第26話 眼鏡の騎士ウォーレンの冗談
シュゼットがぼんやりしているうちに、ギャレットが目をつりあげた。
「年齢が合いませんが!? シュゼットが子どもの頃、あなたはまだ生まれてもいらっしゃらなかったはずですよ、サー・ウォーレン!?」
「ああ、実はわたくしロースンでして。この体に転生する前に、前の体で会ったのですよ」
「はあ!?」
ギャレットがぽかんとした。
「大賢者ロースン!? 転生!? 気でも狂ったのですかサー、急に何を」
他の騎士達も唖然としている。
「どうした、ウォーレンの旦那」
「あらー、転生とはまたごたいそうなことをー」
「大賢者ロースンだぁ!? なに言ってんだ、お前」
「君がおふざけとは、サー。珍しい」
シュゼットはくいくい、とギャレットの袖を引っ張って聞いた。大賢者ロースンとは何ですか?と。
「あっ……ほら、ネタも分からないシュゼットに振っても、ウケないじゃないですか、ウォーレン。……シュゼット、大賢者ロースンとは、『三人目の双子』とも称される、大王ローレンと大王姉ラウラの、腹違いの兄弟です。最大版図進撃の立役者の三人め。ロースンが巨神文字の研究を躍進させて雪花光炉を開発して下さらなかったら、妖精硝子の時代が拓けることも、連戦連勝が始まることもなかった。今私たちに大弓騎があるのも、ロースンという偉大な魔術師のお陰です」
「妖精硝子鉱床をあさるグラスディガーどもの祖、とか、免許発給者、とかいう伝承もありますね。わたくし、ロースンには覚えのない、でっちあげですが」
ふふ、と穏やかに笑う眼鏡の淡麗な顔。
「ま、まさか本気ですのん?」
「おや。信じましたかサー・モイーズ。諸兄も。もちろん冗談ですよ」
にこー、とまぶしいほどの微笑みを、ウォーレンはここぞと浮かべて見せた。
「あーっ、してやられたわー」
一瞬信じかけた空気が弾けて、一斉に笑い出す面々。ウォーレンも笑っている。
けれどその中で、シュゼット一人だけが笑えずにいた。
ウォーレンは、今、本当のことを言って、取り消すことで冗談にしてごまかした気がしていた。
プロスペールがいたら、あの神獣のような青年のことだから、正確なところを見抜いていたと思う。今ここにいなくて、どちらだったのか聞けないことが残念だった。
「ウォーレン様……?」
「さて、デイムに託されたシュゼットの着替えの件ですが。サー・リーゼロッテにお願いしましょう。服をきっと貸してくれる。ギャレット、シュゼットを、あそこにいるサーに引き合わせなさい」
ウォーレンが言って、視線を向けた相手をシュゼットは見た。
リーゼロッテと呼ばれたのは、金髪を後頭部でくくって短い尻尾に垂らした少年騎士だった。普通に少年騎士だとも思えるが、かっこいい少女、のようにも見えるので、実はずっと不思議に思っていたのだが、果たして今、リーゼロッテという女名が判明した。
けれども、やはり女卿デイムではなく、卿サーだという。
サー・リーゼロッテ。
不思議は増して、シュゼットは改めて、首をかしげてしまう。
「待って下さい、リーゼロッテは一目千両なんて嫌いだ、とさんざん普段から言っています」
と、ギャレットが言った。
「心配かね?」
「心配しないのですか?」
「はっはっは。わたくしは心配していないよ」
ギャレットは黙ったが、何かまだ言いたげだ。
シュゼットは不安になってきた。サー・リーゼロッテは、一目千両をしていたシュゼットと、仲良くしてくれるだろうか。
「待ちたまえ。サー・リーゼロッテの好悪よりも心配すべき件があるだろう」
と、眉間に皺が特徴の、痩せ型の騎士が言った。
「王からの追っ手が警戒される。意趣返しもな。今この城にいない騎士たちにも、急ぎ連絡をせねば」
「あんまりお嬢ちゃんをキリキリ脅かすなよ、センセイ。実務一直線脳がよ」
顎髭を撫でながら、エセルバードが言った。シュゼットは、何故おびえたのが分かったのだろう、とじぶんの頬を押さえた。
「これは失礼、なにせカーターなものでね。サー・ウォーレン、ここにいない騎士たちを、手紙を送って呼び戻すことを提案したい」
「いい案ですね、まさにカーターだ。しかし、彼らを引き抜いてしまえば、隣国との戦場に、影響が出るやもしれない」
「同意やなあ。我らは文字通り一騎当千やからなあ」
ふむ、と、カーターという眉間に皺の騎士は、顎をつまんだ。
「なるほど考慮に入れるべきだな。ことは戦略に関わる。ときにこの国の、ローレン大王国の存亡に直接。デイム・ゼアヒルドの判断も聞きたいところだ」
「ではサー・カーター、デイムへ具申に向かってください。エセルバート、見回りの兵士に知らせておきたいと考えますが、あなたのお考えは?」
「おっと。騒がせるこたあねえだろ、とでも反対してぇところだが、不本意ながらお前さんと同じ意見だよ。しゃあねえ、馬でひとっ走り、言ってくるか」
「不本意ながら同じ意見と。何か余計なひとことが聞こえた気がしますが、頼みます」
表面上は穏やかだが、どこか冷気を感じさせる笑顔のウォーレン。だがすぐに、気を取り直した様子で、
「わたくしはサー・カーターに同行します。では」
と、騎士たちに動き出すよう促した。
そのとき、ギャレットがそっとシュゼットの肩に手を添えてきた。
「震えていますね」
シュゼットは息を呑んだ。
「言われて初めて気がつきました」
「なんだ、心配しなくても大丈夫だぜ。王軍が攻めてきても、わしらは、強いからよ」
エセルバートは弓を引く仕草をした。戦をする気まんまんの様子だ。モイーズとウォーレンも、
「そうやで」
「ええ、ローレン大王国最強の騎士団がついているのですから、安心して、今はあなたのできることを」
「デイム・ゼアヒルドに言われたことをしていましょう、シュゼット」
シュゼットはそのとおりだと思った。
「はい! 私、走るのを楽しみにしていたのです」
私は違うどこかへいく。
シュゼットは改めて心に決めた。
プロスペールが出逢ってすぐに贈ってくれたガラスにそっと指先で触れる。プロスペールがあのとき言った声が耳に蘇る。
『ガラス・だよ。行こ!』
行きましょう。このガラスとともに。なんだかよくわからないけど、ひどく特別と言うことはよく分かった、このとてつもなく透明なガラスとともに。
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