第5章 ゼアヒルド城の幸福
第27話 披露宴までに
内郭の中のゼアヒルドの居館。騎士たちのあの食堂のある建物だ。その中に並ぶ騎士たちの居室のひとつ、リーゼロッテの部屋で、シュゼットが着替えさせて貰って出てくると、廊下でギャレットが待っていた。
「なんですかシュゼット? 何故片手で目を隠すのです?」
「ちょっと、その」
シュゼットは赤面していた。赤面したのは、ギャレットも盛装から普段着へ着替えていたためだ。
もそもそと言う。
「あなたが美男子だったことを改めて思い知らされました」
襟元まで詰まっている盛装の姿を、見慣れすぎてしまっていたのか。ありきたりな服を緩く着こなした姿になると、改めて魅了されそうになる。あでやかで妖しく感じるのは、首筋が鎖骨の下まで見え隠れしているせいか。
「それは嬉しいお言葉ですね。諸兄と会った際、彼らには狼狽するのに私にはしないようだ、と自信を失いかけていたのですよ」
シュゼットはぽかんとする。照れもせずしれっとそんなことが言える素直さに、そういうところです!! と言いたくなるのぐっと飲み込む。あてられたのをごまかすように、
「さ、さあ走りに行きましょう!」
「はい。宴までに一週くらいはできるといいのですが」
三日で一〇週などとても無理です、と、ギャレットは気を揉んでいる。
「まあまあ、案内して下さいな」
シュゼットは明るく言った。
館を出て、走り出すと、すぐにギャレットが、
「これは、宵の頃までに一週さえ、無理ですね。絶対に」
別の意味で言った。
「そうてすねぇ」
シュゼットも分かるので、苦笑してしまった。
ギャレットと一緒なので、行く先々で、結婚直後の二人に祝いの言葉がかかる。そのたびに、立ち止まって挨拶をし、また、それだけでは終わらない。シュゼットにとって、興味をひくものは山ほどあった。何度も足を止めてしまうし、なんなら逆行もする。何故なら嬉しくて楽しくて仕方がなかったからだ。
「こちらこそ初めまして! ええ、騎士見習いの修行で、しあさってまでに城内を一〇週走るんです。え? お茶を飲んでいけ? わあ嬉しいです、ではちょっとだけ!」
「あっ井戸!? ちょっと手伝わせて下さい! つるべ、回してみかたったのです!」
「鶏です! 犬もいますね。ふふっ、親子みたいに仲良しですねえ、こんなことが!」
「その桶、運ぶところですか? 片方持ちますよ! え? 何故って? だって重そうですから、当然です。え、当然じゃない? お手伝いするのは当然じゃないのですか? うーん、では、こういうのはいかがでしょう。一緒に運べばあなたとお喋りもできますし!という理由、ええ、こういう理由です! これは飲むものですか? それともチーズに? なんと、クリームソースになるのですか! 届けた先でお料理を手伝う? なるほどなるほど、私も見たいです。えっ、いいんですか? はい! 必ず厨房に訪ねます!」
「あっ猫! ちょっと撫でてきていいですかサー・ギャレット」
「花束です! 私に? ありがとう! たくさん摘んできてくれたのね。お嬢ちゃんはおいくつですか? ちょっと待って、半分こしましょう、すぐに編みますから。ほら、おそろいの花冠ができたよ?」
「その階段に置いている袋は何ですか? え、お芋? そんな大きな袋もあるのですね! いつもと違う道で難儀している? 分担して持ちましょう。え、困りますか? ではいつもはどのように。今日だけ宴の食材として運ぶことになった、とは! ありがとう! ではやっぱり私が手伝わなくては! ではなく、ではなく! 一緒に運ぶ時間、どうかお喋りをして欲しいのです、私と」
「あ、ここはさっき道から見かけた横町ですね。あっ、ミルクの桶を運んだのはあの筋で、おじいさんの芋袋を持って登った階段があれ、猫がいたのはあの窓の下ですね!」
「変わった匂いがします。ちょっと行ってみませんかサー・ギャレット」
「果物がたくさんです! この通りはおそろいの果樹が植えてあるのですね。いい匂い! ちょうど季節なんて。えっ、味見させてくださる? いいんですか? わあ、甘いです!」
「待ってください、その荷車、そのままでは石のカドにぶつかってしまいそうです。こちらへ切り返して、そう、はい、ちょっと後ろへ戻して、こんどは右へ、そのまま行ってください! ああよかった!」
そのあたりで、ギャレットがぐっと腕を握ってきた。
「ストップ。ストップです、シュゼット。この調子では、三日かかっても一週が終わりません。時間がかかりすぎる」
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