし、あのお花も素敵でした!」
「ああ、デイムはんがお花がお好きなんですわ。はい説明」
ぱちんと指を鳴らしてギャレットに振るモイーズ。ギャレットは揶揄がらみの振りに苦りつつ、
「花を、騎士の一人に育てさせているのです。珍しい花の種を、旅好きのエセルバートに、旅先から持ち帰るよう命じて。その騎士の花園から、ご自身の部屋や食堂に飾らせています」
「花園の騎士はんは、陰気で無礼な騎士やけど、花育てんのは達者よってな。ここの店にも分けてもらってん」
「素敵ですね。ここにある調度にもぴったりです」
「あらー、褒め上手さんやねえ。気にいらはった?」
「はい、お店全体で、とてもいい雰囲気かと!」
にこにこ、ハキハキと答えたシュゼットに、モイーズがベッドを指差し、
「貸し切りで逢瀬の場にもできますえ? 秘密厳守ですよって、ご安心に」
「え?」
「シュゼット、い、行きましょう!」
ギャレットが突如として慌てだし、シュゼットに言う。モイーズは構わず、しゃらしゃらと笑い、
「プロスペールはんにも貸したる、いうたんやけどなあ、断られたわ。せっかくやからムードあるほうがええ思たんやけど」
「なっ! ほら行きますよ、シュゼット!」
ペラペラと話すモイーズに、ギャレットはシュゼットの腕をつかんだ。
「は、はい?」
「デイムはんとブロスペールはんは今ごろどちらのお部屋のベッドやろなあ? お時間的にも、ちょうど真っ最中やね」
「行くんです、シュゼット!」
「えっその、それはその……!?」
『来い、プロスペール』『じゃあ、またあとで、ね』
シュゼットとギャレットの偽装結婚式の直後、用事があるとかで、連れ立って去ったゼアヒルドとプロスペール。その姿がすうっとシュゼットの頭をよぎった。
「初夜ですわ。昼やけど」
「えっ? はっ?」
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